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「魔物の大攻勢!?」
 灰色の石畳の上。
 指揮所に入った第一報に、ソフィアは思わず声を上げた。
「ああ。こちらに感付かれないように動いていたんだろうね。報告では、西側に大きく迂回して、こちらを目指すルートを取ってる」
 指揮所には、通信の兵達がひっきりなしに出入りを繰り返している。その慌ただしい様子を見るだけで、相手がどれだけの規模の攻勢なのかが理解出来るほど。
「確認されてるだけでも、『九本尻尾』と『怪鳥』はいる。他の魔物どもも、ちょっとやる気がなくなるくらいの規模だよ」
「湖の西側なら、スミルナには影響なさそうね。良かった……」
 清浄の地があるのは、湖の東側だ。
 西側を回っての攻勢なら、万里達が住まう彼の地が戦火にさらされる事はない。
「良くないよ。何でよりにもよって、このタイミングなの」
「どうかしたの?」
 だが、ほっと胸をなで下ろすソフィアとは対照に、作戦指揮を司る環は今までにないほどの渋い顔。
「ハギア・ソピアーは、オーバーホール中」
「あーっ!」
 言われてようやく気が付いた。
 ソフィアの駆る黒金の騎士は今は工廠で分解され、完全整備の真っ最中。もちろんすぐに出撃など出来るわけがない。
「組み立て指示はもう出してるから、おっつけ出られると思うけどさ……」
 それでも、はいそうですかと出せるわけではないのだ。今頃工廠は黒金の騎士の組み立てで大騒ぎになっているはずだった。
「他のアームコートは使えないの?」
「ハギア・ソピアーみたいな無茶苦茶な使い方の出来る機体なんて余ってるわけないだろ」
 黒金の騎士たるハギア・ソピアーは、キングアーツでも屈指の古強者だ。設計も古く、そのぶん桁外れの耐久性と堅牢さを誇る。そんな歴戦の勇士との戦いに慣れきったソフィアが並のアームコートをまとっても、機体の方が操作と運用に付いていけないだろう。
「大丈夫だ。今日は、私がライラプスで出る」
「兄様!?」
「その気持ちは、ソフィア一人ではないという事だ」
 焦るソフィアの金髪に、アレクはそっと手を乗せる。
「このエクリシアのメガリもスミルナも、魔物の手になど渡さんよ」
 それは、ソフィアの知らない兄の顔。
 王子でも、兄でも、司令官でもない。
 愛しい誰かを守りたい、男の顔。
「……環、指揮は任せる」
「了解。ソフィアも工廠に行って」
「ええ! 準備が出来たらすぐに出るわ!」
 兄の出陣を見送って、ソフィアも指揮所を飛び出していく。





第3回 中編




 薄紫の世界を駆けるのは、四本の脚。
 後ろに揺れるのは、純白の九尾。
 左右のハーネスで揺れる白鞘の音を聞きながら、万里は意識に流れ込んできた情報を確かめていく。
からの望遠映像だ。
「灰色の巨人、復活していましたか……。黒い巨人は?」
 小さく問えば、紡いだ言葉は神獣を通じ、ヒメロパの内の沙灯へと伝わっている。
「まだ見えません。留守なら、そちらの方がいいですけど」
「ですね。黒い巨人が出てこないうちに、私と沙灯で灰色の巨人を仕留めてしまいましょう」
「了解です!」
 九尾の白狐の視界から上空に意識を向ければ、そこには薄紫の空を舞う鷲翼の神獣の姿がある。それを頼もしく思いながら、疾走するテウメッサの中、今度は意識を後ろに向ける。
 人に似た形。
 もっと丸い、ずんぐりとした巨影。
 半人半馬に、弓を抱えた小柄な姿。
 猪に似たもの、雄牛に似たもの、鹿や虎、獅子に似たものも。
 純白の九尾に続くのは、いずれも神揚の誇る一騎当千の神獣達だ。
「ロッセ」
「ここに」
 意志を集中させて念を放てば、今度は後方で指揮を担当する青年の声が返ってくる。
「後方からの指揮は任せます。黒い巨人が出てきた時の対応は……」
「作戦通りに」
 八達嶺の総力を結集した大決戦だ。巨人の動きに対してあらゆる想定を行い、その全てに対策を取ってある。
 無論、今回の状況も想定の範囲内。
「姫様! 敵、神獣の視覚圏内に入りました!」
 沙灯のテレパスに、再び神獣の感覚に意識を切り替えれば、彼女の駆るテウメッサの視覚にも既に巨人達の姿が映り込んでいた。
「総員、聞きなさい!」
 テレパスを全解放し、万里は従う神獣達全てに自身の声を投げかける。
「我が帝国に牙を剥く古の巨人どもに、神揚の誇る神獣達の力、今こそ知らしめる時!」
 テウメッサから伝わる神獣の聴覚を揺らすのは、薄紫の世界に響く神獣達の咆哮だ。
「総員、我に続け! 突撃ぃっ!」
 それに重なる神獣達の疾駆する轟きが、薄紫の荒野を激しく揺らす。


