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「うにぅ………。ママぁ、こいつつまんなーい」
 動かなくなった紫の戦衣を爪先で蹴り上げれば、細身の体はその勢いに流されるままに転がるだけ。その様子に黒いミニドレスの少女は小さく溜息を吐くと……。
「もう殺しちゃって、いい?」
 澱んだ瞳を、すっと細めさせた。
「そうね、キュウキ。もう一度トウテツとして使おうかとも思っていたけれど……それほど使えそうにもないわね」
 娘の働く冷酷な行いを咎めるべきは、本来であれば母親の役目。だが黒いロングドレスの彼女の言葉は、娘を諫めるものではなく、娘のそれをはるかに凌ぐもの。
「そういえばさ。前から思ってたんだけど……」
 助長の言葉にキュウキと呼ばれた娘が左手を大きくかざせば、その先に巻くのは螺旋の気流。
 旋風は小さな竜巻となり、やがて容を絞らせて、巨大な嵐の槍へと変わっていく。触れるもの全てを撃ち貫き、その勢いに任せて引き裂き飛ばす、暴風の大槍へと。
「このうざったい結界の中で、一気に致命傷を与えたら……どうなるのかしら?」
 貫き徹すのは一瞬だ。
 それが早いか、切り取られたこの結界世界から外へ弾き出される……結界に施された安全装置だ……のが早いか。
「やってみれば?」
 娘の言葉に、母親はやはり諫める事もなく、つまらなそうに呟いて。
「そう……」
 キュウキがかざした左手に力を込めると同時。
 黒いミニドレスを中心に、無数の爆炎の華が咲き誇る。


魔少女戦隊マイソニア
〜華が丘1987〜

leg.11 さよなら

 黒いミニドレスの少女・キュウキが使うのは、風の異能。
 そして彼女の母親が使う異能も、やはり炎の力ではない。
 ならばその炎を放ったのは……。
「………モータルか……」
 石畳の彼方に立つ、小さな影。
 まとう法衣は、精神を司る青から無機物を司る浅黄の色へ変わるところ。フォームチェンジと同時、周囲に無数の召喚陣を展開し、鋼鉄の追加武装を整えつつある。
「そう、ナンクンは打ち払われたの……」
 たっぷりとした白銀の巻き髪が風になびく様を見遣り、彼女の母親は小さくため息を一つ。
 対する、鋼の武装をまとい終えた少女は無言。
 ただ、黒いロングドレスをまとい、爆炎の奇襲にも微動だにせぬ母親に視線をぶつけるだけだ。
「私ばかり見ていても、仕方ないわよ? ローリ」
 母親の言葉に気配を感じ、上方を見上げれば。
 そこから響き渡るのは、もう一人の娘……ローリの姉だった者の、強い叫び。
「残念だったわねぇ、ローリ! そんな風の爆発で、あたしの感知器官が潰せるとでも思った?」
 キュウキの力は、風を操る力。
 武器として。回避手段として。そして相手の動きを把握する術としてのそれを使うため、キュウキには風を感じる独自の器官が備えられている。
 確かに、無から有を生み出す精神の力……魔法が発動する瞬間を、キュウキの感覚器官は感じ取ることが出来ない。それを使い、不意打ちで強烈な爆風を打ち付ける事が出来たなら、人間の瞳に対する閃光弾のような効果が期待できるはずだった。
 だが。
「ふふっ。見ての通り、あたしには全然ダメージなんかないわよ」
 瞳を閉じるのと同じように、風の感覚器官も閉鎖することくらい出来る。
 それに爆風の発動そのものは感じ取れなくとも、その発生で動き出した空気の初動を感じることなら造作もないし、そのタイミングで感覚を閉じれば、直撃する爆風などただの強い風でしかなかった。
「それとも、その鉄の槍で叩き落と……」
 右腕に巨大な機械槍を構えるローリを一瞥し……キュウキはそこで言葉を止める。
 石畳に転がっていたはずの、紫の戦衣の姿がない。
 どうやら先ほどのローリの爆発で結界から弾き出されたらしい。乱暴ではあるが、確かに有効な一手ではある。
「ちっ………まあいいわ。ついでにあんたも潰してあげる。いいわよね、ママ!」
 姉が、妹を殺す。
 その言葉の意味を察しているだろうはずなのに、母親の首の動きは……縦方向。
 是の回答にキュウキは酷薄な笑みを浮かべ、閉ざしていた感覚器官を解放させる。風を感じ、滅すべき妹へとひと息で辿り着くために。
「なら、行く………」
 翼を拡げ、加速した瞬間。
 直線を描くべき軌道はおかしな折れ線軌道を描き。
 石畳の上に、巨大な加速物が激突した重破砕音が響き渡る。


