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4.コント・ショウ

 それは、どこにでもある物語。
 見果てぬ夢を夢見る、少女の話。
 誰もが信じぬ幻想の先を目指し、走り続ける。それが、間違った道だと考えもせずに。
 それは、どこにでもある物語。
「……ふむ。回りのヤツが大変だな、それは」
 銀の髪の少女は苦笑しつつ、小銭を布袋の中に放り込んだ。
(まあ、自分も人の事は言えんか……)
「ほら。そんなのに構うんじゃないよ」
「あ、ああ」
 詩人の娘はそう言った女をじろりと一瞥し、再び静かに歌い始めた。


 祖霊使いの能力を全開にして振り切った後、クラムが逃げ込んだ先はスクメギのテント村だった。彼女がスクメギに来て以来の半年間、根城にしている場所だ。
「ったく。ボクが何したっていうんだよ……」
 やれやれと息を吐き、クラムは角を曲がって
「あーー」
 心底イヤそうな声を出した。
 目の前にあるのは、赤い布きれの山。
「もう……なんなんだよぅ……」
 昨日まではクラムのテントだったものだ。
 彼女を追う賞金稼ぎ達だろう。誰もいないのに腹を立て、荒らしていったに違いない。
「全く……もぅ」
 踏み荒らされた残骸をつまみ、クラムは涙声。
「柱は折れてないみたいですね」
 声がした方を見れば、そこには一人の娘が立っていた。虎族の少女に知り合いはいないが、賞金稼ぎという雰囲気でもない。近所に越してきた商人の娘……といったところか。
「うん。良かったら、手伝ってくれない?」
「おやすい御用です」
 柱を立て直し、布を張り直す事で復旧そのものは割と簡単に出来た。踏み荒らされ、泥にまみれた調度品の類は揃え直す必要があるだろうが……。
「とりあえず助かったよ。ありがとー」
 クラムは歪んだブリキのコップを受け取り、そこに入っていた水を半分だけ飲んで少女へと。スクメギは近くの川のおかげで水源には困らないが、だからといって無駄使いしていいわけでもない。
「いえいえ。同じ賞金稼ぎとして、恥ずかしい事はしたくないですから」
「……っ!」
 その言葉に反応して身を起こせば、膝が崩れ、体に力が入らない。
「ああ、別に痛い事なんかしませんから。その水に入ってるのもただの痺れ薬ですし」
 自らも残りの水を飲み干した後、虎耳の賞金稼ぎ……ミユマもゆっくりと立ち上がり。
「嘘だーっ! その手に持ってるフライパンは何なんだよぅっ!」
「故郷に温泉を掘りたいだけなんです! 10万スーあればわたしの村にもきっと温泉が! ごめんなさい!」
 見事にへこんだフライパンを両手持ちで天に掲げ……。
「……あれ?」
 ミユマはそのまま硬直。
「ん?」
「すいません。私が飲んだ方が痺れ薬だったみたいで。良かったら、助けてもらえませんか?」
 どうやらクラムの飲んだ上の方には薬があまり溶けていなかったらしい。ミユマと違い、集中すれば体はそれなりに動く。
 もちろん、この場面でのクラムの選択肢は一つしかない。
「ああ。お昼ご飯食べてなかったから、回りが早かったんですかね」
 翼の少女が徒歩で姿を消したのを見送ってから、虎耳の娘はやれやれ、とため息をついた。
「さて。どうしましょう」
 棒立ちでのんびり考えていると、ふと巨大な影が目の前に差す。
「ああ、もし、そこのかた。良かったら……」


