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25.Welcome to Overground

 頭上に広がるのは、薄紫の空。
 アーデルベルトの眼前に黒々と渦巻くのは、異界へと繋がるゲートである。
「そうか。第一陣のバルミュラは無事にクオリア達に引き渡したか」
 そんなどこか不安になるような光景を目にしながら。アーデルベルトが声を掛けるのは、備え付けの通信機だ。
「はい。動力炉も完全だそうなので、すぐに制御系と切り離して、解体作業に入るそうです。……そちらに変化は?」
 ゲートから運び込まれた撃破済みのバルミュラは、コトナの指揮でイズミルへと運ばれていた。
 ネクロポリス側の技術を鹵獲する意味もあるし、ちゃんと動く動力炉が手に入るなら、以前手に入れた動力炉を無理矢理直して使うよりも確実だろうという判断もある。
 理想を言えば、この場で作業してすぐにゲートの内側に持ち込めれば、エレの電磁砲もすぐに使えたのだろうが……さすがに滅びの原野でのそれは望みすぎというものだろう。
「今のところ静かなものだ。砲台や、日明の仕込みも使わずに済めばいいんだがな」
「それが理想ですね……」
「もう少ししたら、第二陣のバルミュラもそちらに送る。クオリア達に伝えておいてくれ」
 ゲートの中からは現状の報告も兼ねて、撃破した機体や周囲に置かれていたまま動かないシュヴァリエが追加で運び込まれて来ている。
 結構なペースだから、コトナがこちらに戻ってくるより先に、次便を出した方が良いだろう。
「了解です。こちらも作戦が終わるまでには一度そちらに戻ります」
「分かった。気を付けて戻れよ」
 既に作戦時間も終盤だ。残りも何事もなく過ぎてくれれば、後方を守るものとしても言う事はないのだが……。
「シュミットバウアー中佐! ゲートに反応が!」
 その瞬間、静かにたゆたっていた異界への門の表層が、まるで沸騰した湯のように泡立ち始めた。
「またバルミュラの搬入か……?」
 それは、バルミュラを運んできた兵士達が現れたときと同じ反応だ。
「……いや、こちらの機体ではない!」
 しかし薄紫の世界に姿を見せたそれは、翼の巨人を抱えたアームコートや神獣などではなく……。
 飛行状態にある、動く翼の巨人だった。
「全砲門、てぇっ!」
 もちろん、敵側が侵入したときの可能性も考慮済みだ。
 アーデルベルトの号令で、ゲートの周囲にずらりと並ぶ大型火砲が次々と火を噴いていく。
 通常火砲を運動性の高いアームコートに当てることは至難の業だが、ゲートのように固定した出入り口に照準を合わせる方式であれば、後はとにかく連発するだけだ。
「……やったか」
 だが。
 嵐のような砲撃の中から現れたのは……!


「中佐、中佐っ!?」
 ざあざあと砂嵐のような音しか放たなくなった通信機を置いて、コトナは不安げに息を呑む。
「どうしたんだい、コトナ」
「……シュミットバウアー中佐からの連絡が途切れました。ゲート周辺で何か起きたようです」
 バルミュラの受領を行なっていたククロも、その言葉に彼女の機体の操縦席を見上げ、不安そうな顔を浮かべている。
 ゲートの周辺を守る部隊と、ゲートに突入した部隊は、イズミルのほぼ総力と言って良い。メガリや八達嶺からも後詰めの戦力を回してもらってはいるが、鳴神やヴァルキュリア達のような一騎当千の兵が揃っているわけではないのだ。
「偵察に行った方が良いか?」
 そんな二人の様子を見ていたリーティに、コトナは小さく首を振る。
「いえ。非常時の対応用にコボルト部隊を付近に待機させていますから、そちらに頼みましょう」
 今回の作戦は決め手となる要因があまりにも不安定で、その割には投入する兵力が極端に大きい……リスクの極めて高い作戦だった。バックアップやフォローもそれを見越して、出来る限り多めに用意してある。
「こちらはジョーレッセ中佐とムツキさんに連絡して、防備を固めるべきでしょう」
「でも、戦力って……環は前線に出るの無理だろ?」
 環がアームコートに乗っている所など、あの夢の中の決戦以外では見たことがないし、古参のムツキにはすべき事が他にある。
 そもそも環は全体の指揮があるから、前線に立つわけにはいかないのだ。
「前線の指揮は……私が執ります」
 イズミルに行なった仕込みの事もある。
 小さくそう呟き、もと教導隊の少女は自らのアームコートを起動させるのだった。


 そいつの目の前でぐらりと傾いだのは、赤い角を備えたアームコートである。
「……他愛ない」
 ゲートをくぐる前に戦っていた虎面のコボルトは、相応に楽しめる相手だったが……この薄紫の世界に出てきた途端に立ち塞がったのは、古くさいだけの砲撃に、取るに足りぬ相手であった。
 駆動用のガスでも漏れているのだろう。しゅうしゅうと胸元から何かを吹き出すアームコートをつまらなそうに一瞥して、神王と呼ばれた仮面の男はゆっくりと右手を差し上げる。
 神王の合図と共に立ち上がったバルミュラは、プレセアが『動かない機体』と判断して研究用にこちらに持ち込んだ物だった。
「そのバルミュラは……動力が切れていたわけではないのですか」
 ロッセやシャトワール達の指示にも動く気配がなかったため、壊れているのかとも思ったが、どうやらそういうわけではなかったらしい。
「……余の言葉のみに従う、近衛だ」
 その数は、およそ十。迎撃を受けて動けぬバルミュラもネクロポリスの王の言葉を受けてか、不自由なその身を動かそうと機体を無理によじらせようとしている。
「シャトワール。アークのもとに案内せよ」
「承知致しました」
 この辺りの地形はそれほど詳しくないが、イズミルの近くではあるのだろう。翼を広げてゆっくりと舞い上がれば、彼方には薄紫の世界の陽光さえ弾く巨大な湖の姿が見えてくる。
「ロッセ。アーレスとニキは……?」
 ゆっくりと飛翔を始めたシャトワール達の後ろに続くのは、同じバルミュラと二羽の飛行型だ。
 そこまでは良いが、見慣れた戦闘特化型と、もう一人いるはずの将の姿がない。
「アーレスはよく分かりませんが……ニキ殿は、鳴神殿と戦って」
「……そうか」
 キララウスは小さく呟き、戦列に続く。
 最後にちらりと振り向いた先に、既にゲートはない。
 ゲートを通り抜けるときにシャトワールが残していった爆弾で空間を揺らされ、そのまま消滅してしまったのだろう。
(こちらのゲートも壊したはずだし、向こうにいるならもう二度と出ては来られんか……)
 奇妙な付き合いだったが、もはや向こうに残されたイズミルの本隊と同じく、こちらに戻ることはないだろう。
「では、我々も向かうとしましょう」
 そして一行は動き出す。
 アークの待つ清浄の地……イズミルへ。


続劇

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