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6.姿無き道標を探して

 夜。
 石の床の上。音もなく鉄格子に忍び寄った影は、音もなく自らの目的を果たしていた。
「見せておくれ。僕に、貴方達の世界を……」
 音もなく口が動き、声なき言葉を紡ぎ出す。
 中にいる少女に気取られぬまま、姿を消す。
 そして、夜が、明けた。


 ゆっくりと、扉が開く。
 高さだけで十数mはある石の扉だ。いかに力自慢のビーワナが挑もうと開かぬほどに重い扉は、獣機の力でいともあっさりと開かれた。
 スクメギ古代遺跡。スクメギという街の名のもとになった、超古代都市の巨大遺跡群だ。
「これが……スクメギ」
 その中心部、である。
 今まで何人たりとも踏み入れた事のない領域に、彼らは足を踏み入れていた。
「すごいねぇ……イルシャナさまぁ」
 主の身を案じていたエミュすら、一瞬その心配を忘れた。
 正確な直線を描く大回廊。剃刀の刃すら通さぬ漆黒の石壁。古代遺跡特有の黄金の象眼も劣化した様子はない。獣機や魔法を用いたとて、ここまでの精度を叩き出せるものなのかと思える程の精密さ。
「素晴らしい。これが、古代の英知」
 蛇の老爺が一歩進み出で、朗々と唱えた。
「往くぞ。大いなる神秘を見届ける為」
 そして一同は、歩き始める。
 新たな力を求めて。
 ひとつめの真実と出会う為に。


「リヴェーダ様」
 冷たい石張りの廊下。石畳を音もなく歩くレアルが、僅かに届く声で老爺の名を呼んだ。
「手筈は整えておろうの?」
「御意に」
 何を指すとも知れぬ言葉に、短く返す。
「それで……この奥には、一体何が?」
 この奥に、獣機などない。そんな漠然とした予感をレアルは抱いていた。そしてその全てを知るのは、この老爺だけだとも。
「……悪夢、と言うべきか」
 年老いた蛇は、苦々しく口にした。
「我らはそれと向き合わねばならん。最悪の選択が成される前に、最初の絶望を知っておかねばならんのだ。かつての選択の結果を、な」
 レアルにではない。自らを戒めるように、呻くように呟く。老いた外見以上に老いたように。
「故に、まだ早いのじゃ。グルーヴェの密偵よ」
 嘘を鎧った少年が、今度こそ足を止めた。
「別に咎めはせぬ。いま暫く、閣下の詩人の振りをして、好きに泳いでおるが良い」
 老爺は黙ったまま、奥へ奥へと歩き続ける。
 老いた、隙だらけの背中。レアルほどの腕が在れば、針の一本で葬り去れる、無防備な背後。この全てを識る老爺が消えればスクメギの勝機は確実に消える。
 だが、レアルは討たなかった。
 黙したまま、いつもと同じ歩みを再開する。


(そりゃ、ロゥちんが悪いよー)
 何故だ?
(分かんないの?)
 分からない。
(そんなぁ。リッちゃんがかわいそうだよ)
 どうして。何故、そこで泣く。
 獣機のために。
 武具のために。
 道具のために。
 苛々した気分のまま、操縦桿を押し込む。少女の泣き顔が頭にこびりついて離れない。
(だって、すっごく簡単なことじゃない)
 考えるのは苦手だ。だから、今まで突っ走り、突き抜け、貫いてきた。それで何とかなってきた……何とかしてきた。
 退かず、破れず。それが狂犬の教え。
 別れてからずっと追い続けた、養父の戦い方。
 またすり抜けて……突き抜けていった。
「えいくそっ!」
 主の気分を写したか、重装獣機も苛ついたような咆吼を上げ、起動する。『調整』とやらが効いたのか、暴走する気配はない。
「スクメギ討伐隊 ロゥ・スピアード。ハイリガード、出すぜ!」
 他の獣機に混じり、大地を蹴り、走り出す。
 それで何とか出来ないものか。
 それで……。


 一方スクメギ市街。
「……さて、どうしようかなぁ」
 クラム・カインは牢の中、首をひねっていた。
 体の毒は消えていた。不用心にも見張りはいない。周囲は魔術もかかっていない石壁で、自分は拘束すらされていない。さらに待遇が良い事に、ここは地下どころか小屋の2階だった。
 ……祖霊使いを甘く見るにも程がある。
「ま、いいや。ミユマに借りも返せたし」
 ゆっくり一晩考えて、スクメギに向かう事も決めた。ミユマの居場所は分かるから、彼女と落ち合うのも悪くない。
 あそこには今探索隊がいるはずだし、あの場所へ行けば何かが分かる。漠然とだが、そんな気がしていた。
「さて。出よっと」
 助走距離を稼ぐべく、牢屋越しまで下がる。
 ふと、牢の扉に触れた。
 力を込めたわけでもないのに、ぎぃ、と開く。
「…………至れり尽くせり?」
 運命の子はあっさりと脱獄した。



続劇
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