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31.絶望の手前に

 神獣厩舎の最奥部。
 そこに辿り着いた昌たちが目にしたのは、いまだ主の到着を待っている九尾の白狐の姿だった。
「テウメッサ……何でまだ残ってるのよ」
「……分からん。とにかく、急いで万里を探すぞ」
 移動中の思念にも応じてくる事はなかったのだ。恐らくはソフィア辺りが一緒のはずだから、万が一という事はないだろうが……。
「分かってるわよ!」
 生まれる焦りを隠しながら、昌は自らの騎体を起動させる。傍らには大太刀を備えた九尾の黒狐も立ち上がり、出立の意を示してくれた。
「……万里……無事でいてね……!」
 いまだ沈黙を守る九尾の白狐の姿をもう一度確かめると、昌は神獣厩舎の屋根の上へと飛び上がる。


 黄金の竜鱗を走るのは、金色の雷光だ。しかしその輝きは戦闘開始直後に比べれば幾分か暗く、空気を弾く鋭い音も鈍く響くだけでしかない。
 だが、対する翼の巨人もそれは同じ。翼の一つは砕け、左腕も噛み千切られて失われている。
「く……っ」
 矢は尽き、翼は折れても……いまだ、互いの闘志は衰えず。
 最後の一撃を繰り出そうと、互いの牙と剣を構えたその時だ。
「……転移だと!?」
 空に一瞬の雷光が走り、彼方に見える景色が揺れる。
 その内側から現れるのは、つい先ほどまで八達嶺にいたはずの、鷲頭の獅子……柚那の駆る神獣であった。
「……増援か。おのれ……っ」
「待て…………っ!」
 振り絞った雷光を纏う鳴神の言葉に応じる事もなく、満身創痍のニキは片方だけの翼で大きく後ろへと飛翔する。それが倉庫街と後ろの森を超え、薄紫の霧への中へと飛び込んだ瞬間、辺りの空気と同化するかの如く掻き消えた。
 ホーオンのような景色と同化するだけの技ではないのだろう。それを証拠に、辺りには匂いも、気配すらも感じられない。
「…………ここは?」
「イズミルだ。……助かったぞ、柚那」
 のんきな問いを放つ柚那に、鳴神は小さく息を吐く。
 あのまま戦って、負けていたとは思わない。けれど、今の状況で五体満足に勝ちを収められたかと問われれば、それは疑問の残る所であった。
 そういう意味では、鳴神は柚那に救われたのだろう。
「あれぇ……? おかしいな。場所、ズレたかな……」
 だが、そんな意外な救い主は鳴神の様子など気にも掛けず、不思議そうに首を傾げているだけだ。
「どうした」
「転移の神術が、変な具合に発動したみたいなのよね。こんな事ないのになぁ……。疲れてるのかな」
 先ほど変な場所に出た事もだが、今度の転移も大幅に出現場所がずれているのだ。いつもなら、こっそり転移の儀式を施した、発着場の裏辺りに出るはずなのだが……。
 習得してからの数ヶ月、幾度となく使った通路だが、こんな事は初めてだ。
「おーい」
 そんな二人の元に現れたのは、蛇に似た尻尾を持つアームコートだった。
「クロロ。どうした」
「いや、転移の反応追っかけてきたんだけど……」
 つい先ほど、二つの反応が続けて現れたのだ。戦闘が続いている様子もないし、何か手がかりになる事はないかと思って様子を見に来たのだが……。
「ああ。やはりあれは転移術か。……先ほど翼の巨人と柚那が使っておった」
「そうか。やっぱり、同じ神術方面なのか……」
 翼の巨人が使ったものは分からないが、柚那が使ったならそれは神術なのだろう。神術師から借りた探査器具が反応するわけだ。
 そんなククロの話に興味なさそうにしていた柚那が見たのは、上であった。
「…………ねえ。ちょっとあれ」
 彼女たちを覆うのは、巨大な影。
 それが何かと上を向けば……。
「ホエキン? 何でこんな時に……」
 そこには、ゆっくりと上昇を始める、巨大な飛行鯨の姿があった。
「こんな時にって、お前、昨日から来ていただろう」
「知らないよ?」
 最初の頃は発着の様子もいちいち見物しに行っていたが、半年も経てば流石に慣れもする。特に昨日は気になる研究もいくつかあって、ホエキンが来た事さえ気が付かなかった。
「いや、お前の楽しみにしていたアレも送ったはずだぞ。届いていないか?」
「……うん?」
 荷物が届けば、さすがに連絡の一つも来る。しかし、昨日はその連絡さえも覚えがない。
 単に忘れているだけなら、忘れている事を思い出しもするのだが……。
「…………待て。だとすれば、アレも降りておらんのか……!?」
 ククロのどっちつかずの反応に、訝しげに呟く鳴神に……。
「っていうかさ。変じゃない?」
 追い打ちを掛けるのは、柚那の言葉。
「何であいつら、誰も撃ち落とさないの?」
 ホエキンは、今もゆっくりと上昇を続けている。しかし柚那の言う通り、空にいる翼の巨人達は誰一人としてホエキンに手を出そうとしない。
 あれだけの巨大物体だ。視界に入らないはずがない。
 だとすれば、それは即ち…………。
「……まずい。ククロ、一つ頼まれてくれんか」
「どうしたの」
 鳴神には、既に空を舞う力は残っていない。
 そして様子を見る限り、柚那も術で力を使い果たし、再び舞い上がるには幾分かの時間がかかりそうだった。
 通信機は全力の戦いの中でノイズを吐き出すだけの物になってしまったし、仮に使えてもこの混乱した状況下で、彼の意のままに動いてくれる者を見つけ出すのは困難だろう。
 故に、今動けるのは彼しかいないのだ。
「あの鯨を止めねば、取り返しの付かん事になる」


続劇

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