3.別れと再会 戦いの果て。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 その場に倒れて荒い息を吐くアーレスに、熊の性質を備えた少女は盛大なため息を吐いた。 「全くもう……。二人とも、ホントに無茶ばっかりするんですから!」 彼らが使っているのは、稽古用の模擬刀などではない。まごう事なき真剣だ。 切れれば血が出るし、当たり所が悪ければ死ぬ。 さらに言えば、どちらも殺気丸出しの手加減抜きで戦っているのだ。これでどうして死なないのか、千茅としては不思議で仕方ない。 「良いではないか、千茅。こうでなければ張り合いがない」 「よくありません!」 千茅が鏡家の客将として八達嶺から遣わされて、そろそろ三ヶ月が経とうとしている。仕事も部下も責任も、増えた物は数多くあるが……。 最も増えたのは、恐らくため息の数だろう。 「こっちは全然楽しくなんかねえよ。クソ野郎」 「ははは。それでよい」 そして鳴神の領に呼ばれたのは、アーレスも同じ。 「……鏡さん、最近ムツキさんに似てきましたよ?」 鳴神としてはアーレスを後継者として鍛えたいらしいようだが……本当にこの教育方針で正しいのか、経験の浅い千茅には理解出来ない事の方が多い。 「本当に勘弁してくれ」 ただ一つ千茅が最近薄々理解しつつあったのは、自分はここに出向の命を受けたのが本来の武術指南役などではなく、ただのアーレスの押さえ役としてではないか……という事だけだ。 「そうだ! そんな事より、タロさんが来てますよ」 汗を拭った手拭いを二人から受け取っておいて、千茅はこの場にやってきた本当の理由を思い出す。 「そうか。なら、貴様らも付いて来い」 「……ンだよ」 「王都に行く。タロもだが、イクス商会の小僧とも商談をせねばならんからな」 この半年で、一部の商人達の活動範囲はさらに広がった。神揚の商人達も飛行鯨をメガリ・エクリシアの先まで飛ばすようになったし、キングアーツの商人が大揚まで来る事も珍しくはなくなっている。 「隙があったら殺すぞ」 「やれるものならな」 隙があれば殺しても構わない。 それが、アーレスを鏡領に呼んだ時の条件だ。それを破る気など毛頭ないのか、いまだ殺気混じりのアーレスの言葉にも、鳴神は笑ってみせるだけ。 「……尤も、千茅にも勝てんようではまだまだだが」 「ええええええ!? ちょっともうそれ言わないでくださいよぅっ!」 半年前の戦いの、最後の一撃を言っているのだろう。 鳴神へのそれと同じ視線を向けられて、千茅は慌てて言葉を否定してみせるのだった。 白い虎の眼前にあるのは、二体の白い神獣だ。 「……そうか。わざわざこんな所まで、すまんな」 「いえ。我々も都に戻っていましたから」 異動の挨拶でアーデルベルトが八達嶺に向かった時、珀牙達も騎体受領を兼ねた休暇で実家に戻っており、入れ違いになっていたのだ。 それは彼にとっても心残りだったものの、一度決まった予定を変えるわけにもいかず、こうして出立したのだが……。 「色々お世話になりました、アーデルベルト殿」 本当ならば騎体を降りて話をしたいが、薄紫の滅びの原野でそんな事をするわけにもいかない。 通信機に響く声を耳にして、珀牙は自身の拳を掴み、アーデルベルトはキングアーツ流の敬礼をしてみせるだけ。 「こちらこそだ。……しかし、王虎は本当に良かったのか?」 半年前のあの戦いの後、王虎というコードネームを与えられた神獣は、アーデルベルトの元に戻ってきた。 かつての主である珀牙が駆るべきだろうとアーデルベルトも何度か断りはしたのだが、珀牙や珀亜だけでなく、王虎自身もそれを譲らず、結局それに折れる形でその機体はメガリ・エクリシアの所属となったのだ。 「あの戦いで私と共に戦わせてくれた、恩義を果たしたいのでしょう。連れていってやってください」 「ならば、ありがたく受け取っておこう。……これ以上の騎体はないだろうしな」 実のところは、乗り心地も使い勝手も、今までまとっていた機体とは比べものにならない。整備に少々面倒な所もあったが、それもここ半年のイズミルの整備班達の努力によって十分なマニュアルが確立されていた。 「それで、アーデルベルトさんは今後は何処へ?」 「まだ分からんが、恐らくは西だろうな」 王国西部の滅びの原野は、イズミルのある中央部と比べても瘴気の濃度が格段に濃く、開発が遅れている。メガリ・イサイアスの対岸地域に新たな前線基地を作る計画も耳にするし、西でアーデルベルトがすべき事には事欠かない。 「まあ、辞令があるまでは、家族とゆっくり過ごさせてもらうさ」 その頃になってようやく上空から降りてきたのは、珀牙達を誘導してくれた鷲頭の獅子……柚那の騎体である。 「柚那もすまんな。助かった」 「いいわよ。珀牙には貸しが増えるだけだから」 「むぅ……」 さらりと答える柚那に、白虎に乗る青年は渋い顔。 半年前のあの戦いで、自らの正体を告げた後……八達嶺でも将として名を馳せた青年は、未だに柚那には頭が上がらずにいる。 無理もない。いかに事情があったとは言え、少女のフリをして日々を過ごしていたのだ。殊に何かと珀亜を構っていた柚那は、内面を男と知らずに様々な事をしていたのだから。 「大変だな、珀亜も」 「ふふっ。もう慣れました」 そんな光景を、珀亜は兄に体を譲った後もずっと近くで見守っていたという。故に八達嶺を囲む多くの事情を最初から把握し、今は兄や柚那と共に万里馬廻衆の一員として任務の日々を忙しく過ごしている。 「ねえ珀亜ちゃん。こんなスケベ野郎はほっといて、あたし達は先に帰らない? 転移出来るからすぐ帰れるわよ」 「ありがとうございます。ですがスケベだからこそ、見張っておく必要がありますから」 「は、珀亜……」 珀亜なりの冗談なのだろう。そう言ってくすくすと笑う珀亜に、兄はうなだれ、アーデルベルトは思わず苦笑いを浮かべるしかない。 |