 人工精霊を宿すソニアの結界服には、防御力を高める結界が施されている。それはソニアも、シャドウソニアも変わりない。
 故に、石畳に全速で激突したからと言って、そこまでのダメージとなる事はないはずなのだが……。
「な……に………っ!」
 立ち上がろうとしてふらつく足にキュウキが漏らすのは、愕然の二文字。
 ダメージではない。もっと根源的な、三半規管を激しく揺さ振られた後のような強いふらつき。
 風を操り、空を戦場とする風のシャドウソニアだ。三半規管やそこが司る平衡感覚は、魔法によって完璧に統御されているはずなのに……。
 その全てが、失われている。
「ああ。やっぱりその器官、超音波とか毒とか効くのね」
 鋼の機械槍と背中の超音波投射機を元へと戻し。浅黄の戦衣を赤い戦衣に切り替えながら、ローリは無感動に言葉を紡ぐ。
 浅黄の戦衣が統べるのは、無機の力。
 青い法衣が司るのは、精神の力。
 赤い戦衣が操るのは、有機の力。
 そして有機の中には、神経や感覚器官を狂わせる生物毒も含まれる。
「なら、さっきの爆発は……ルナーを逃がすためだけでなく……これを隠すための……!」
 ブルームの生物毒を投射した後、モータルの魔法でルナーを逃がし、同時にキュウキの感覚器官を狂わせる。次に転じたアイゼンの槍は、やはり感覚器官にダメージを与える超音波投射機から視線を逸らすためのフェイクだったのだろう。
「別に、効いても効かなくても良かったのだけれどね。それに……」
 ブルームソニアの呟きと同時。
 キュウキの周囲に浮かぶのは、無数の花びらだ。
 前後左右上方下方。
 動けぬキュウキの全ての方位を覆い尽くし、ゆらゆらと揺れる美しき破壊の力。
「もう、あなた達に容赦なんかしないから」
 相手に動きをどれだけ悟られていようとも、回避できる隙がなければ知られたことに意味は無い。それは、平衡感覚を失っていようがいまいが、同じ事だ。
 なんの慈悲もなく振るわれた圧倒的な暴力が、翼はおろか移動力の全てをもぎ取られたシャドウソニアに容赦なく牙を剥いた。


 結界世界と、現実世界。
 隔てられた世界の壁を抜けるのは、一瞬のこと。
「ローリちゃん!」
 赤い戦衣の少女を迎えたのは、三人の少女の声。
 そして彼女たちの腕の中で介抱されている、黒髪の少女の姿。
「菫さんは?」
 少女たちに抱かれ、先刻まで紫の戦衣をまとっていた少女は気を失ったまま。ただ、胸元は規則正しく上下しているから、じきに目を覚ますことだろう。
「大丈夫……みたい。それより……」
 少女たちの視線の意味を悟ったらしい。
「逃げられたわ。キュウキくらいは倒しておけるかと思ったのに……」
 無感情に呟くローリに、少女たちは複雑な視線を交わすしかない。
 皆、ローリとシャドウソニア達の関係を知っているのだ。まともな感覚の持ち主なら、当然の反応といえるだろう。
「事は一刻を争うのよ? もう家族がどうとか、言っている場合じゃないもの。……気にしないで」
 そんな様子を横目に見ながら、ローリは赤い戦衣を元へと還す。
「それと、一応……返しておくわね」
 呟き、腕に揺れる三連の銀環を三つに分かつ。
 うちの二つを、ツインテールの気の強そうな娘と、ショートカットの大人しそうな娘へと渡してやり……。
「あ………」
 止まるのは、三人目。
 活発そうなセミロングの娘の所。
「…………」
 ソニアの鈴は、四つの銀環で構成される。
 紫のルナーは菫。
 青のモータルは葵。
 浅黄のアイゼンは柚子。
 そして、赤のブルームは………。
「あ、いいよいいよ。それは、ローリちゃんが持ってて」
「はいり……」
「はいりちゃん……」
 笑顔で銀環を辞するはいりに、他の二人も渡された腕環を抱いたまま、それ以上の言葉を紡げない。
「きっとそっちの方が、ブルームも喜ぶと思うし」
 ブルームソニアが封じられたソニアの鈴を使える資格者は、はいりとローリの二人。
 だが、ソニアの鈴は、ただ一つ。
 しかしはいりはソニアの真髄である精霊武装を呼び出せず、ブルームの力の三割も引き出すことが出来ない。
 ならば、精霊武装を使いこなし、フォームチェンジの力も完璧に引き出せるローリがブルームとなる方が、はるかに戦力となるはず。
 この先に控えるのは、今までよりもさらに厳しく、激しい戦いなのだ。どちらのブルームが戦力になるかなど、結論は火を見るよりも明らかだった。
「そんなことよりローリちゃん、今夜はどうするの? 家には帰れないでしょ?」