 けっして広いとは言えない、鋼鉄の操縦席の中。
「魔物の軍勢、来ました!」
 通信機から響くのは、視覚機能を強化した偵察用アームコートからの報告だ。
 流れ込んできた情報に視覚を連動させれば、一つとして同じ形のない異形の魔物達がこちらに押し寄せてくるのが見えた。
「先頭は『九本尻尾』か。本気だな」
 報告通り、上空には『怪鳥』の姿も見える。
「環」
「聞こえてるよ」
 通信機から返ってきたのは、エクリシアの指揮所からの声。
「あれの相手は私がする。ソフィアが出たら、苦戦している所から回るように伝えてくれ」
「手伝ってもらわなくて良いの?」
「予定通りにやる。……言ったろう、上手くやるさ」
 それで、親友の言いたい事を理解したのだろう。
「……了解。『怪鳥』は?」
「弓箭隊に対応させる」
 中に人間が乗るという制約上、飛行能力を持つアームコートは存在しない。
 作業用の大型機の腕パーツを備え、強力な弓を引けるようにした弓兵型のアームコートは……急ごしらえだが、対空火力として十分な戦果を挙げてくれるはずだった。
「環……頼むぞ」
 全ての指示を終えた上で呟くのは……友の名だ。
「ああ。必ず、上手くいくさ」
「全軍に通信繋げ!」
 その言葉を受け。
 メガリ・エクリシアの長は、自身の言葉を戦場に立つ全てのアームコートと、メガリに控える全ての兵達に声を放つ。
「我らの前進を阻む汚らわしき魔物どもが、群れを成して押し寄せてくる! だが、我らキングアーツの鋼の軍団に敵はない!」
 通信機を揺らすのは、その檄を耳にした全ての兵の鬨の声。
「総員、進撃せよ!」
 通信機を壊さんばかりの、鬨の声に負けぬ声を張り上げ。
 戦いは、始まった。

 通信機からの鬨の声に、ジリジリと身を震わせるのは……ソフィアである。
「ね、まだなの?」
 彼女がいるのは、黒金の騎士の操縦席だ。
 しかし、彼女の騎士は……いまだ装甲板の組付けの真っ最中。無論、この状態で戦場に飛び込むなど出来るはずもない。
「組付け終わった! 動作チェックと、調整に入ってくれ!」
「了解!」
 待ち望んでいた言葉を聞いて、義体の各所に接続されたケーブルに起動の意思を叩き込む。
「……くっ!」
 全身を震わせるのは、自らの体が溶けていくような、広がっていくような奇怪な感触。その意識は、やがて黒金の騎士の腕に、脚に、顔に混ざり、溶け込んで……。
 騎士はソフィアに。ソフィアは騎士に。
 意識の接続が、完了する。
「出る!」
「姫様! 調整がまだ……」
「動ければいいわ!」
 そうだ。動けさえすれば、戦える。戦えさえすれば、ソフィアと黒金の騎士は負けはしない。
 魔物達などものの数ではない。
 そう思った、瞬間だった。
「……ふぇっ!?」
 踏み出そうとしてぐらりと傾いだ視界に、思わず周囲に手を伸ばす。
 だが、その先に支えになるようなものはなく。さらにバランスを取ろうと振るった手足も、調整も終わっていない状態では平衡など取りきれるはずがない。
 最後に必死に伸ばした手に至っては、工廠の壁をぶち抜いて……。
 響き渡るのは、轟音だ。
「うぅ……やっちゃった」
 転ぶ瞬間、アームコートがソフィアの感覚をうまく遮断してくれなければ、転倒の痛みはソフィアの全身を容赦なく貫いていただろう。
「調整も終わってないアームコートを動かす奴があるか! ド阿呆!」
 その代わり、聴覚回路に届くのは外からの怒声である。
「……もぅっ! だったら早くしてよーっ!」
 待つという彼女の戦いは、まだまだ始まったばかり。


