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11.空白の世界を越えて

「後は……連中の目撃位置に関しては、今まで通り滅びの原野というだけで、今のところ法則性は見えません」
 机の上に広げられた地図は、イズミルと湖を中心とした、八達嶺からメガリ・エクリシア辺りまでの領域を示したものだ。そこに記された幾つもの点は、今回の魔物の目撃地点を示していたが……アーデルベルトの言う通り、その目撃位置はバラバラで、法則があるようにも見受けられない。
「足跡が途切れているのも、空を飛んだか、今回のように完全に消えたかのどちらかでしょう」
 今回の件を鑑みれば、空を飛んで消えた可能性は低いだろう。ならば、霞のように消えてしまった今回の事例と同じ事が、毎度起こっている事になる。
「消えた技術に関しては、ひとまずイズミルに持ち帰ってククロ達に検討してもらいます」
「……神術という可能性は?」
 アレクの問いに、首を振ったのは奉である。
「似たような術はあるが、そこまで万能じゃない。出現跡は俺も見に行ったが、必要な儀式の跡がどこにもなかった」
 転移の術は、それなりに高度な神術だ。
 しかもあらかじめ儀式を施した二点を結ぶのみで、力の消耗も少なくない。
 今回の戦いのように、戦闘時の離脱にも使えるほど力の消費が少ない構造を取り、さらに高密度に儀式地点を施術して回るとすれば、神揚中の転移術士が集まっても数十年、数百年単位の大事業になるだろう。
「キングアーツにはその手の技はないのか?」
「大後退の前にはあったらしいが、今の我々には伝わっていない。……それこそ伝説の領域だ」
 電波を使って画像や文字を送る手段はあるが、はるか古代の偉大なる王の術には遠く及ばないのが現実だ。実体を伴った物体をやり取りする事は、いまだ夢のまた夢である。
「であれば、それも技術班任せだな」
 望み薄ではあるが、彼らの知見に任せるしかない。
「兄様。ついでだし、ククロに正式にウチに来るように言ってくれない?」
「別に今の状況でも問題は無いだろう?」
 実のところ、ククロはイズミルの所属ではなく、メガリ・エクリシアに席を残したままなのだ。故に彼の隊はいまだメガリに残ってライラプスなどの整備を行なっているし、戦闘時には補修部隊として戦場に出向く義務がある。
 この半年、ライラプスが訓練以外で出動するような事態は起きていないから、特に問題は起きていないのだが……。
「そうだけど……。ずーっと研究所にいるしさ」
 今でこそ落ち着きはしたが、イズミルの調査隊設立初期は、『所属でもないのに居座っている変な人』と評判になっていたのだ。
「さしむき今は放っておけ。どうしても問題になるようなら、こちらで勝手に書き替える」
「……いいのかなぁそれ」
 恐らくククロは気にしないか、気付きもしないだろう。とはいえ、そうであっても当人に無許可で所属を変えるというのは、少々どころでなく気が引ける。
「当面の問題はククロより、その謎の敵だな」
 無人なのか有人なのか。どうやってあの場に現れ、離脱しているのか。
「全くもって。……引きが早かったのは、こちらに騎体を鹵獲されるのを防ぐためでござろうが」
「なら次は、何としてでも捕まえないとな……。ヴァル、必要なら出てくれ」
「了解」
 環の言葉に、ヴァルキュリアも小さく頷いてみせる。
 一体でも確保出来れば、何らかの手がかりは得られるだろう。少なくとも搭乗者の有無は確認出来るし、人が乗っているなら交渉やそれこそ和平の可能性もあるはずだ。
 メガリ・エクリシアと八達嶺の二つの国が、今こうして意見を交わしあっているように。
「……すまんな、万里。式典の打ち合わせがこんな事になってしまって」
「いえ、構いません。それよりも、ソフィア達も来てくれてありがとう」
「気にしないで。あたし達も、こっちが近かったっていうだけだから」
 朗らかに笑うソフィアにも、万里は静かに笑い返すだけだ。


