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19.潜む、刃

 薄紫の荒野から、青い清浄な空へ。
 巨大な船体を横たえたホエキンから降りてきたのは、タロと半蔵の二人である。
「……ふむ。荷物は明日の式典の物か」
「ああ。晩の会食で使う食材とお酒だから、今日はこのまま置いといて良いよね?」
 いつもの調子でタロに言われ、リフィリアは小さく肩をすくめるだけだ。
「それは私に聞く事ではないだろう。ソフィアか進行役の誰かにでも確かめてくれ」
「そりゃそっか」
 積み荷の書類を一式受けてざっと眺めれば、それは確かにタロから申告のあったものばかりのようだった。
 この半年、事あるごとに繰り返されてきたやり取りだ。タロは信用できる相手だし、トラブルなど一度も起きた事がない。
 斜め読みで一覧を確かめ、リフィリアは確認のサインを走らせる。
「タロ。晩は店に入るのか?」
「どうかしたの? 酒家はオイラがいなくても開いてるだろ?」
 ホイポイ酒家は今は八達嶺だけでなく、イズミルやメガリ・エクリシアにも支店を出していた。合間には今日のようにホエキンを使った輸送の仕事もあるし、実際のところタロが店に立てる時間はそれほど多くない。
「お前とでは味が違うからな」
 料理人は、いずれも鳴神達が呼び寄せた、腕と信頼のおける軍関係の者達ばかりだ。確かにタロがいる時のように様々な話も出来るし、タロの元で修業して料理の腕もお墨付きなのだが……それでも、タロがいる時とは微妙に違う。
「嬉しいなぁ。そう言って貰えるのは、料理人冥利に尽きるってもんだね!」
 和平条約が結ばれれば、少なくとも輸送の仕事は楽になる。輸送絡みの実入りは減るが、既に十分稼がせてもらったし、もともと輸送は副業の一つでしかない。
「それに、もうすぐソフィアも戻ってくる」
「ああ、今日はお菓子の約束の日だっけ……」
 言われて、今日が試作のお菓子をソフィアに食べさせる日だった事を思い出す。
「けどごめん。今日は明日の支度があるから、ちょっと店には出られないかも……。ソフィアにもそう言っといて!」
「ふむ、分かった。伝えておこう」
「代わりに、明日の宴席じゃすっごいの用意するからね!」
 小さくぺこりと頭を下げて、タロはそのままホエキンの元へと歩き出した。
 リフィリアもそれを特に不思議に思う事なく、調査隊の官舎へと去って行く。
「……見損なったよ、半蔵さん」
 そんなリフィリアの様子をちらりと見ながら、小声で呟くのはタロだった。その表情は硬く、目には明らかな失望の色が浮かんでいる。
「その目は拙者には通じんでござるよ」
 恐らく、万里や奉達であれば、その視線も意味を持ったのだろう。けれどそんな視線……いや、それ以上の視線を、歴史の闇に潜む彼は幾度となく受け止めてきたのだ。
「……拙者は、拙者の主義に殉ずるだけでござる」
 小さく呟き、半蔵は軽く両手を挙げてみせる。
 彼の刃は手元にはない。
 その刃は今もホエキンの中、千茅に向けて向けられているのだから。


続劇

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