 からからと鈴が鳴り、扉が来客を告げた。
 看板娘がいらっしゃいと声を掛けると、馴染みらしい少女も穏やかな笑顔で返す。
「ピュルス。席は空いて……どうしたの? 随分広々としてるみたいだけど」
 客は誰あろうイルシャナだった。もちろん、その後にはエミュもいる。
「朝っぱらに一騒ぎあってねー。大工さん呼んだんだけど、今日は獣機とかで忙しいって」
 賞金首の知り合いがやって来た事は適当に誤魔化しておいて、ピュルスは唯一まともに残っていた大テーブル……虎耳の少女が座っていたテーブルだ……に2人を案内する。
「お客さん。かわいー女の子2人なんだけど、相席させてもらっていいかな?」
 お茶の時間の先客は、3人。部屋の隅では吟遊詩人が竪琴を奏でているが、こちらは客ではない。
「相席ぃ?」
 じろりとこちらを見上げる豹族の美女と、
「……ああ、構わ……」
 がすっ。
 その右側に座る物静かそうな銀髪の娘と、
「いんじゃね……」
 めきょっ。
 その左側に座るやはり無口な黒髪の少年。
「「……痛ぅ……」」
 鈍い音がどこからともなく響いたが、誰も気にしなかった。詩人が竪琴をいじっているから、弦か何かが切れたのだろう。
「ごめんねー。お客さん達が次来るまでには何とかしとくからさぁ」
「すいません。無理ならまた今度にでも……」
 優雅に一礼したイルシャナをもう一度じろりと睨んでおいて、豹の美女は視線を酒瓶に戻す。
「何、構わないよ」
「…………っ!」
「…………ッ!」
 銀髪と黒髪が何か言いたげに視線を投げつけたが、当の美人は知らんぷり。
「仲、およろしいんですね。ご兄弟か何かですか?」
 ラッセとビーワナが同じ親から生まれる事は普通だから、イルシャナの問いは変ではない。仲が良さそうに見えるかは、微妙だったけれど。
「仕事仲間さ。行商やっててね」
「へぇ……」
「でも、アンタらも姉妹みたく見えるけど?」
「イルシャナさまはポクのご主人様だよっ!」
 元気の良い一言に、場が凍った。
「……ご主人様?」
 竪琴の直ったらしい詩人の静かなソプラノが、白々しく流れる。
「え、あ、や、違いますよ。私、ここの領主やってまして……」
「り……っ!」
 がすっ。
「……痛ぅぅぅぅぅぅ」
 何か言いたげにした銀髪だが、鈍い音と同時に再び押し黙る。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ。平気。こいつ、ちょっと気難しくてね」
 少女はやはり何か言いたげに美女を睨んだが、当然のように美女は無視。
「けど、領主ってのも大変だねぇ。今は大変だろ? 物騒な野盗はいるみたいだし」
「皆が良くやってくれますから。野盗の方も、もう少しで何とかできそうなんですが……」
「よろしく頼むよ。商売あがったりでね」
「おまたせー」
 それからイルシャナとエミュの所にもお茶とケーキの皿が来て。
「じゃ、私達はそろそろ行くよ。ここのお代は私に任せときな。おい、そこの。この若い領主の姉さん達に、一曲よろしく頼むよ」
「え? そんな……」
「その分、仕事の方がんばっておくれよ」
 ちゃりんと吟遊詩人に数スーのお金を握らせると、美女の一行は勝手に会計を済ませて出て行ってしまった。
「何だったんだろ……あの人達」


「雅華さんっ! 何を貴女は……」
 店を出て最初の角を曲がるなり、シェティスは雅華を涙目で問いつめた。
「こんな、ばかすか蹴らなくたって……」
 少女がスカートを少し捲り上げると、か細い脚は雅華の蹴り痕で真っ黒になっていた。地味な色だからスカートの汚れは目立たないが、白いスカートならくっきりと靴跡がついている所だろう。
「ああ。俺達をバカにしてるよな! ああいう時の対処法くらい、オレでも知ってるって!」
「あぁ? じゃ、どうすんだい? 言ってみ」
 目を細めて、雅華。二人と違ってかなり酒が入っているはずなのに、一向に飲まれた気配はない。
「目の前に敵の親玉が来てんだろ?」
 ぱん、と拳を叩き付け、ロゥは断言する。
「ぶっ倒す!」
 次の瞬間、雅華とシェティスにぶっ倒された。
「馬鹿者! 騒ぎを大きくしてどうする」
「じゃ、どーすりゃいいってんだよ!」
「知らんぷりしてりゃいいんだよ。情報は十分入ったし、密偵にも会えた。仕込みは十分だよ」
 スクメギ側はグルーヴェの状況を知らず、反撃する力も整っていない。今のグルーヴェ側の状況を普通の指揮官が知っていれば、多少無理してでも力押しする所だからだ。
「後は……情報源を潰して、もう少しで何とか出来そうな戦力を叩いとけば十分さね」



続劇
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