5.真実のUp Data それは、どこにでもある物語。 盗賊団に育てられた、少年の話。 愛を知らず、心を知らず、生きるためにはどんな汚い事も厭わなかった。片目を喪い、細い腕を血と罪に染め、時には心の欠片すらも売り渡し。 求める物の形すら知らぬまま生き続ける。 それは、どこにでもある物語。 だが、その物語に涙を流すものが…… 「うわーーーーーーん」 ここに、いた。 「……あの、大丈夫?」 「ポクは大丈夫ですっ。でも、その子が……」 子供のように泣く様は、むしろ詩人の娘の方が心配するほどだ。 「あなた、名は?」 イルシャナの方もエミュの言いたい事が理解出来たのか、彼女が何か言う前に口を開いた。 「……レアル」 歌わない時のレアルの言葉は短い。長く垂らした前髪の間から相手をじっと見、切れ切れに呟く。 「なら、レアル。エミュもこう言ってる事だし、よかったらうちにおいでなさいな」 「……それ、どういう意味?」 じろり、という効果音の相応しい目つきで、レアルはイルシャナを見上げた。 憐れみか偽善か、その真意を測るように。 「それは……」 イルシャナは、「さっきの話、貴方自身の話だったのでしょう?」と言いかけて。 「……もちろん、詩人として。報酬は大して払えないけれど……一夜の宿くらいは」 宮廷の社交を学ぶものとして、宮廷詩人に対するものと同じ作法で、流れの楽士に一礼した。 「……いいよ」 闇の中、巨大な塔が林立する空間にロゥはぽつねんと立っていた。 「……何だよここの警備は。ザルじゃねえか」 グルーヴェではなく、スクメギの獣機整備場である。シェティスと細心の注意を払って入り込んでみれば、ほぼノーチェックで獣機の前まで辿り着いてしまったのだ。 そのシェティスは疑似契約とやらの出来る獣機を探しに行ってしまったし、雅華もどこかに消えたまま。つまらないのでその辺をぶらぶらしている。 ふと足を止め、目の前の獣機を見上げた。 シェティスの『シスカ』より厚い鎧をまとうそれは、スクメギの誇る汎用獣機『ログダリュー』。どんな戦いにも対応出来る、名機中の名機だ。 「こういうので暴れたくて来たんだがなぁ」 だが、声は聞こえない。 −そんなコより、ボクの方がいいのに……− まだ、その声は。 枕元から聞こえてきたのはか細い声だった。 「起きて……」 揺すられそうになった瞬間、意識よりも本能が先に覚醒。枕元にあった短剣にひゅっと手が伸び。 「にゃっ!?」 「……エミュ。どうしたの」 枕元に何もない事に気付き、その後で枕元にいるのがエミュだと理解する。 「あのね、見て欲しいものがあるの!」 「いいけど……」 そう答え、レアルは音もなくベッドから外へ。 イルシャナ達との夕食のため普通の服に着替えてはいたが、寝間着は着ていない。 「じゃ、こっち!」 「ん?」 クラムが遠目に見たのは、田舎道をぱたぱたと走っていく少女達だった。 「あれは……」 あのまままっすぐに行けばテント村だが、テント村にあんな住人はいない。 「余裕だねぇ、嬢ちゃん!」 しかしそれ以上考える暇は与えられなかった。 何しろ、クラムは近接戦の最中だったのだ。 「まあねー」 相手は賞金稼ぎだろう、豹のビーワナ。 麻痺毒がまだ残っているとはいえ、祖霊使いともあろう者が並の冒険者に負けるはずがない。 「でもオバさん、ボクを狙うなら、生け捕りしないと賞金もらえないよ!」 だが、彼女の『快速弾丸』は数歩だが助走が必要となる。『快速弾丸』が使えなければ、クラムとて常人よりやや強いだけのただの女の子。 一流の賞金稼ぎなら、互角に戦える範囲内だ。 「悪いね。賞金も魅力的だけど、実はあんたの命がご所望でねぇ」 暗がりからの奇襲といい、手数勝負の近接戦で能力の発動を封じてくる事といい、相手はクラムの弱点をよく調べている。 「……ひゃぁっ!」 宙を舞った短剣が、クラムの胸元を切り裂く。 少女故の悲しさか、露わになった胸元を反射的に隠そうとして……。正面から蹴り倒され、倒れた所で肩口を思いきり踏みつけられた。 「あぐっ!」 蹴りより、背中からの激痛に息が漏れた。 地面に背中を打ち付けられた時、有翼種の最大の弱点である翼の付け根を折られたらしい。 「祖霊使いとはいえ、所詮は素人ねぇ……。近接戦じゃ、羽根くらい仕舞っときなさいな」 激痛に、もがく力すら失った少女を押し倒したまま。女の構えた短剣は月光と殺意に怪しく輝き、少女の開いた胸元へまっすぐに……。 ロゥはふと、足を止めた。 「……これは」 そこに立つのは白い鎧に身を包んだ大型の獣機。スクメギの分類形式で言えば、『イワメツキ』と呼ばれるタイプの重装機だ。 