 薄紫の荒野に響くのは、鋭い剣戟の音。
「く……っ!」
 自由自在の槍の動きに、テウメッサの中の万里はひたすらに攻めあぐねていた。
 相対したのは灰色の巨人。そいつが使うのは、身ほどの長さを持った細身の槍である。
 普通の槍なら、さして苦戦する事もない。よほどの使い手でも、テウメッサも機敏さがあれば大した相手にはならないだろう。
「何で、こんなに……っ!?」
 だが、目の前の相手は違う。
 横殴り、突き込み、かち上げ。槍から放てるあらゆる動きを使いこなし、気付けば眼前にその穂先が迫っているのだ。
 そして何より……!
「また、伸びた……っ!?」
 一瞬で変わる間合。
 理屈自体は大したものではない。槍を構えた巨人の腕の肘から先が、ほんのわずかに伸び縮みしているだけだ。
 だが、そのわずかな誤差こそが厄介だった。いっそ蛸の触腕やヘビの体ほどに自在に動けば楽なのだろうが、肘先一本分という微妙な間合の差が、彼女の感覚をよりおかしな方向へ狂わせていく。
「こんなの、前戦った時はなかったのに……!」
 強化されたのか、それとも似た外見で、以前とは違う巨人なのか。それ自体はどうでも良い事だったが……。
 理解出来る事と対応出来る事は全く違う。今はテウメッサの反応速度があるから逃げ切れているが……こちらの動きを見切られれば、間違いなく当てられてしまう。
「でも……負けられません!」
 巨人達を倒さなければ、万里達にこの先はない。
 背負う物全てを。
 そして、大切な顔を思い出し。
「負けるわけには……いかないんです!」
 呟き、九尾の白狐は引き抜いた白鞘を力強く噛み構える。


 その上空。
「万里……ッ!」
 灰色の巨人に苦戦する万里を眼下にしながら、沙灯は何一つ彼女の助けになれずにいた。
 飛んでくるのは、丸太ほどもある太い矢だ。
 そしてそれが飛んでくるのは……万里達の居る戦場の、遙か彼方から。
「腕だけ違う巨人……っ」
 体つきは、普通の巨人の兵士と変わりない。しかしその肩から先は、巨人本体ほどもある巨大な腕が備え付けられていた。
 その両腕が引き絞るのが、先程の丸太の矢である。
「……きゃあっ!」
 ヒメロパの鷲翼は、それそのものが羽ばたき、飛ぶ力を生み出しているものだ。それ故に翼を射貫かれれば……しかもあれほど太い矢に貫かれれば、ほんの一撃で致命傷となる。
「これじゃ万里のこと、助けに行けないじゃないっ!」
 意識を集中させ、炎の弾丸や雷の矢の術を放ってもみるが、いかんせん距離が遠すぎて有効打を与える事が出来ないまま。
 かといって近寄れば、兵士巨人の放つ矢の雨と、大弓巨人の丸太矢が飛んでくる。
 回避するだけなら問題はないが……。
「……もうっ!」
 せめて落下した丸太が味方に当たるのは避けようと、沙灯はヒメロパを大きく回頭させる。
「万里……っ!」
 自分は万里の護衛なのに。
 そのための、ヒサ家の神術師なのに!

続劇

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