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5.敵はだれだ

 三人の客人が酒場の部屋を後にして、その場に残ったのは車椅子の美女が一人だけ。
 いや、正確には一人ではない。
「……半蔵君」
 小さくその名を口にすれば、彼女の背後に気配を淀ませるのは……表情を仮面で隠した小柄な影がひとつ。
「どう思いました?」
 誰とは言わない。長い付き合いのある酒場で、人払いがされている事も確認済みだ。しかしそれでも、用心するに越したことはない。
「……それらしき気配は、感じなかったでござるな」
 抜き身のままだった刃を鞘へと戻し、半蔵もひと言。
 何かあれば即座に相手を切り裂く構えであったが、どうやらその腕前は振るわずに済んだらしい。
「私もですわ」
 何も起きなければ問題はないし、何か起きれば手がかりになる。どちらかといえば後者を期待していただけに、彼女としてはいささか拍子抜けではあった。
「しかし、万里様達まであんな事になっている以上、こちらも油断は出来ませんものね……」
 何らかの動きがあるだろうとは、はるか以前から十分に予知されていた。万里の周囲も、十分に警戒されていたはずだ。
 それでもなお起きてしまった事態というなら、姿無き『敵』の力はこちらの想像以上という事になる。
 今はプレセア達も変わらない自覚があるが、いつそいつらの影響を受けるかも分からないのだ。
「して、この後は?」
「もう少し様子を見ましょう。半蔵君は……」
 エレはプレセアの想いを知らないはずだが、理屈よりも感覚で動く女だ。予兆を感じ取れば、己の意思で動くだろう。
 懸念事項をひとまず置いて、仮面の美女が思い描くのは別の問題だ。
「……そうですわね。まずは王都を。ジュリアちゃんも心配でしょう?」
「ロマ殿と奥方殿も一緒ゆえ、ジュリアもそうそう後れを取るような事はないでござろうが……」
「旦那さまが近くにいる方が、安心するものよ」
 半蔵がただ一人呼び捨てにするその名に、表情を硬くしていたプレセアもようやく口元を綻ばせてみせる。
「……まあ、ジュリアの料理も当分食べておらんでござるからな」
 小さく呟くと、半蔵は音もなくその場から姿を消した。


 酒場を後にしたダン達が向かうのは、オルエースを置いた城壁の外の船着き場だ。
 必要な補給はエレの部下達に任せてある。プレセアとの情報交換を終え、次の行き先も定まった以上、この地に長居する意味はどこにもない。
 ただ、三人の歩みは観光客か旅人の如き緩やかなもの。賑やかな市場をぶらつきながら、時折足さえ止めて、店頭の品々を見定めている。
「……エレさん」
 神揚製の置物を軽く手に取り、それを買うかの相談でもするような調子で、ダンはちらりと視線を向けた。
 相手にも気付かれないだろう、一瞬の仕草だ。もちろんその先にわだかまる殺気は、エレもとうに気付いていた。
「ああ。次の角を曲がったら、全速力だ」
 置物を店頭に戻し、再びぶらりと歩き出す。
 周囲の人混みに流されるように進む中……。
「あ…………ちょっと、ダン。あれ!」
 そこでカズネが目にしたのは、人混みの中にも映える白銀の髪。
 一瞬ではあったが、それを見間違えるはずもない。殊にキングアーツのメガリを神揚の式服姿で歩いていれば、なおさらだ。
「あいつ……ッ!」
「走るぞ、カズネ!」
 だが、カズネが走り出すより一瞬早く掴まれ、思い切り引かれたのは、角に辿り着いたダンとエレが一斉に走り出したから。
「……ああもうっ!」
 次の瞬間にはカズネはダンに抱き上げられて、空の上にある。ダンが普段は仕舞っている背中の鷲翼を、ここぞとばかりに解き放ったのだ。
 眼下にあるのは飛翔するダンと変わらぬ速度で地を駆けるエレと、前の異変に感付いて慌てて走り出す追跡者達の姿。
 恐らく軍部ではなく、手配書を目にした賞金稼ぎの類だろう。低空飛行で城門の外まで逃げ出せば、その先に見えてきたのは彼女達の家、紺色の飛行鯨だ。


続劇

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