6.すれ違い、別れて
オルエース号に飛び乗ったカズネ達が向かったのは、トリスアギオンの置かれた後部甲板だった。
「軍部の動きは!」
「とっくです。飛行型が空を塞いで、このままじゃ上がれません!」
艦内のスピーカーから流れるエレと部下達のやり取りを聞きながら、トリスアギオンの操縦席へと身を滑らせる。既に機体の暖機運転は終わっており、いつでも出られる状況だ。
「上をこじ開けるわ。ハギア・ソピアー改 エイコーン、出るわよ!」
新たに装備された大盾の具合を軽く確かめ、カズネは黒金の騎士を出撃させる。
「ケライノー、出る! カズネ!」
「いらない!」
だが、ダンに叩き返されたのは、即座の否定の言葉だった。
「いらないじゃねえよ!」
既に空に上がっているヴァルキュリアのラーズグリズと違い、エイコーン自身に翼はない。一時は改装のプランもあったらしいが、操作が煩雑になるという理由で未だ実現されずにいる。
だからこそオルエースの進路を切り開くには、ダンのケライノーとの連携は欠かせないのだが……。
「分かったわよ。早くくっつきなさいよ!」
それはカズネも分かっているのだろう。苛立たしげにそんな言葉を投げつけて、背中の連結器にケライノーを接続させる。
黒い翼を大きく羽ばたかせ、翼を手に入れた黒金の騎士は一路、イサイアスの青空へ。
「何をしていた。遅いぞ、二人とも」
「すいません! 行くぞ!」
ヴァルキュリアの叱咤に謝罪をひと言投げかけて。
ダンは目の前を飛ぶ半人半鳥の神獣に標的を定め、突撃した。
振り抜かれた刃が切り裂くのは、青い空。
「……ああもうっ。そっちじゃないってば!」
ダンの全力の踏み込みから放たれたのは、そこから半呼吸以上も遅れたカズネの斬撃である。
紙一重、という距離でさえない。大きく羽ばたき片手半を回避したハーピーは、自分の回避は大きすぎたかと不思議そうに首を傾げる有様だ。
「遅えぞ、カズネ! ……ぐうっ!?」
恐らく翼を狙うよう指示されているのだろう。ケライノーの翼に降り注ぐ神術弾に騎体を揺らされ、ダンはくぐもった悲鳴を漏らす。
「カズネ!」
「やってるわよ!」
いつもならこの程度の神術弾など、軽く受け止めてくれるはずだ。しかし今日は反応が遅れ、そのほとんどをケライノーが受け止めていた。
ケライノーは王族機の支援機として頑丈に作られているから、この程度の神術弾で墜とされるような事はないが……それでも騎体は不安げな悲鳴を上げ、衝撃はダンの判断を鈍らせていく。
「盾の重さは変わんねえだろ!」
新しい盾も、大きさや重量のバランスは以前の盾に出来るだけ近付けてある。完全に同じとは言わないが、ここまで動きに支障が出るはずがない。
「わかってるってば!」
叫び返しながらも、次の集中砲火も半分ほどしか受けきれずにいる。伝声管から伝わる鈍い声に、カズネの苛立ちもさらに高まっていく。
「……何やってんだ、テメェら!」
「だってダンが……!」
「ダンがじゃねえ! だから痴話喧嘩は他所でやれって言っただろうが!」
オルエース所属の獅子型神獣も進路の確保に出撃していたが、統率された部隊を相手に苦戦を強いられている。多勢に無勢のヴァルキュリアも似たようなもので、カズネ達の支援に向かえる余裕など残っていない。
「そういうのじゃ……っ」
ずれる踏み込みと斬撃は、目の前をからかうように舞うハーピーを捉える事さえ出来ずにいた。そこにまたもや弾幕を叩き付けられ、二人の動きは加速度的に悪く鈍くなっていく。
「オルエースの上で弓でも撃ってろ! 死ぬぞ!」
「エレ! 今なら出られる!」
カズネ達がそんな状況でも、ヴァルキュリアは黙々と自らの仕事をこなしていた。幾つものダメージを分厚い装甲でねじ伏せ、押し徹した執念の一撃は、敵で満たされた空の一角に大きな隙間をこじ開ける。
「お前ら戻れ! 十数えたら突っ切るぞ!」
通信機を揺らす声と共に、オルエースの後部に青白い炎が燃え上がった。艦の制御を司る部下がカウントダウンを始め、周囲を舞う翼の獅子たちは周囲のハーピー達を牽制しながら少しずつ艦との距離を縮めていく。
それは、ダンとカズネも同じだった。
使い慣れない盾を構え、背後のオルエースの様子を伺いながら、ハーピー達との距離を取っていたのだが……。
「………がっ!?」
三、の響きと共に機体を揺らすのは、鈍い音。
今までのような、盾や装甲板を揺らすだけの音ではない。機構の一部がひしゃげ、砕ける、耳を覆いたくなるような破砕音だ。
「え………?」
二、という声に合わせて二人が感じたのは、それぞれ対照的な感覚だった。
何かから解き放たれるような、浮遊感と。
支えを失ったかのような、喪失感と。
それが何かを確かめようと、ダンが眼下に意識を向ければ。
「カズ……ネ……?」
大地にゆっくりと落ちていくのは、黒金の装甲をまとう騎士の姿だった。
それで、ダンは理解する。
砕けたのは、エイコーンの脚だったのだ。黒金の騎士の連結器を掴み、彼女の翼となるための要の機構。
かつての神獣のように痛みを感じる機構があれば、脚が限界である事をもっと早くに悟れただろう。けれど最新鋭のトリスアギオンに、痛みというフィードバックは起こらない。
そしてダンも、戦闘中の部品の疲労を見据えるだけの経験を積めてはいない。
「カズネ!」
一、というカウントは聞こえなかった。
途切れた伝声管に絶叫に似た声を叩き付け、機体を直下に傾ける。
「ダン、もう間に合わん!」
だが、その機体を掴んだのは、太い腕。
重装甲に覆われた、ラーズグリズの装甲腕だ。
「間に合わんって……!?」
落ちていくカズネに対して、出来る事がない事くらい分かっていた。彼のケライノーには砕けた足以外、エイコーンほどの重装機を支えられる機構など備わっていない。
けれど。
けれど……!
「手配書は生死問わずじゃなかった! この高さなら死にゃしねえし、たぶんプレセアが上手くやってくれる!」
周囲のイサイアス軍が統率の様子通りのまともな軍組織なら、イズミルの姫君の機体という事は知っているだろう。だからこそエイコーンを掴んでいたケライノーを集中的に狙っていたはずだ。
トリスアギオンの操縦席も厳重な耐衝撃機構に守られているし、全身義体のカズネならなおのことダメージは少ないはず。
「だからって……!」
しかし、始まったカウントは止まらない。
「加速します!」
いまだ形を残していた空の間隙に向け、青い炎はひときわ強い爆発を放ち。
「カズネぇぇっ!」
少年の叫びと落ちていく少女を残したまま、紺色の飛行鯨は流星となって戦場を離れていく。
続劇
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