27.神ニシテ 王タルモノ 「……第三班、第四班は一時後退! 前線を鏡衆に任せて、部隊を立て直して下さい!」 味方の撤退を支援しながら、コトナは通信機にそう叫びを叩き付ける。 「……さすがにこの規模では『事無き』……と言えど、どうにもなりませんか……」 前線の指揮だけならまだしも、機動力と攻撃力の必要な遊撃や撤退支援は、本来コトナの得意分野ではない。 それは機体性能的にも、持久力的にも……だ。 「はああああっ!」 そんなコトナに横殴りに叩き付けられたのは、上空から飛来した力任せの一撃だった。 「……有人機ですかっ。面倒な」 吹き飛ばされた体躯を丸め、そのまま転がって戦域を離脱……。 (……といかないのが、遊撃の辛い所ですね) すると見せかけて機体バランスをずらし、直線の軌道を力任せにUターン。その加速を保ったまま、降りてきたバルミュラに体当たりをぶちかます。 「くっ!」 相手が回避に使った翼の巨人の足運びは、神揚ではなくキングアーツの流れを汲むものだ。殊にその中でも、安定と確実を重んじる補給部隊のそれではなく、攻撃に転じやすい流れとスピードを重視する、武人のもの。 だとすれば、相手は自ずと絞られる。 (ブルーストーン元少佐くらいなら、私でも何とかなるでしょう……が) 足止めだけなら、さして難しい事ではないだろう。 しかしコトナには、指揮と援護という二つの役割がある。いくら防御に通じていようとも、敵将の攻撃を捌きながら慣れない前線指揮まで取れると言うほど、コトナは自信過剰ではない。 だが。 「らああああああああああああああああっ!」 ガーディアンに叩き付けられた次の一撃を弾いたのは、コトナ自身ではなく。 「日明! 無事か!」 不釣り合いに大きな盾と斧を備えた、歩兵型アームコートであった。 「シュミットバウアー中佐!? ご無事でしたか!」 聞き慣れた声を響かせるのは、通信機からではない。外部スピーカーからだ。 「控えのゴブリン隊が働いてくれたからな」 自らの機体は大破してしまったが、それでも仕込んでおいたククロの生存装置のおかげで救出が間に合ったのだ。 「それと、コトナが隠しておいてくれたこの機体もな」 そして、武器や盾と同じようにコトナが外縁の森に潜ませておいた予備のアームコートに乗り換え、そのまま戦線へ戻ってきたのである。 「アーデルベルト……」 あえて外部スピーカーから声を放ったのは、相手への牽制の意味もあったのだろう。キララウスの向ける視線は今までのようにコトナではなく……新たに乱入してきたアーデルベルトに向けられている。 「コトナは引き続きジョーレッセと防衛の指揮を取れ!」 「ですが……」 部隊指揮であれば、上官であるアーデルベルトが取るべきだろう。キララウスが相手でも時間稼ぎに特化するなら、コトナだけでも十分何とかなる。 「指揮系統がコロコロ変わるのは混乱の原因にしかならん。それに……」 斧と大盾を構え、アーデルベルトは静かに相手の名を呼んだ。 「ブルーストーンは、俺を逃がさんだろうよ」 恐らくここでコトナに任せても、キララウスはこちらを追ってくるだろう。その事も踏まえてスピーカーで牽制をしてみたのだが、どうやら想像以上に上手くいってしまったらしい。 「……了解です。でしたら、これをお使いください」 コトナはガーディアンの背部に手を伸ばし、分厚い装甲の下から折り畳まれた一枚の板を取り出した。 予備として受け取っておいた二枚目の新型盾だ。バランスの悪い今の大盾よりも取り回しやすいだろうし、もちろん強度は今までのコトナの戦いで実証済みだ。 「ああ。後で使わせてもらおう」 「では……ご武運を!」 折り畳まれたそれを自身の装甲に吊り下げ、改めて斧を構え直したアーデルベルトにそう言い残して、コトナは戦場を離脱する。 その背後で激しい激突音が聞こえたのは……走り出して、すぐの事だ。 リーティは、ロッセから言われた言葉を一瞬理解出来なかった。 瑠璃は、既に死者なのだと。 あれだけ美味しそうに二国の料理を食べ、酒を楽しみ、プレセア達と言い合いまでしていた彼女が……既に死んでいるというのか。 「彼女たちはこの世界から弾き出された存在。……あの死者の都に拾われはしましたが、本来ここに在るべき存在ではないのですよ」 「幽霊……みたいなものって事か?」 神揚には、人の魂は死してなおしばらくは地上に留まるという話がある。本来ならば五十日を経たずして天へと昇る魂も、強い執着や想いがあれば、その後も留まってしまうのだと。 「実体があるだけで、さして変わらないでしょう」 生きているリーティ達と実体のある死者の違いは、リーティにはよく分からない。 「……いずれにしても、あのネクロポリスから離れればそれほど長くは保たない……」 ただ、ロッセのその言葉の意味だけは、リーティにもよく分かった。 「それって、他の連中は!?」 「知らないでしょう。神王もその事は、告げていないようですから」 「神王……」 その名は、瑠璃から何度か聞かされていた。ネクロポリスの長にして、瑠璃達の導き手なのだという。 だがロッセの物言いでは、その神王こそが事態の黒幕のように聞こえてくる。 「……歴史を弾き出された、ヒサ家の思念の集合体。ヒサ家の役割を果たすためだけに存在する、まさに怨霊ですよ」 天へと昇るはずの魂も、妄執や強い思念によって地上に留まるのだ。そしてそれが他の魂を取り込み、果て無き妄執に取り込まれれば……。 「じゃあ、瑠璃たちが死んだら……?」 死者に対してその表現が合っているのかは分からない。けれどロッセはそれを訂正することもなく、ぎり、と奥歯を噛んでみせる。 「神王に取り込まれるのでしょう。神王にとっては、いつもの儀式の一つにしか過ぎません」 故に、彼にとっては大事ないのだ。 取り込む前の魂が、たとえどういった状態になろうとも。 「……何が大丈夫なものですか」 巨大な天幕に悠然と足を踏み入れたのは、白い仮面を付けた長身の男であった。 正面にそびえる巨大なコンクリートの丘や三つの犬の頭を備えた人型の神獣を前にしても歩み一つ乱すこともなく、ゆっくりと歩を進め……。 ……やがてそれを止めたのは、現れた人物に気が付いたからだ。 「成る程。貴様がミーノースの親玉か」 分厚い布で目元を覆った、老爺である。 顔を隠した仮面の男と、目元のみを覆う老爺。 「貴公は」 合うはずのない視線がまるで合ったかのような面持ちで、仮面の男は老爺の名前を問いかける。 「ムツキ・ムツキと云う」 「そうか。…………?」 真正面に一歩を踏み出した所でも、ムツキはその身を避けさせる様子もない。 当たり前だ。 ムツキは目の前の相手を邪魔するために、そこに立っているのだから。 「悪いがこれ以上、アークやクロノスに近付けさせるわけにはいかんのだ」 「ならば、どうする」 そう問いかけても、神王はその場を動かない。 相手の出方を窺う気なのか、それとも相手の一手を待ちわびているのか、腰の刀に手を伸ばす気配さえない。 「力押しで止めるしか、なかろうなぁ」 そのひと言と同時。 強い老爺の踏み込みに、辺りの地面が一斉に崩れ落ちる。 |