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23.その者、還ることなく

 世界樹の崩落に巻き込まれたイズミルからやや北へ。
 イズミルを望む湖のほとりが、アレク達によって選ばれた双方の合流地点だった。ここから西にもう少し進めば、メガリ・エクリシアとなる。
 向かう先を八達嶺にしなかったのは、単にイズミルからの距離がメガリの方が少し近かったというだけの理由だ。
「…………死ぬかと思った」
 そんな、キングアーツの軍人であれば通り慣れた道でぼやくのは、小さな操縦席に窮屈そうに身を押し込んだ大柄な女性だった。
「肝を冷やしたのはこちらですよ、エレ」
 ホエキンに先行して中層の本営を後にしてみれば、目の前に落ちてきたのは見慣れた紺色の機体だったのだ。
 大破して動かなくなったイロニアはその場で放棄し、乗る場所もないからとコトナの機体の操縦席に身を押し込んで世界樹を撤退し……今に至る。
「そっちはコトナを転がしてたから何とかなると思ってたけどよ。……なんでこんなモンに乗ってられンだよ、コトナ」
 エレが問題にしているのは、その後だ。
 崩壊の始まった世界樹でコトナが取った逃亡手段は、あろう事か丸まる事だった。確かに転がり落ちるその速度は、ガーディアンの短い足で逃げるよりも何倍も効率的ではあったが……。
 正直、世界樹の中を落ちていた時の方がまだしも体に良かった気がする。
「慣れ……ですかね?」
 今も歩くよりは速いと、プレセアの大蜘蛛に転がしてもらっているのだ。
 操縦席を水平に保つ仕掛けはあるし、コトナとしてはいつもの事。恐らくエレがいなければ、仮眠の一つも取っていただろう。
「吐いて良いか?」
「せめて降りてからにしてください」
「ここじゃ出られねえだろ。無茶言うな」
 湖沿いではあるものの、ここは既に薄紫の大気に覆われた滅びの原野なのだ。そこまでして外に出たいとは、さすがのエレも思わない。
「あー。やっぱプレセアのコンテナに乗れば良かったな……うぷ」
 とはいえ、それも後の祭りだ。男だらけの汗臭いコンテナよりはコトナと二人きりの方がいいと思ったのだが、なかなか世の中も思い通りにはいかないらしい。
「コトナ! プレセア!」
 そんな操縦席に響いたのは、彼方で手を振る銀色のアームコートの姿だった。
「ジュリアちゃん! 無事だったんですのね!」
 生き残った者達については、連絡の付いたタロ達とも簡単なやりとりしかしていない。だからこそ実際に元気な姿を目にして、プレセアも安堵を息を吐いてみせる。
「ええ。それでね、プレセア達は……半蔵、知らない?」
「ハットリさんですか? ……エレは見ましたか?」
「見てねえよ」
 最後の戦いで半蔵は万里たちと、神王とクロノスの力を手に入れたシャトワールと戦っていたはずだ。そちらはシャトワールがネクロポリスに戻る形で、決着が付いていたはずだが……。
「って何でエレがいるのよ! あんた世界樹から落ちて死んだんじゃなかったの!?」
 その通信に割り込んできたのは、ジュリアの傍らに舞い降りてきた鷲頭の獅子からの声だった。
「勝手に殺すなバカ」
「じゃあコトナちゃんは! あたしにくれるって言ったのどうなったの!」
 最後にアーレスを投げ渡された時、確かにそんな言葉を聞いたはず。
「やるわけねえだろ。コトナはアタシんだ」
 だがその言葉を、エレはあっさりと否定した。
「また勝手にそんな話を……」
「それより、半蔵君も一緒に脱出したのでは?」
 言い争いを始めた二人と巻き込まれた一人の話を無視して、プレセアは話を戻してみせる。
 エレの話を聞く限り、半蔵は死んではいないはず。
 そのはずなのに……。
「……どこにもいないの!」
 その後、お庭番衆の忍びが滅びの原野の三つの街に姿を見せる事は、二度となかった。


続劇

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