シェティスの銀色の獣機『シスカ』は高機動戦のための装備を持つ機体だが、大ぶりの矛と盾を持ったそいつには明らかに乱戦を意識した武装が施されている。 「このコ、キレイだよねぇ……」 「だよなぁ。名前、何つーんだろうな」 与えられれば、使いこなせる自信はあった。 だが、グルーヴェにロゥを選ぶ獣機はいない。今の所、スクメギにも。 −…………ボクを、見て− ふと、誰かの声が聞こえた。 「? お前、何か言ったか? つかてめっ!」 見れば、いつの間にやら二人の少女がいるではないか。それも、昼間食堂で会った、領主の小間使いと流れの吟遊詩人だ。 「ポク、エミュだよっ。こっちはレアル」 「ったく。ガキでも入れるのか、ここの警備は」 そうぼやきつつ、ふと考えが頭をよぎった。 「……人質に使えるかな」 まあ、どうせ暇なのだ。それに自分がここにいる事を誰かに伝えられてもマズい。 「人質? なんかすごいねぇ」 「つーわけで、お前ら今から人質な」 「はーい!」 「バカ、でけえ声出すんじゃねえ!」 その時、柱の影から男が姿を見せた。 「誰だっ!」 警備らしいその男に向かって問答無用でダッシュ、跳躍。そして蹴り。 当然のように命中し、男を打ち倒す。 「警備ご苦労さん!」 崩れ落ちる男がぴりぴりと鳴らす警笛を背に。 ロゥはエミュの手を掴むと、一息に走り出した。 ぎぃんっ! 無防備な胸元を貫こうとした短剣は、どこからか飛んできた石に弾き飛ばされた。 「……ちっ」 闇の中。正確な投石に増援を気取ったか、豹の女は現れた時と同じように闇へと消える。 「大丈夫ですかぁ」 穏やかなその声にもクラムは凍り付いたまま。 起きあがろうとするが、背中からの激痛に崩れ、太い腕に抱き留められた。 「助かったぁ……って、キミは……」 「無事で何よりです」 声を掛けてきたのは、笑顔のミユマと……。 「バッシュさん、お願い出来ますか?」 それを背負っている、巨漢。どうやらミユマはまだ麻痺が抜けていないらしい。 「……ああ」 クラムも巨漢に助け起こされ、そのまま肩に担ぎ上げられる。 「よかったー。これで私も賞金が……あら?」 その瞬間、巨漢はくるりと方向転換し、いずこかへと走り出した。 「やっぱこれくらいなくっちゃな! っと」 追跡者の気配を背中にびりびりと感じながら、ロゥは走り続けた。気分次第で曲がり、直感を信じて直進し、集まり続ける警備兵を振り切りつつ。 −…………こっち− ふと、その足が止まった。 再び誰かの声が聞こえた気がしたのだ。 「エミュ。お前、何か言ったか?」 「? 何も言ってないよ」 −……こっち!− また、声。 声の聞こえる方に適当に走り、曲がっていると、そこには軽く手を振るレアルがいた。 −もどってきて、くれた− 先程よりもはるかに鮮明な声。 「オレを呼びつけたのはテメェか? 詩人」 「……何が?」 どうやらレアルが呼んだわけでもないらしい。 「おっかしいなぁ……」 動きを止めて考えている間にばたばたという足音が近づき、道の向こうから警備兵がやってきた。しかも挟み撃ちだ。 「ね。なんか囲まれてるけど、いいの?」 「言うな!」 数は10人ほど。ロゥだけでもかなり難がある所に、今日はエミュとレアルまでいる。 −…………!− だが。 今のロゥの顔には悲壮感も絶望もなかった。 先程までの焦りも、僅かな苛つきも既にない。 あるのは不敵な笑みひとつ。 「なるほど……そういう事か。物好きだなぁ、テメエも。あぁ!?」 その笑みに圧されたか、少年を取り囲む警備兵達は攻めてくる様子を見せていない。 「大人しく投降して、人質を開放しろっ!」 「こんだけ有利なのにどこの誰が投降するかよ。バカかテメエら」 10人に囲まれた上に人質付き。前後は整備中の獣機。ラッセだが魔道士ではないようだから、空への逃げ道もない。 「バカはテメエ……」 "主の名に於いて……" ざわり。 少年が無造作に放った言葉に、叫びかけた警備兵達がどよめいた。 『力ある言葉』 魔法に関しての教養などない男達だが、その韻の意味だけは知っていた。当然、次に何が起こるかも十分に分かっていた。 "…………" しかし、続きの言葉が流れてこない。真の契約者なら泉の如く体の内より湧き出てくるはずの、『あの言葉』が。 少年は、んー、とうなったきり口を開かない。 「……ハッタリかよっ!」 否。 "なんつーか……ごちゃごちゃめんどくせえ!" 刹那、背後から巨大な駆動音。 "いいから暴れるぞ『ハイリガード』っ!" そして、巨大な木製の構造物が崩れ落ちる音。 「うは、バカだコイツっ!」 定型を無視した契約の言葉を執行する男と、それに応じてしまう純白の重装獣機。 バカはバカでも、最高に危険なバカが誕生した瞬間であった。 |