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4.全ては闇の中へ

 遮音の術が施された天幕の内に響くのは、炎の燃えさかる音と、鉄と鉄のぶつかり合う音だ。
 そしてその合間に小さく交わされるのは、低い声の会話である。
「……鳴神様の側でも、物資の変化はありませんでしたか」
 薄手の手漉き紙に記された報告を眺めているのは、車椅子の女性。ひととおり眺め終えたそれを机の上で軽くまとめ、向かいに座る大柄な男に差し出した。
「ああ。余程の内通者でもいない限りは、白だろうな。そちらもか、プレセア」
 それを受け取るのは、金属に覆われた右腕だ。
 入れ替えるようにプレセアに返すのは、キングアーツ側でまとめられた周辺都市の備蓄物資の動きである。
「ええ。特には」
 黒王石や霊石、食料、それ以外の生活物資。人が生きるため……そしてアームコートや神獣を動かすためには、多くの物資が必要となる。
 あの戦いから半年。
 双方の陣営で行方をくらましたいくらかの兵達は、いまだ見つかってはいない。
 故にプレセア達が目を付けたのは、周辺の都市の物資の動きであったのだが……。
「アームコート一機はともかく、バスマル達の神獣部隊の霊石の動きは追えると思ったのだがな」
 ここから逃げられる範疇での物資の動きには、目立った変化はない。少なくとも、彼らはその辺りでは霊石や物資の補充はしていない事になる。
「こちらの輸送部隊が襲われたという報告もありませんし」
「ふむ……天に昇ったか、地に潜ったか」
 アームコートや神獣を捨てたとは考えにくい。いっそのことそれらを捨てて、山奥で世を儚んでの隠遁生活でも送ってくれているなら楽なのだが……その可能性は、彼らが野垂れ死んでいる可能性よりも少ないだろう。
「地に潜ったなら、ムツキさんが見つけられるんじゃないのかい?」
 そんな二人のやり取りに口を挟んだのは、回された資料を眺めていた青年だった。
「物の例えだ、セタ。……だが、本当にどこに消えたのやらな」
「地中の調査も、空中からの調査も行ないましたしね」
 以前の戦いでプレセア達が敷設した地底通路も、既に埋め立ては終わっている。それ以外の箇所でも、プレセアの音での調査や、ムツキによる捜索が幾度となく行なわれていた。
「イズミルにもそれらしい姿はなかったのですわよね?」
「MK-IIのテストで何度も翔んだけど、それらしき影はなかったね」
 広大なイズミルの調査も、この半年で半分ほどが終わったに過ぎない。けれど空中からの調査は何度も行なわれていたから、未踏領域にずっと隠れておく事は不可能だろう。
 そんな三人の元に出されたのは、もうもうと湯気の立つ大皿料理だ。
「はいおまち! 難しい話もいいけど、まずは腹ごしらえしておくれよ!」
 取り皿と箸を回しながらのタロの言葉に、鳴神は鋼の右手で箸を取り上げる。
「そうだな。腹が減っては戦は出来ん。まずは食うとしよう」


 黒大理の広間に腰掛けた男が膝の上で広げたのは、無機質なトレー。
 そこに載るのは、ペースト状のよく分からない食材だ。
 同じように無機質なスプーンでそれをすくって口の中に入れても、甘いとも辛いとも付かぬぼんやりとした味が広がるだけ。
「……そうですか。他の二人はともかく、アーレスが協力してくれるというのは少々、意外でした」
 そんな無機質な食事を不味そうに食べているアーレスを見下ろしながら、黒豹の脚を持つ青年も同じようなそれを口に運んでいる。
「尻尾を巻いて逃げるとでも思ったか?」
 例え彼の地を去ったとしても、咎め立てはしないと言われてはいた。
 けれど、去ったからと言って何が出来るわけでもない。
 アームコートの動力源は有限だし、戦略物資である黒王石は軍によって民間分も厳重に管理されている。おそらくは手配書も、各地の軍部に回されているだろう。
 蘭衆まで戻る事が出来たなら、それなりのツテもあるだろうが……その頃には、二つの国の和平はとっくに結ばれた後のはずだ。
「いえ。我々を力ずくで従えようとでもするかと」
「……しねえよ。むかつくが、頭はお前の方が良いだろ。ロッセ」
 乗せられる事を良しとしたわけではない。
 だが、それ以外に彼の望む道への選択肢があるわけでもない。
「連中を潰すためには、知恵の回る奴がいる。……せいぜい利用させてもらうぜ」
「どうぞ、ご自由に」
 彼の反乱など容易く押さえられると思っているのか、それともその思いさえ策の内に仕込んでいるのか。さらりと流し、黙々とトレーのペーストを食べ始めるロッセに、アーレスは不機嫌そうに鼻を鳴らし……。
 目を向けたのは、ロッセの傍らで静かに食事を口に運んでいた無毛禿頭、身体の大部分を鋼に置き換えた人物だった。
「そんな事より、俺はお前がいた事の方が意外だよ。生きてたのは知ってたが……シャトワール」
 それは、かつての戦いで死んだと思われていた人物である。
「そうですか?」
 シャトワールはアーレスの言葉にも、ロッセ以上に声を揺らす事もなく、静かに応じてみせるだけ。その穏やかとも無関心とも取れる様子は、かつてキングアーツにいた頃と何一つ変わりのないものだった。
「どうしてこんな所にいる」
 半年前のあの戦いでは、神揚に保護されていると分かり、捕虜交換の対象にも挙げられていたはずだったが……。
「わたしの探していたものがあったからですよ。……それ以上でも、それ以下でもありません」
「ワケの分かんねえ事ばっかり言いやがって」
 思えば、シャトワールが神揚側に保護された戦いでも、その動きは明らかに『狙って』いた。特にアーレスが損をしたわけではないが、上手く利用されたのは間違いない。
 相変わらず読めない表情をしているシャトワールに強い視線を向けたその時、広間に入ってくる巨大な影が一つ……二つ。
「帰ってきましたね。沙灯……」
 広間の高い上空にゆったりと翼を広げるのは、周囲に並ぶシュヴァリエとは違う、鳥に似た金属の異形だ。
 二羽……いや、二匹と呼ぶ方がしっくりくる大きさの鋼の巨鳥が、天井から伸びる止まり木に揃って身を置けば。やがてその背から姿を見せたのは、鷲の翼を備えた少女達である。
 ゆっくりと舞い降りてくる彼女に目をこらせば、銀の瞳をした方が、視線を合わせてにこりと不敵な笑みを向けてきた。
「…………ちっ」
 こちらに挑むような、小馬鹿にするような視線に小さく舌打ちを一つして、アーレスはトレーのぼやけた味の食事を乱暴に掻き込み始める。


続劇

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