-Back-

17.いちばんたいせつなひとへ

 白木の床をばたばたと駆け巡る音がするのは、中央や厨房、厩舎に近い一角のみ。そこから少し離れれば、途端に辺りの空気は穏やかさを増す。
「ねえねえ。騒がしいけど、何かあったの?」
 そんな場所で入口を護っていた兵に声を掛けたのは、昌である。
 もちろんそこから入って何があるかなど、今更説明するまでもないだろう。
「またあんたか。何かあったじゃねえよ。キングアーツ……だっけ? 巨人の部隊がこっちに近付いてるんだとよ」
 昨日までも何度も訪れてきた顔だ。門番の兵の対応も、最初と比べてかなりいい加減になってきている。
「あんたも姫様のお付きなんだから、結構偉い将軍とかなんだろ? 姫様が大事なのは分かるけどさ、出陣しなくていいのか?」
 八達嶺も神揚全体からすれば小さいとは言え、ある程度の規模を持つ組織だ。全ての兵が全ての将の顔を知っているわけではない。
 だからこそ、彼も将らしくない昌と、ほんの数日で仲良くなれたのだろうが……。
「出撃も何も、私達、厩舎に出入り禁止になってるしねえ」
 一応騒ぎが起きた直後に様子見に顔出しはしたのだが、当然のように厩舎には入れてもらえなかったのだ。
「そういえばそうだったっけ……。そんなに姫様が大事……」
 呆れたように呟く兵の言葉は、最後まで口にする事が出来なかった。
「……ガハ……ッ!」
 鳩尾に打ち込まれているのは、目と鼻の先から打ち込まれた鋭い膝。その場から放ったとは思えないほどの威力に、兵の男は白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
「ごめんね?」
 別に恨みがあったわけでも、嫌いなわけでもない。
 この三日間、彼女が万里の元を訪れた時は目を瞑ってくれたし、お菓子の差し入れを喜んでもくれた。
 ただ、この先の事は……目を瞑るわけにはいかないだろう。兵としては目を瞑ってはいけない事だし、かといって巻き込むのにも気が引ける。
「……あと、ちょっと違うかなぁ」
 ダメ押しとばかりに喚び出した蜘蛛の糸で兵を辺りの柱に縛り付け、お詫びがてらに懐にお菓子を詰め込んでおく。
 これで彼は、騒動を起こした万里の忠臣にひどい目に遭わされた、哀れないち兵士と名乗る事が出来るはずだ。
「万里が大事じゃなくって、すっごく大事なんだよね」
 そう言い残して、慣れた様子で万里の部屋へ。
「万里ー。迎えに来たよ! さっさとこんなとこ、逃げだしちゃおう!」


「く……」
 薄紫の空気を振るわせるのは、黄金の雷と、雷のノイズに弄ばれながらも広がっていく、声の波。
「くくく……………っ」
 波の源に居合わせるのは、黄金の竜と、それに対峙する蒼い騎士。
「ははははははははは! 面白い!」
 その光景に、セタはかつて書庫で読んだ物語を思い出す。
 竜退治に出掛けた老騎士の物語だ。
(まさか、蒼の風車と黄金の竜の戦いとはね……)
 老いた騎士は行く先々で珍騒動を巻き起こす。巨大な風車を竜と見間違えて突撃し、宿屋の娘を亡国の姫君と勘違いして求婚し……。
 はて、最後はどうなったか。
「まさかこの俺を出し抜くとはな! キングアーツにも面白い奴がいるものだ! 名を聞こう!」
「セタ・ウィンズ。所属も名乗った方がいいかい?」
 ようやく笑いも収まったのだろう。改めて朗と声を放つ鳴神に、セタはいつもの様子を崩さない。
「それは野暮というものだぞ、セタとやら。俺は鳴神・鏡。鳴神と呼ぶ事を許そう」
 果てしなく上からの物言いだが、自然で堂々としたその口調は、むしろ清々しくさえある。先ほど半蔵も言っていた通り、国の要人か、高貴な血筋に生まれ育った人物なのだろう。
「そう? じゃあ鳴神さん、ついでに戦いを止める気はない?」
「ない!」
 そしてそれ以上に、生まれながらの武人であった。
「だよね……。けど、もう少しお喋りしようよ。時間を稼ぐのが僕の仕事だからね」
 だが、そんな鳴神の言葉にも、セタは何一つ同じた様子を見せはしない。鳴神の激しい嵐を受け流し、その場に穏やかにたゆたうだけだ。
「ふむ……ならばもう少し付き合ってやろう。先刻の一撃の褒美だ」
「ありがとう。さて、何がいいかな……」
 夢の話でもするべきか、それとも他の話が良いか。
 普段ならば息をするように生まれてくる話の種も、全く違う世界で生まれ育ってきた鳴神に対しては、どんな話が相応しいのか、さすがに一瞬では浮かんでこない。
「話題がないなら俺から聞くぞ。黒い分厚い装甲の巨人と、赤い獅子の兜の巨人の駆り手を知らんか? なかなか面白い戦い方をする奴らでな」
 鳴神の問いに、セタは小さく首を傾げてみせる。
「……ヴァルさんとアーレス君の事かな?」
 黒い重装の巨人など珍しくもないが、鳴神に一矢報いるほどの使い手まで絞れば彼女くらいだろう。アーレスの機体の獅子兜は、分かりやすいから考えるまでもない。
「一人は女か。なおのこと面白い」
「キングアーツと神揚の間に和平が結ばれたら、紹介するよ」
「楽しみにしておこう。その時は酒でも酌み交わそうぞ」
 鳴神の言葉にセタが見せるのは、穏やかな微笑みだ。
 少なくともそう言うからには、鳴神は本当の意味での万里やソフィア達の敵ではない。この戦いが終わり、無事に和平が結ばれれば……きっと、彼女達の力になってくれるだろう。
「それは楽しみだ」
 その言葉と共に、蒼い機体がふわりと地面から浮き上がった。
 風を操り、風に乗る。他のアームコートには見られないこの浮遊機構こそ、鳴神に一矢報い、セタの名を刻みつけた神速の一撃の源となる。
「では……行くぞ」
 放たれた雷の中。
 吹き抜けるのは、強く優しい、蒼い風だ。

続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai