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 広い庭園に咲くのは、大陸の南方に咲く花々だ。
「そうか。一度、イズミルに」
 その庭の中央に設えられたキングアーツ様式の卓で呟いたのは、兎の耳を備えた赤い髪の女性だった。
「書簡で伝えられるような内容でもないでござるからな。……ウナイシュの異変とヒサの暗躍、これ以上見過ごしてはおけぬでござる」
 女性の言葉に応えたのは、鳶色の髪を短くまとめた娘だ。
 神揚の菓子をつまみながらの世間話といった様相だし、声もそれほど大きくはない。庭の周囲から見れば、女四人が穏やかに歓談しているだけにしか見えないだろう。
 兎の耳でも警戒しているし、鳶色の髪の娘も周囲の気配をそれとなく窺っている。広い庭園と草花も声を散らし、彼女達の密談をかき消してはくれるだろうが……それでもここは神揚帝都。
 警戒するに越した事はない。
「それより、コトナ達は大丈夫なの? リフィリアはともかく、コトナはもうアームコートに乗れないでしょ」
 鳶色の髪の娘の隣で神揚の茶をカップに注いでいるのは、銀の髪をまとめた娘だった。彼女が気に掛けるのは、その事だ。
 カップを受け取った娘の左目にも、ドレスから覗く肩口にも、キングアーツの義体の面影はどこにもない。かつて王国の教導官として名を馳せたアームコートの纏い手は、生身の体と引き替えにその力と資格を失っているのだ。
「ジュリアに心配されるほどではありませんよ」
 けれど、戦う術はアームコートに乗る事が全てではない。キングアーツ大使としてこの地で過ごした三年で、コトナはそれに替わる技の幾つかを身に付けている。
「もっとも、今回の件で神揚での仕事はなくなるかもしれませんが……」
 ある時はキングアーツからの使者に神揚の作法を教え、またある時は帝都の住人にキングアーツの料理を伝える。
 二つの国の間を取りなす裏方仕事は、それなりに気に入った仕事ではあったが……この先のジュリア達の動き次第では、大使も帝都を引き揚げる事になるのかもしれない。
「心配なのは仕事ではなく、アイツの事ではないのか?」
「ふふっ。内緒です」
 少し羨ましそうに混ぜっ返すリフィリアに、穏やかに微笑み返しておいて。
「……まあ、その時はエレにでも拾ってもらいますよ。二人も、お気を付けて」
 コトナはそう言って、二人の客人を送り出すのだった。





〜The last one step〜

第3話 『ウナイシュの世界樹』




1.もう二人の異邦人

 黒大理の広間に置かれているのは、黒い椅子。
 そこに静かに腰を下ろすのは、黒豹の脚を備えた男だった。
「ロッセ……さん?」
 やはりロッセも十三年前の彼なのだろう。ペトラの知る姿よりも、幾分か若い。
「初めまして、ペトラ。……もっとも君にとっては、久しぶりなのだろうが」
 ロッセが小さく手を動かせば、黒大理の床から音もなくせり上がってきたのは大きなテーブルと人数分の椅子である。
 促されるままにそこに腰を下ろし……。
「大体の事はソフィア様から聞いているよ。大変だったようだね」
 ペトラの隣に腰を下ろした禿頭無毛の人物に小さく頷いて、ため息を吐く。
 八達嶺の南での戦いの後。突如現れた飛行鯨に回収されたペトラ達は、そのまま最終目的地であるこの黒大理の世界へと迎えられていた。
 時間の短縮になったといえばそうなのだが……その途中で失ったものは、けっして小さくはない。
「いえ……僕よりも、セノーテが……」
 卓を見回せば、あの戦いの前からペトラと一緒にいるのは奉と千茅の二人だけ。リーティはイズミルと連絡を取るためあの場で別れただけだが……。
 白銀の髪の娘は突如彼らを襲ってきた敵にさらわれたきりで、その後どうなったのかも分からない。
「まあ、その辺は追々話すわ」
 ソフィアの言葉を引き継ぐように黒大理のテーブルに置かれたのは、良い匂いを漂わせる大皿だった。
「そうそう。まずは腹ごしらえだろ。食べた食べた!」
「タロさん……」
 ホエキンがこのネクロポリスに辿り着いてから、まだそれほど経っていないはず。そのはずなのに、タロは既に幾つもの大皿料理を仕上げていた。
 もちろん作業は一人でしていたわけではないのだろう。タロと一緒に料理を運んできたのは、鷲翼の娘たち。そして……。
「あれ、その子……」
 ふた回りほど小さな皿を表情で運んでくる、男の子だ。
「ほら、挨拶なさい。ダン」
「いまだまってて……」
 幼いダンの表情は、見たことがないほどに真剣なもの。テーブルの上に何とかそれを運び終え、まるで世界を救う大仕事を果たしたかのような満足げな表情を浮かべてみせた。
(そうか……ホントに十三年前なんだな……)
 こちらを見て得意そうに笑っている幼馴染みの姿を見て、ペトラは改めて過去にいる事を実感する。
「ペトラ」
 けれど、奉から掛けられた声に思い出すのは、彼がここまで来た本当の目的だ。
「シャトワールさん宛に、母様から預かった書状があるんですが……」
 そう。ペトラは別にダンや食事のためにこの地に来たわけではない。十三年の時を越える手がかりを見つけるため、はるか古代の技術が眠るこの地を目指していたのだ。
「見せていただけますか? その間、皆さんは食事をしていてください」


 八達嶺からの定期便となる小型の飛行鯨から降りてきたのは、鳶色の髪を短く揃えた少女と、銀髪の娘の二人組だった。
「半蔵、ジュリア! 良く帰ってきたね」
 迎えに現れた青年に軽く手を振ってみせる二人だが、その表情は仕草とは違う、深刻なもの。
「話は八達嶺の珀牙殿に聞いたでござる。セタ殿達も、何やら大変だったようでござるな」
 騒ぎの原因とはちょうど入れ違いになってしまったのだろう。もう数日出立が早ければ上手く合流出来たのかとも思うが、それは今更言っても仕方のない事だ。
「まあね。……けど、そちらも色々あったようだね」
 城内へと歩みを進めながら、鳶色の髪の娘の姿は既にその場から消えていた。セタとジュリアの間を歩いているのは、さしたる特徴の見当たらない平板な顔をした人物だ。
 少女の姿は世を忍ぶ仮の姿。印象に残らないこちらの顔こそが、半蔵の本当の姿……だと言われている。
「万里様とソフィア様はお手すきでござるか? 火急の報告があるでござるよ」
「それは構わないけれど……」
 キングアーツ様式のイズミル本営に足を踏み入れる直前。セタが見上げたのは、青く澄んだ清浄の地の空。
「……火急の連絡が必要なのは、君達だけじゃないみたいだね」
 そこを舞うリーティの黒い烏を眩しそうに見上げ、セタは静かにそう呟いてみせる。


続劇

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