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2.燃える翼のバルミュラ

 戦場で瞬く光と炎を目にしたのは、眼前で戦う量産型ガルバイン達だけではなかった。
「お頭! 十時の方向に戦闘光確認! ヴァルキュリア様のラーズグリズIIIも一緒のようです!」
「ほぅ。派手にやらかしてるじゃねえか」
 艦橋に響く見張りの男の報告に愉しそうな笑みを浮かべるのは、体格の良い一人の女。
「……それに良い判断だ。ガキにしちゃ、まあまあだな」
 既に敵には見つかった後。
 狙うのは、味方と合流するまでの持久戦。
 ならば戦場であえて派手に振る舞い、自身の位置を示すのは、悪くない選択と言えるだろう。
「嬢ちゃんには?」
「もう伝えたっす。通信も切れてます」
「なら、こっちもパーティに混ぜて貰うとするか! 機関最大、全速運転!」
 白髪交じりの髪を一度くしゃりと掻き上げると、大柄な女は目の前に置かれた巨大な舵輪を握りしめる。
「こっからは空賊の時間だ!」


 閃光を躱したハーピーに振るわれたのは、すれ違い様の一撃だ。
「まずは、一機!」
 本来は味方……マグナ・エクリシア所属の騎体である。切り裂いたのは胴体ではなく、その翼。
 安定を失って落ちていくハーピーをちらりと見遣り、無事に脱出するようにと僅かに祈る。
 イズミルとキングアーツを繋ぐ大回廊と名付けられたこの領域は既に浄化も終わり、呪われた大気は取り除かれていた。着地さえ何とかなれば救助も来るだろうし、最悪マグナ・エクリシアまで歩いて帰る事も出来るはずだ。
「……次、行くぜ!」
「はあぁぁぁっ!」
 ダンの踏み込みにカズネの斬撃が連なり、一瞬怯んだ二匹目のハーピーの翼が斬り飛ばされ、夜の空に散っていく。
「もう一丁!」
 その叫びと共に夜空を照らすのは、牽制の火炎術。周囲を無軌道に駆ける炎を躱した三匹目のハーピーを待ち構えていたのは、真っ正面からの黒金の騎士の斬撃だ。
「カズネ!」
「分かってる!」
 剣を向けたのは正面から。
 けれど、振り下ろされたのは刃ではなく、剣の腹だ。
 薄い頭部装甲をしたたかに打ち据えられたハーピーは追い打ちの蹴りを胴に叩き込まれて、錐揉みしながら落ちていく。
「……ちっ。浅かったか!」
 とはいえ、さすがに相手も本職の軍人。途中で姿勢を整えると、再び空へと舞い上がる。
「次はどう来ると思う? ダン」
 さすがにこれだけの猛攻を見せれば、相手は警戒せざるをえないはず。事実、ハーピーもガルバイン改も距離を置いたまま、次の攻撃を仕掛けてくる気配はない。
「向こうも手詰まりなんだろうなぁ」
 も、である。
 マグナ・エクリシアの兵である以上、相手はダン達を知っていたはずだ。いかに王族とは言え所詮は子供という油断があったからこそ、最初の一手で二騎のハーピーを墜とす事が出来た。
 しかし、その慢心はもはやないだろう。
 慎重にこちらの隙を窺い、それを見極めて仕掛けてくるに違いない。
 だからこそ、理想は最初の一手で三騎のハーピーを落とすことだったのだが……。
「……向こうの増援さえ来なけりゃ、こっちの勝ちなんだけどな」
 ヴァルキュリアは助けを呼んでいると言っていた。
 だとすれば、相手が様子を窺う時間は、こちらにとって有利に働く。こちらから無理に仕掛けて隙を見せるより、こちらはいつでもカウンターを放てる、という雰囲気を漂わせておいた方が時間稼ぎになるはずだ。
「ダン! あいつ……ッ!」
 けれどそんな甘い目論見は、得てして外れてしまうもの。
「……マジかよ」
 それも、大抵は最低の形で。
「セノーテ……」
 彼らの前に姿を見せたのは、一体のトリスアギオン。
「セノーテ・クオリア……!」
 燃えるような翼を持つ、バルミュラの姿であった。


「あぁぁぁぁああぁっ!」
 通信機を震わせるのは、少女の裂帛の叫び。
「カズネ……? おい、カズネ、ダン!」
 けれどその渾身の一撃は、一瞬で二騎のハーピーを落とした見事な動きとは似ても似つかぬ無様な一撃だった。それは突如現れたバルミュラを捕らえる事はおろか、かする事さえ出来ず、空しく宙を斬るだけだ。
「こらカズネ、ちったぁ堪えろ!」
 突如激昂したカズネは、もはやダンの声も聞こえていないのだろう。燃えるような翼を備えたバルミュラを相手に、翼のダンと噛み合わないちぐはぐな動きで片手半を振り回すだけだ。
「……ヴァルさん、すんません! 良さそうな位置、取って下さい!」
「分かった。……二人とも、母にしっかり掴まっていろよ」
 それを好機と取ったのだろう。バルミュラに連動して包囲を狭めてくるハーピー達から逃れるように、ヴァルもラーズグリズの位置を変えていく。
 こちらから仕掛けられるならば容易い相手だが……膝の上に震える生身の温もりがある以上、無理な機動をするわけにはいかない。
 だが、ハーピー達が仕掛けてくる直前、救いの主は現れた。
 背後に示される、高速で近付いてくる巨大物体の反応。
「随分と楽しそうだな、ヴァル!」
 そして通信機に響き渡る、少年少女とは違う声。
「助かった。……ダン!」
 タイムアップだ。
「ああ! カズネ!」
「……ああもうっ!」
 戦場を切り裂いて現れた巨大な紺色の飛行鯨にラーズグリズを掴まらせると、ヴァルキュリアは二人の愛娘を鋼の両腕でしっかりと抱きかかえるのだった。


続劇

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