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5.盾と包丁

 緑の森を背負う、青空の下。
「はぁ……」
 赤銅色の機体を見上げてため息を一つ吐いたのは、アームコートの着用者の中でもひときわ小柄な少女だった。
 機体のほぼ片面を覆う大盾は、新しい物に取り替えられている。けれど、瞳を閉じれば……その先に浮かぶのは、力任せに切り裂かれる大盾の姿。
 彼女の機体も、それほど新しい機体というわけではない。むしろソフィアの操る機体のように、古い部類にすら入る機体だ。機体の信頼性と耐久性に物を言わせて今までは何とか乗りきってきたが……。
「もう少しだけ、お願いします。ガーディアン」
 それがアームコートの宿命であろうとも、今頼れるのは目の前の機体だけなのだ。
 祈るように言葉を紡ぐ少女の背中から回されたのは、少女の太ももほどもあるがっしりとした腕だった。
「開発班が試作のシールドを回してくれてるって話になったんだろ? 落ち込むなって」
「……それに期待したい所ですね」
 今のガーディアンに装備された大盾はストックされていた予備装備だが、今日明日中には新しい盾が届く事になっていた。先日使っていた物は今までの盾に補強を施した物でしかなかったが、今回の物は補強ではなく、全体を神揚の金属で作り替えた物だという。
 それが従来の物に比べてどこまで強くなるかは分からないが……それでもガーディアンはまだ少しだけ、強くなれるのだ。
(後は、策で補うだけですか……)
 戦闘に関する経験は、年の割には持っている方だ。機体性能が足りないなら、その知識と経験を積めるだけ積んで対応するしかない。
「何とかなるだろう。竜頭鋼だから、前の補強材の金属よりもだいぶ粘り強い」
「だといいのですが……」
 傍らに歩いてきた九尾の黒狐から降りてきた奉も、そんな言葉を付け加えてくれた。
「それに、前の時みたいに姫さん達が死んだわけじゃないんだ。……この先も、まだ何とかなるって」
 まだ絶望というには先がありすぎる。大盾は破られてもコトナは元気だし、戦いで負けてもまだ終わったわけでもない。
「……ああ。半蔵も向こうにいるしな」
 彼が万里の側にいる限り、二人の姫君は無事だろう。少なくとも、そうあるように力を尽くすはずだ。
「半蔵は、裏切ったわけではないと?」
「クロノスの件もあるしな。……あいつが本気で裏切ったら、この位じゃ済んでない」
 クロノスはおろか、式典で手薄になった八達嶺そのものを手土産にしてもおかしく程度の手腕と情報は持っている輩である。半蔵が本気でミーノース側に寝返ったなら、クロノスを置いてホエルジャックを出港させるような事はしないはずだ。
「……そうだと良いのですが」
 ガーディアンの盾を切り裂かれた事が、想像以上に不安を呼び起こす原因になっているらしい。コトナ自身としてもそれは理解出来るが……自分で理解しているからこそ、嫌な予感が頭の中から拭いきれない。
「まあ、奴の独断には違いねえから、帰ってきたら殴るけどな。止めるんじゃねえぞ、奉」
「誰が止めるか。むしろ俺もロッセを殴る」
 敢えて軽く呟いたエレ達の言葉に、コトナは穏やかに微笑んで……。
「……シュミットバウアー中佐も似たような事をおっしゃっていましたね。裏切った以上、相応の責任は取らせると」
「コトナー。もう一本やるってー!」
 やがて彼方から聞こえてきた少女の声に、コトナはエレの両腕をそっと振り払う。
「分かりました、ジュリア。エレ、トウカギさん、よろしくお願いします」
 コトナの防御力とリーティの飛行能力をシュヴァリエのそれに見立てた戦闘訓練である。
 本来ならセタのMK-IIくらい機動力のある相手の方がいいのだろうが、肝心のセタはいまだに黙々と片付けを続けているし、MK-IIも工廠に入ったままだ。
「……ンだよ。もうちょっとイチャイチャさせろって」
「そんな暇あるわけないでしょう。対空戦をしっかり物にしないと、シュヴァリエ戦は厳しいですよ?」
 盾こそ抜かれはしたが、それでもコトナ自身は傷一つ負う事なくこの場に立っている。
 生き残ってさえいれば新たな対策は考えられるし、それを自身の力として加える事が出来るなら、コトナは前よりも強くなれる。
 それを自身の支えと化して。
 コトナは、ゆっくりと不揃いな歩みを踏み出すのだった。


 規則正しい包丁の音が響き渡るのは、狭い厨房の中である。
 だが狭くとも、誂えられた道具は一流の物だし、手入れも行き届いている。並ぶ材料も王国の式典を祝うために仕入れた一流の品々で……そこで振るわれる腕前も、それこそ一流の技。
「……良かったのかい? 半蔵さん」
 そんな巨大鯨の中で一流の料理人が問うたのは、背後の影に向けてだった。
「何がでござるか?」
 今日の半蔵は、いつぞやのようにタロに刃を向けてはいない。戦う構えを見せるどころか両手をゆったりと組み、寸鉄も帯びぬ様相である。
「オイラに包丁なんて持たせてさ」
 いまタロが野菜を切っているそれは、小さくとも刃だ。もちろん振れば切れるし、突けば刺せる。
 狭い調理場で振り向いて、体ごと半蔵に突っ込めば……それを成すことは、さして難しいことでもない。
「料理人に包丁を持つなと言うほど、ひねくれてはござらんよ」
 けれどそんなタロの問いを、半蔵は穏やかに笑ってみせるだけだ。
「まあ、どうしても気に入らないのであれば、それで拙者の体を貫けば良いでござる。拙者、逃げも隠れもいたさん」
「あはは。大事な道具でそんな事するわけないだろ?」
 料理人の包丁は骨を断ち、肉を切るための道具だが、人を殺すためのそれではない。人に食をもたらすための……人を生かすための刃物なのだ。
「でござる。タロ殿は一流の料理人でござるからな」
 笑い飛ばすタロに、半蔵も笑いを崩さない。
「そうだよ。オイラだけじゃなくって、姫さま達までこんな目に遭わせて……」
 そんなタロだからこそ、半蔵も今までの遺恨を理解しながらも、こうして厨房を預けているのだ。
「復讐するなら、もっと半蔵さんが苦しむ方法を選ぶに決まってるだろ?」
「……でござるな!」
 厨房に響くのは、二人の乾いた笑い声。
「さて。出来たよ! みんなを呼んでくるのは難しいだろうから……運ぶの、手伝ってくれるかい?」
 料理を仕上げ、半蔵に背を向けたタロの目が全く笑っていなかったのを……果たして、半蔵は気付いていたのか、いないのか。


続劇

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