 大きな総檜の浴場に響くのは、澄んだ少女の声だった。
「大神さんの家って、広いのね……」
 たっぷりのお湯が張られた浴槽にゆったりと身をもたせかけ、ローリはほぅとため息を吐いてみせる。
 いかに戦いに明け暮れている少女とはいえ、たっぷりのお湯の誘惑になどそうそう抗えるものではない。
「お弟子さんとか、来ることが多いから……」
 洗い場で葵に背中を洗って貰いながら、柚子は小さくはにかんでみせる。
 彼女の家は、古くから続く茶道の家元だ。故に家も相応に広く、こうして少女たちがお泊まり会を開くのに十分以上のスペースがあったのだ。
「それから、柚でいいよ」
 背中を流れ滑っていくのは、檜の手桶から落ちる温かなお湯と、石鹸の泡。
「………柚?」
「うん。その代わり、わたしもローリちゃんって呼んで良いかな?」
 泡立ったスポンジを葵から受け取り、今度は柚が葵の背中を洗い始める。
「……好きにすれば」
 屈託のない柚子の言葉にローリは小さく呟くと、お湯の中へ僅かに身を沈め。お湯の中、口元から漏れた泡が目の前でぱちりと弾けて散った。
「だったら、葵ちゃんも葵って呼んでいいよねー?」
 そんなやりとりに、三人から少し離れ、洗い場の隅にいたはいりはそうひと言。だがその言葉に、柚子に背中を委ねていた葵が勢いよく立ち上がる。
「ちょっと、何ではいりがそんな事……っ!」
 慌てて立ち上がったおかげでほどけてしまった頭のタオルを戻しつつ、葵は視線を再びはいりへと。
「いいじゃない。これからみんなで戦うんだし。ね、ニャウー」
 苦笑するはいりの手元では、石鹸の泡が大きな塊になっていた。
 そこからひょいと小さな前足が伸び。
「だから、俺をこんな所に引きずり込むな……っ! 俺は大人だぞ……っ!」
 続くのは、悲鳴。
「はいはい。犬や猫は一年で大人になるっていうもんねー」
「ちょっとはいり!」
 悲鳴を上げる小さな頭を平然と泡の塊へ押し戻しつつのはいりに投げ付けられるのは、やはり鋭い葵の声。
「なに楽しそうなことしてるのよ! 柚!」
 泡の中へと押し戻す手が、二本から六本に三倍増。
 悲鳴の大きさも、三割増。
「ほら、ローリちゃんも手伝って!」
 洗い場の真ん中あたりでもみくちゃになっているはいり達は、たった一人、浴槽に浸かっている銀髪の娘にも応援を要請する。
「………はぁ」
 広い浴場に木霊する黄色い声に、ローリはため息を一つ吐き。
 ざばりと、お湯の中から立ち上がった。
「菫がいねぇんだから、お前が止めてくれーっ!」
 無論、哀れな結界獣が少女たちの魔の手から解放されることはなく。
 逆に四組目の腕に、強引に押さえつけられる羽目になった。