 歪んだ世界の向こう側から抜け出したのは、赤い獅子の兜を備えた闘士の姿。
 巨大な脚で踏みしめたのは、王家の谷の黒大理の床である。
「世界を飛び越える装置か……便利なもんだな」
 古代の技術の一つなのだろうが、アーレスとしては、それが何かなどはさして興味がない。彼の基準は、それが役に立つか否かだけ。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
 黒大理の広間に機体を停め、中から降りてきたアーレスを出迎えたのは、無毛禿頭の人物と、黒豹の脚を持つ青年だ。
「アームコートと神獣が仲良く共同戦線なんて張ってやがった。……話は本当みてえだな」
 和平など、正直夢物語だと思っていた。しかし半年前まではいがみ合っていた巨人と魔物が共に向かってくる様子を見れば、二人の話を信じざるを得ない。
 正直、凄まじく不愉快だった。
 そして不愉快なことは、もう一つ。
「あと何だ? えらく遠くから攻撃が来たんだが……。おかげで一発食らっちまった」
 既に自動機械によって修復作業の始まっているソル・レオンの右頬は、巨大なハンマーで殴られたかのようなへこみ跡が穿たれている。
 その一撃は、コトナの機体にとどめを刺そうとした瞬間、何の予兆も気配もない所から叩き付けられたものだった。
「キングアーツの新兵器でしょう。確か、銃とか砲とか言う物のはずです……飛び道具ですよ」
「……そんなモンまで作ったのか」
 アーレスの知る飛び道具と言えば、古代兵器のブラスターか、攻城兵器としての火薬式大砲。後は制圧兵器としての弓矢くらいしかない。
 ブラスターを除けば、どれも対アームコート兵器としては落第の武器である。
「ええ。基礎技術は早くから確立されていたようですがね。そちらでは飛び道具はあまり重視されていなかったのでしょう?」
「装甲で弾きますからね」
 だからこそ、弓矢は飛行神獣への対抗装備という新たな需要によって再評価される事になったのだ。
「私の知る歴史では、アームコートにも通じる火器は神揚の金属を使って作っていましたから。こちらでもその手の交流で、実用化の目処が立ったのでしょう」
「……お前の知ってる歴史だと、二つの国は仲良しこよしじゃなかったのか?」
 ロッセもアーレス達とは別の流れで、巻き戻しを経験していたという。その歴史の中でも、一度は和平が成り立ったと聞いていたが……。
「侵略の用意が整うまではの話ですよ」
「はっ。和平が聞いて呆れるぜ」
 技術開発という名目で新たな武器を作り、その武器を和平を結んだ国を攻める力とする。
 皮肉などというものではない。もはやそれは、笑い話の領域であった。
「そうだ。それとだな……」
 小さく呟き、アーレスが片手を振れば、ソル・レオンに取り付いていた作業機械が何かを抱えてこちらにやってくる。
「アーレスさん。それは?」
 ひと抱えはあるほどの、十字に切り抜かれた金属塊だ。その縁は全ての面が鋭く研ぎ澄まされており、触れる物全てを切り裂こうという意思に充ち満ちている。
 だが。
「ああ……。ソル・レオンの外装に刺さってたんだがよ。……どっちでもいいが、読めるか?」
 その表面に刻まれていたのは、ご丁寧に二種類。一方はアーレスにも読み取れるもので、残り半分はアーレスには全く読めない文字であった。
「これは…………手紙だね。キングアーツと神揚の文字で書いてあるだけで、内容は同じみたいだ」
 シャトワールにとっては、どちらも読める文字である。アーレスが疑念に思わないよう、彼の知らない文字の側を、なるべく平易な表現でゆっくりと読み上げていく。
「あいつらもまだ一枚岩じゃないって事か……」
 差出人の名前まで読み上げられた後、アーレスの顔に浮かぶのは昏い笑みだ。
「面白そうじゃねえか。どうする? 大将」
 本当に一枚岩ではないのか、それともただの罠なのか。
 静かにその文面に視線を落とすロッセに、アーレスは愉快そうに声を投げかけてみせるのだった。


 キングアーツからの来客が去った後。
「…………ロッセの狙い、どう見る」
 残された八達嶺の将達に鳴神が問うたのは、かつてはこの地の軍師だった者の事である。
「……分かりません」
 そう答える万里の声は、けっして明るくはない。
 無理もない。それまで何の不和もなく、穏やかな関係を築けていたと思っていたのに……突然姿を消したのだ。
 そして次に見えた姿は、こちらに攻撃を仕掛けてきた勢力の指揮者としてだった。
「俺も分からない。……ただ、クロノスを狙ってる可能性は高いと思う」
「クロノスでござるか……」
 かつてロッセが直々に手を掛けていた、彼専用の神獣である。
 その内には時間や空間を操る神術を再現する機構が備えられており、奉はかつてここにいた頃のロッセから、単体でヒサ家に伝わる神術の再現も可能であると聞かされていた。
「ロッセはかなりあれに執着していたからな。どこにでも出たり入ったりする……そんな都合の良い技術があるなら、それこそ直接奪いに来る可能性もある」
 この半年、クロノスの調整を行なっていた技師達から、奉も可能な限りの情報も集めていた。
 だが、設計図や資料らしきものは残されてはいるものの、そのほとんどは神術の研究者の例に漏れず、ロッセにしか分からない暗号や比喩で埋め尽くされていたのだ。
 結局、同じ神術師である奉や鳴神、果ては暗号解読の心得のある半蔵ですら基礎理論すら読み取ることが出来ず、今に至る。
「よく分からん機構である以上、解体するわけにもいかんからな……」
 さらに面倒なことに、主機と名付けられたクロノスの神術再現装置は、現状で緩やかな起動状態にあったのだ。
 構造が分からない上、主機の実際の管理はロッセが直接行なっていたらしく、技師達にもそれが分かる者は誰一人としていなかった。
 何が起こるか分からない以上、停めて良いのかどうかすらも分からず、凍結という扱いにして最低限の様子見をするしかない状態に置かれているのだ。
「今のところ八達嶺やイズミル内での巨人の目撃例はないでござるよ」
 アレク達が置いて帰ったままの地図にも、人の居住区での目撃例は一つも記されていない。
 あれだけ大きな翼の巨人だ。街の外縁部などの目立たない所ならともかく、少し人通りのある場所ならすぐに見つかってしまうだろう。
「ああ。そういう制限があるのか、あえて人のいる所を除外しているだけか……。半蔵、おぬしの技にはそのような術は?」
「あればよいのでござるがなぁ……」
 半蔵の神出鬼没は、自らのたゆまぬ鍛錬によるものだ。むしろ、そこまで都合の良い術があれば、もっと忍びの腕を上げている事だろう。
「……であろうな」
「いずれにせよ、クロノスを今の場所に置いておくのは危険でござろう」
 凍結しているといっても、特に何かの機能を封印しているというわけではない。奪取されてしまえば、それはそのままロッセの思うがままになってしまう。
「そうだな。であれば、どこに動かすのが良いか……」
 敵の目が及ばず、奪いに来る事も難しい場所。
 キングアーツの面々にも公然とは言えない神揚の秘事に、一同は頭を抱えるしかない。


続劇

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