30.ただいま! 熱々の饅頭料理、汁気たっぷりの肉料理、あっさりと仕上げられた野菜料理。頬の緩む点心に、癖になりそうな酒のつまみ。 大いに呑み、食べ、笑い……そんな賑やかな宴にも、いつしか終わりがやってくる。 「じゃ、最後はこれかなぁ。キングアーツ風ワッフルに、ちょっとひと工夫」 そう言ってタロが出したのは、一枚の皿。 乗っているのは、焼き上げられたワッフルだ。キングアーツのそれとは確かに違う物だったが、口にすればフワフワで、けれど外側は香ばしく焼き上げられている。 そして何より違うのが……。 「あ。このワッフル、何か知らないものが挟んである! おいしい!」 「だろー。ワッフルを桃饅頭の餡で挟んでみたんだ」 タロの言う通り、間に挟まれているのは宴の中で供されていた桃饅頭の餡と同じ物だった。けれどそれは、ひたすらに柔らかな桃饅頭の皮とは違う食感のワッフル生地と相まって、全く違う味わいを見せてくれる。 「へぇ……。こんな味になるんだ、すごい!」 キングアーツの料理と、神揚の料理の融合だ。二つの国が出会わなければ……そしていまだ戦っていたままなら、絶対にこの世に生まれる事のなかった料理である。 「二つの国が仲良くしたら、これよりもっと凄いものがたくさん出来るのかな……?」 「オイラはそう思ってるよ」 今日のワッフルは、その第一歩にしか過ぎない。料理だけでも誰も見た事のない味が星の数ほど生まれるだろうし、そもそも料理でさえ、文化の融合で生まれる中のごく一部でしかないのだ。 それはこの一団では最年少のタロの人生全てを使ってさえも味わいきれない、見つけきれないほどの楽しみになるだろう。 「そうなるといいな……」 「違うな。……そうしていくんだ、私達が」 アレクも万里もソフィアも、それを享受するだけではない。それを決め、導く側なのだ。 アレクの言葉に小さく頷き、二つの国の合わさった味を、口の中で噛みしめる。 「そういえば、半蔵とリーティはこのまま残るんだよね?」 「うん。いいんだよね? ソフィア」 「いいよ。また来たくなったら遊びに来てよ」 ソフィアとしてはリーティ達が捕虜という感覚はあまりなかったし、何より戦いが終わった今、捕虜をどうこうという必要もない。 「もちろん、伺わせていただくでござる!」 「あたし達が帰ったら、すぐにムツキも送るからね」 そんな話をしていると、セタがふと口を開いた。 「そうだ。帰るは良いけど、僕とエレはどうやって帰ろうか」 「どうやってって、プレセアのルートもあるし、普通にアームコートで…………あ」 言われてみれば、セタとエレのアームコートは大破したままだ。アームコートは基本的に一人乗りだから、一機に二人乗るには随分と窮屈な思いをしなければならない。 「まあ、壊れちまったもんは仕方ねえわな。戦争なんだから。コトナ、乗せて帰ってくれ」 「私がいくら小さいと言っても、エレが乗れるほど小さくはありませんよ?」 「ハギアの操縦席も、セタが乗れるほど広くないしなぁ……」 コトナやソフィアの機体の操縦席は、主の体格に合わせて小さめに調整してある。メガリ・エクリシアならスペースの調整も効くが、八達嶺から大柄なエレや長身のセタが乗って帰るには、少々無理があるだろう。 「メディック一機ぶんは使えるから、それで誰か一人残るか……」 神獣厩舎に赴いていたセタの話では、鹵獲されたメディックもライラプスも、応急処置は終わっていると聞いた。戦闘は無理でも、歩いて帰るくらいなら何の問題もないだろう。 問題は、誰が一人残るかだが……。 「じゃあアタシが残る!」 「ソイニンヴァーラは却下だ」 勢いよく手を挙げたエレを、リフィリアが即座に押し留める。 「何でだよ」 「な……何ででもだ……!」 その問いに、リフィリアは顔を真っ赤にしたまま答えない。 理由は自分でもとっくに分かっているのだろう。エレはリフィリアの顔を覗き込み、何で何でと楽しそうに聞き返している。 「エレさんは奔放すぎるからね。一人で残しておくのは心配だな」 客人扱いではあるが、残った者にはキングアーツの代表という肩書きも自然と付いて回る事になる。 「どういう事だよ」 「……遊女屋に入り浸られては困るという事だ」 メガリ・エクリシアでするぶんには問題なくても、キングアーツの代表としてのそれは大問題だ。神揚の性についての認識はどの程度のものか分からないが、キングアーツの基準からすれば間違いなく使者の品位を疑われてしまう。 半蔵の菓子屋巡り程度の、笑って済むような問題ではない。 「なっ! それが楽しいんじゃねーかよ!」 むしろ目的の大半はそこだったのに、エレとしては台無しだ。 「でもセタが残ったらあたし達が困るよ? だったらあたしが残って……」 そう言いかけて、辺りの視線に口をつぐむ。 そんな一同をぐるりと見渡し……。 「だったら、良い方法があるんだけどさー?」 ニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべたのは、この場では最年少の、ホイポイ酒家の主だった。
メガリ・エクリシアにようやく帰還したアーデルベルトの報告を受け、執務机に着いていたプレセアは小さなため息を一つ。 |