 華が丘の町を望む、高い高い木の上で。
「菫。あの子達は?」
 細い枝先に腰掛けた女は、傍らに立つ少女にそう声を掛けてみせる。
「ローリが家に帰れないから、みんなでお泊まり会ですって。ニャウを付けてるから、大丈夫だとは思うけど……」
 むしろ、そのニャウが大丈夫でない事態に陥っていたのだが……さすがにそんな事までは、いかな菫でも予測できるはずがない。
「そっか……。けど、本当なの? 人工精霊に命令して、シャドウソニアを強制除装したなんて……」
 女の言葉に、菫は小さく頷いてみせる。
「……信じられない」
 人工精霊を使役するには、精霊との契約が欠かせない。
 菫たち自身は精霊との契約を結んではいないが、ソニアの人工精霊達にも鈴を媒介とした契約が設定されている。変身やフォームチェンジの時に鈴が必要となるのは、このためだ。
 それはソニアの精霊に限ることではなく、どれだけ低位の精霊でも同じ事。
 だからこそ、契約のないまま……いや、他者の契約の上から強制的にローリからナンクンの人工精霊を引きはがしたなど、にわかに信じられる話ではない。
「ローリが無事なんだからそうなんでしょ。私だって信じられないわよ」
 だが、ローリが人工精霊の拘束を抜け、はいり達の元へと帰ってきたのは間違いのない事実。状況を聞いても、トウテツの時のように人工精霊にダメージを与え、破壊したようにも見えなかった。
 罠の可能性を疑いもしたが、シャドウソニア達は戦略的にも戦術的にも圧倒的な優位にある。わざわざはいり達を罠に掛ける意味がない。
「まあ、ケースは絞られてきたから、もう少し調べてみるわ。そっちも頼むわね、菫」
 夜の風に、細い枝がゆらりと揺れて。
 風が収まった時、コスモレムリアからの使者の姿は既にその場所にない。
「分かってるわよ。蚩尤の完全復活まで、もうそんなに時間もないはずだし」
 ローリの言葉を信じるなら、残る敵はシャドウソニアの導き手であるカオスと、手傷を負ったキュウキのみ。
 対するこちらは、菫やローリを含めた四人のソニア。
 無論、途中でローリにフォームチェンジの力を収束させる術もあるし、戦術の幅はかつてよりもはるかに広がっている。
 だが。
 それで果たして勝機となるのか。
 その判断は、いまだ菫にも出せないままでいる。


 夜の近原邸に響き渡るのは、年若い娘のうめき声。
「く……うぅ………っ」
 ふらつく肢体がリビングのローテーブルにつんのめり。転倒の衝撃で、乗っていたティーカップが盛大な音を立ててひっくり返る。
 風の感覚器官はいまだ狂わされたまま。瞳を閉じても閃光の残滓が消えないように、狂った情報は体の中をひたすらに蝕み続けるだけ。
「くそ………くそ……ぉ………っ!」
 同時に全身を貫くのは、ブルームの全方位攻撃で受けた傷跡の痛み。風にはためいていた黒いミニドレスも背中の翼も、凄烈な攻撃に既に見る影もなく、ただ少女の痛々しさを強調させるための道具としてしか機能していない。
 内と外、同時の痛みに床を転がり、怨嗟の声を言霊として吐き出しながら。
「マ…マぁ………」
 必死で伸ばす手の先にあるは、目の前に立つ黒いロングドレスの女。
「キュウキ………」
 その手を。その身を。
 母親はゆっくりと、傷付いた娘の肢体をその胸にかき抱き。
 さらに寄せるのは、淡く血の滲んだ愛娘の唇だ。
「ぁ……ママ……ぁ…………っ!」
 重ね合わされる唇に、少女はただ弱々しい声を上げるだけ。
 唇を奪われたことに、ではない。
 歯の内を這い回る舌の感触にでも、胸元を撫で滑る細い指の動きにでもなかった。
「なん………で………」
 そこから抜き取られていく、自身の力に対してだ。
 母にひと舐め、ひと撫でされるごとに、内に残る最後の力が少しずつ削ぎ取られていく。
 ただ指先で撫でさすられているだけなのに、ボロボロだった黒いミニドレスはその姿をさらも崩れさせ。
 引き裂かれた黒い翼も、母親の喉がこくりと嚥下される度、その破れ目を少しずつ広げていく。
「ふふ……っ。その力、確かに受け取ったわよ。リタリナ」
 娘の唾液に濡れた唇に、赤い舌を滑らせると同時。
 居間の床に崩れ落ちるのは、人工精霊キュウキから与えられた全ての力を失った、リタリナの細い肢体。
「これだけの力があれば……我らが蚩尤の魂は、この地にある躯と一つになれる……」
 熱に浮かされたような瞳のまま、自らの黒いドレスを抱きしめて。淡い吐息ひとつと共に、シャドウソニアの導き手は近原家のリビングから姿を消す。
 そして。
 残されたリタリナの手から、小さな宝珠がころりと転げ落ち……。
 輝きを失ったそれはローテーブルの脚に当たり、動きを止めると同時。その衝撃にぴしりとひび割れ。
 砕け、散った。


