17.戦いは、まだ終わらない 戦場だった場所に響くのは、微かな嗚咽の声だけだ。 「……お前は誰の臣だ、半蔵」 いつしか泣き出したジュリアに抱きしめられたまま。半蔵は戦いの終わりを見届けた奉の言葉に、特徴の薄い顔で困ったような表情を浮かべてみせる。 「ネクロポリスで万里とソフィアに便宜を図ったのは、何のためだ。飯のためだけか?」 確かにアーレス達を招き入れたのは半蔵だ。しかしその後、囚われた彼の地で万里達を助け、沙灯がこちらに付く算段にも手を貸したという。 本当にネクロポリス側に付いたなら、そんな事をする必要はないはずなのに。 「……曲げて、良いでござるか?」 「曲げてないって言ってるだろう。初めから」 忠を尽くし、変節をせぬのが忍びなら、謀略の限りを尽くし、味方を勝たせるために敵陣に紛れ込むのもまた忍び。 「奉殿……ジュリア殿…………」 その時だった。 「……っ!?」 彼らが刃を交えていた世界樹の太い枝を揺らすのは、一直線に上空に向かう二つの影の衝撃だ。 「なに、今の!」 上空を見たジュリアの瞳にさえ、それは捉えられぬ。 アームコートらしき無骨な影と、ヒトガタを抱えたもう一つの影。弓の訓練と義体化で強化した目にも、それだけしか映らない。 「分からんでござる。でござるが……」 いまだ下層にいる中で、あれだけの動きが出来る者はそういない。 いずれにしても、浮かぶのは悪い予感ばかりである。 「お前ら、こんな所にいたのか!」 そんな三人に掛けられたのは、枝の外からの声だった。 「鳴神様! エレ!」 黄金の竜と、その背に乗ったアームコートと神獣だ。 「半蔵さん……」 「……迷惑を掛けたでござる。千茅殿」 何か言いそうになる千茅だが、それを押し留めたのは彼女達を乗せた黄金の竜だった。 「我らに抗う気がないなら、さっさと乗れ! 事情は道中で話す!」 両断されたはずのそれは、傷一つ付いてはいなかった。 代わりに青白い炎が燃えていたが、それも再生を続けるバルミュラに焼け跡一つ付けてはいない。 「やった……のか?」 珀亜の放った最後の斬撃。 恐らくそれは、内の魔のみを祓う一撃だったのだろう。降魔や調伏に用いられる神術儀式には、人ならぬ性質のみを断ち切る業も少なくない。 「珀亜……いや、珀牙か?」 そんな翼の巨人の前で膝を折る白い騎体に声を掛けたのは、ヴァルキュリアだ。 力を使い果たしたのか、白虎と化したそれは既に本来の白いコボルトに戻っており、術の維持が出来なくなった白虎の仮面も足元に転がっている。 「……珀亜、です。ヴァルキュリアさん」 返ってきたのは、彼女の知らないか細い声だ。声色は珀亜のそれだが、内に秘められた意思は明らかに別のもの。 「そうか。ずっと見ていたのは、やはりお前か」 小さく頷く白いコボルトに頷き返し、肩を貸して立ち上がらせる。 神術の知識があるわけではないし、裏の実情にも興味はない。ただ見届け、経験した事だけが、ヴァルキュリアにとっての真実だ。 「……なら、今までの珀亜は……?」 「ここだ」 答えたのは、目の前で白い炎に包まれていた人型の巨人。 既に炎も燃え尽き、機体や操縦席を覆っていた植物状の構造もなくなっていた。 「……珀牙・クズキリか」 操縦席に身を預けて息を吐く青年。彼こそが、ヴァルキュリアがかつて戦場で討った青年なのだろう。 取り戻した体にまだ馴染んでいないのか、その表情は苦しげなものだったが、瞳の輝きはかつての珀亜と同じ、強い炎を宿すもの。 「後は……」 そんな彼が動かしたのは、バルミュラの左腕だ。震えるそれが指したのは……空中に灯る、黒い炎のような何かであった。 「あれを滅すれば……」 神術の炎で焼くか、圧倒的な破壊の閃光で吹き散らすか。 「でも、あれを撃ったら……!」 術を宿した昌の手や砲口を向けたセタを止めたのは、万里の放った悲痛な声だ。 仕方がないと。本人も望んだ事だと、理解はしているはずだった。しかしその状況がいざ目の前に来ると、決意した想いは容易く揺らいでしまう。 「ええ。……そうは、させません」 そんな万里の声に応じたのは、空の上から。 「神王様。こちらにおいで下さい」 翼の巨人に支えられて宙を舞う、三頭の人型。 「クロノス!?」 そしてそこから放たれた声を、彼女達は知っていた。 「……シャトワール」 「まだ……終わらせません」 神王の望みも。 眼下にある、翼のシュヴァリエを駆る少女の運命も。 黒い炎を受け入れて、クロノスの瞳が黒く輝く。 「ぐぁっ!?」 時を同じくして地上に響いたのは、くぐもった青年の叫び声だった。 「兄様っ!」 そこに現れたのは、一体のアームコート。 まだろくに動けぬ珀牙のバルミュラの背中から、世界樹から伸びていた長い尻尾を引き千切る、赤い獅子。 「貴様、アーレス……!」 背中から強引に引き剥がされ、いまだ蠢く尾の端を、アーレスは強引に自身の背中に貼り付けた。 「神王。テメェの力は、オレがもらってやるよ!」 主を求める世界樹の力か、力を求めるアーレスの意思か。押し付けられた世界樹の尾は瞬きする間に赤い獅子と融合し、その体躯をひと回りもふた回りも大きな物へと変えていく。 「まずは……っ!」 叫びと共に、はるか頭上で起きるのは小さな爆発だ。 他の誰かの機体が爆発したわけでもない。爆発が起きたのは、たった一枝天に伸びる、神王の融合していた世界樹の枝のはるか先。 「…………まさか!」 滅びの嚆矢となったその爆発が、一体何を意味するのか。 それに思い至るのは、すぐの事。 「ククロ……!」 アークと最初に一つになった、生まれたばかりの若き神。 ここから伸ばした手のひらに収まるほどの爆発で起きた、小さな死。 破片さえも降り注がない。 それが、ソフィア達が探し求めた少年の、最期。 「ああ……そうだ。これでオレが、ただ一人のアークの主……」 より一層流れ込んでくる力に、アーレスは高らかな笑い声を上げてみせる。 「大後退を起こす者だ!」 戦いは、まだ終わらない。 |