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28.技量と慢心

 繰り出された強い斬撃を受け止めるのは、機体には不釣り合いな大きさを持つ盾だった。
「そんな雑魚で……ッ!」
 左腕から伝わる痛みは決して小さくはない。痛みそのものは痛覚カットでどうにでもなるが、機体全体に伝わる衝撃まで相殺しきれるわけではないのだ。
 しかも彼がまとうのは、シュミットバウアー隊に配備されたカスタム機などですらない、無改造の歩兵用アームコートである。性能の差を技量で補うといえば聞こえは良いが、それにも限界という物が……間違いなく、ある。
「量産型だから出来る戦い方もあるさ! 三番!」
 その合図と共に視界の外から飛来したのは、対アームコート用の太矢であった。先日コトナ達と仕掛けておいたトラップの一部で、足元に張られたロープを切れば放たれる仕掛けのものだ。
 他愛ないものではあるが、それでも自身の手数を二倍にも三倍にも出来る。
「効くかよ!」
 だが、死角から飛んできた矢もキララウスにとっては無視出来る程度。事実、飛来した太矢は分厚いシュヴァリエの装甲の前に軽い音を立てて弾かれてしまう。
「だろうな……。十三!」
 次に飛んできたのは、アームコートの頭部ほどもある黒い塊であった。
「だから、そんなものが……ッ!」
 それが何かは分からない。反応に任せて思い切り叩き切れば、左右に分かたれたそれは……少し離れた所で、大きな爆発を起こす。
 どうやら対アームコート用の爆裂弾だったらしいが、もちろんそんな物もキララウスに通じるはずもない。
「二十番!」
「しつこいぞ!」
 次は頭上か、それとも足元か。
「だから、こんな物が効くかッ!」
 爆裂弾の煙を切り裂いて飛んできた投網を、キララウスは苛立ち紛れに叩き切る。煙と合わせた二段攻撃だったのかもしれないが、キングアーツの量産機とバルミュラの性能差は、少し動きを鈍らせた程度で補えるほどではない。
 はずだ。
「だろうな」
 その一瞬でバルミュラの胴に叩き込まれたのは、目の前の量産機よりひと回り太い、アームコートの腕だった。
「それは……」
 爆裂弾からの投網。そしてそこまでをフェイントにした、三段攻撃。
 けれど、同じ撃ち込んでくるなら手持ちの斧や盾で殴った方がはるかに威力があっただろう。それがどうして、よりにもよってパンチなのか。
「…………まさか!」
 そこでキララウスは気が付いた。
 叩き込まれた拳が、アーデルベルトのまとうアームコートの物ではないことに。
 断ち切られた肘から伸びる細いケーブルだけが、アーデルベルトの機体に繋がっていることに。
「お前らが壊したシュタール・ツイーゲも量産機ベースでな。規格が同じ以上、ちょいと細工すりゃ、腕の増設くらい簡単なんだよ」
 叩き込んだのは、先ほど大破したシュタール・ツイーゲの左腕。コトナからより頑丈な盾を受け取ってなおバランスの悪い大盾を使っていたのは、この左腕があったから。
 そして、そうまでして左腕に拘っていたのは……手持ちの斧や盾よりも、はるかに強い攻撃手段が残っていたからだ。
 油断と、慢心。
 機体の圧倒的な性能差と、基本的すぎる罠ばかりだったからこそ、見抜けなかった。
 アーデルベルトにとっては、十分だったのだ。
 ほんの少し動きを鈍らせるどころか、一瞬の隙を作るだけで。
「……食らえ!」
 叫びと共に起動した戦闘杭が、バルミュラの胸部装甲を爆発と共に打ち貫く。


 崩れ去った世界の中央で。
 ただ一人そこに立っているのは、白い仮面の男である。
「……浮遊神術か」
 飛行と言うほど強力な技ではない。ただその場に滞空するだけの、中級神術だ。
 それを呟いたときには、既にムツキの左手は神王へと向けられている。ぁ、という太い声が崩れ去った天幕の中を揺らし、白い仮面の神王に圧搾された空気の衝撃が牙を剥く。
 けれどムツキの放った衝撃が砕いたのは、崩れた世界の対岸だけだ。神王はまるで地面の上を駆けるかのように中空を抜け、あっという間に距離を縮めてくる。
「なるほど、珀亜が警戒するわけだ……!」
 無論、それをただ黙って見ているムツキではない。
 そもそも近接戦は本来の彼の間合。刃の鳴る音、踏み込みに揺れる空気、視覚以外のあらゆる物で相手の動きを把握して、迫る刃を鋼鉄の左腕で受け止め、流し……撥ね返す。
「ぁ……ッ!」
 そして撃ち込む、右の掌底。
 かつて熊の特性を備えていた『左』ほどの威力はない。
 しかしその頃から培った体の使い方を応用すれば、身の丈ほどもある岩を砕く事ですら、さして難しい事では無かった。無論、目の前の男一人を打ち据えるくらい、容易いもののはず……であった。
「……………ッ!」
 過去形である。
 掌底は確実に入った。
 本来であれば衝撃は全身に広がり、その余波で神王の身体は天幕の反対側辺りまで吹き飛んでいてもおかしくないはずなのに。
 冷たい体は、微動だにもしていなかった。
 それは義体の、鋼鉄の感触でもない。
 鍛えた人体の硬さを持ちながらも、さしたる温度を持っていないのだ。
(死者の都の王……本当の死者とでも言うつもりか……!?)
 ただ、掌底から放たれた衝撃は神王の身体を伝わり、仮面に伝わり……。
 白い仮面を、二つに断ち割った。
「…………お主!」
 仮面の下から現れた顔は、ムツキも八達嶺で何度も話に聞き、その絵姿さえ見たことのあったもの。
「珀牙・クズキリ…………っ!」
 その思考を最後に、ムツキの意識は、闇の中へと落ちていった。


続劇

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