 広い床の間に敷かれた布団は、四人分。
 けれど、盛り上がり、中に人がいることを示している布団はそのうちの半分ほど。
 部屋にいるのは布団の数と同じ、四人。そして平らなままの布団からは、枕の姿だけが失われている。
 誰が言い出したわけでもない。少女たちはごく自然にその身を寄せ合い、二組分の布団に四人全員が集まって眠っていた。
 その寝息の数が、三つになる。
「…………」
 銀髪の娘は、しがみついたままのはいりと柚子の手をそっと退けると。音もなく布団から抜け出した所で……。
「むにゃ………ローリ……ちゃん……?」
 ネグリジェの裾を引かれた感覚に振り向けば、そこにあるのはこちらを見上げるはいりの姿。
「ごめん、ちょっとトイレ」
「早く……帰って来てねぇ……?」
 答える代わりにはいりの頭を優しく撫でてやると、それで少女は落ち着いたのか、再びくぅくぅと寝息を立て始める。
 空っぽになった腕の中が寂しかったのか、反対側に転がって葵に抱き付いたのは、ご愛敬というやつだろうか。
 それを見届けておいて、ローリははいりに抱き付かれている葵の枕元に手を伸ばす。
「………行くの?」
 青い宝珠の埋め込まれた銀環に触れたと同時、掛けられたのは短い言葉。
「……はいりは、連れて行けないわよ」
 短い付き合いだが、続く言葉は聞かずとも分かる。
 だからローリが口にしたのは、その先の言葉。
「分かってるわよ」
 今のはいりには武器がない。
 精霊武装だけでなく、防御の要となるソニアの結界服すらも。
 そして次の戦いは、そんな状態の彼女を守る余裕などない決戦となるはずだ。葵はおろか、戦い慣れしたローリや菫、結界獣にさえ。
「ローリちゃん……葵ちゃん……」
 視線を僅かに上げれば、そこにあるのは先ほどまでローリに抱き付いて眠っていたはずの柚の顔。
 無論そちらも、続く問答がどうなるかなど、想像するまでもない。
「役に立たなかったら……その腕環、すぐに返して貰うわよ」
 柚も軽く頷くと、眠ったままのはいりに気付かれないよう、布団を抜け出すのだった。


 聞こえてくるのは、隣室からの衣擦れの音。
 どうやらはいりを起こさないよう、着替えも隣の部屋でしてくれているらしい。
「じゃ……朝には必ず、戻ってくるわよ。いいわね、柚、ローリ」
「……ええ」
「わかった」
 はいりが起きるまでに布団に戻れば、状況は寝る前と全く同じ。はいりも含めた四人で、幸せな朝が迎えられる。
 三人が目指しているのは、そんな場面だろう。
 そこにはもう、戦いなどない、幸せな時間が待っているはずだった。
 黙って出るのは、はいりを心配させないため。
 ならば、残された者に出来るのは……。
「がんばってね……ローリちゃん、葵ちゃん、柚ちゃん……」
 気付かないこと。
 眠ったまま、三人がこっそりと帰ってきたことにさえ、気付かぬようにする事だけだ。
「生きて……帰って来て」
 そう呟いて。
 たった一人で残された四人分の布団の中。


 はいりは一人、こぼれ落ちる涙を拭うことが出来ずに……。

続劇
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