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13.敵知るもの、己知らぬもの

 丘の向こうに見えるのは、巨大な人型の兵器たち。
 かつては巨人と呼ばれ、今はアームコートと呼ばれるようになった、キングアーツの主力兵装である。
 辺りに気付かれないように行動しているつもりなのだろうが、神揚の兵も馬鹿ではない。殊に身軽な斥候任務であれば、キングアーツの巨人どもになおのこと引けを取るものではなかった。
(……エレとコトナちゃんもいる。って事は、何か考えてるっぽいわねえ)
 ずんぐりとした小柄な機体と紺色の人らしき異形の駆り手は、北八楼のあの場所で、何度も言葉を交わした仲だ。先日の戦いで少しのあいだ行動を共にした事もある。
 エレは悪巧みが得意だし、コトナも幼い外見に似合わず、理知的な考えの出来る娘だ。その二人がキングアーツの中でどれだけの地位にあるのか柚那は知るよしもないが、油断して良い相手ではない事だけは分かる。
 そしてまた、彼女達が単なる攻撃のためだけにここにいるはずがない事も。
「貴殿の知り合いはいないのか? 万里様に従って、北八楼での交渉にも赴いていたのだろう」
「いないわよ。あたしの顔もそこまで広くないってば」
 だが、それをあえてバスマル達に知らせることもないだろう。
 顔を知っていれば考えを聞かれる。それを聞かれれば、策を見抜かれる。このまま彼等を無視して進んでも柚那の決断までの時間が縮むだけだし、かといって退かれても意味がない。
「むぅ……お?」
 思考が思念の波に乗らないように気を付けながらそんな事を考えていれば、やがて聞こえてきたのはバスマルの思念である。
『これからスミルナ調査に向かうからなー。目的はアークだ。木とか何とかはどうでもいいから、片っ端からぶっ潰せ!』
 響いてきたのは男ではなく、聞き慣れた女の声だった。恐らくバスマルの聞いた通信が、そのまま思念の波に乗せられているのだろう。
「北八楼の調査……いや、制圧だと……!? あいつら、まさかあの巨人で北八楼に乗り付けるつもりか!」
 アークが何かは分からないが、スミルナが楼を意味する単語だとは以前の報告で知っていた。
 そこを片っ端から潰すなど……!
(……この声はエレか。ってか、どう考えてもそんなはずないでしょ。あたしでも分かるわよ)
 キングアーツにとっても、楼は滅びの原野における貴重な拠点となる。今まで徒歩で丁寧に調べていた連中が、いきなりアームコートで乗り付ける不作法を働くなどありえない。
 しかもそれをエレが言っているというなら、それは明らかに悪巧み……しかも、間違いなくハッタリの部類だろう。
(けど、これならそれに乗った方が面白そうねぇ)
 どうやらバスマル達は、エレの言葉がハッタリだとは気付いていない。エレの人となりを知らないのだから当たり前だ。
 けれど、だとすれば……これから柚那がバスマルを切り捨てるより、はるかに面白い展開になるのは間違いない。
「とりあえず本営に出来るだけ応援を頼みましょ。ここからの指揮は、このあたしが取るわよ!」
「了解した。総員、戦闘態勢を整えよ!」
 焦り混じりに指示を送るバスマルに、柚那は心の内を気取られないようほくそ笑むだけだ。
「……それと柚那殿」
「何?」
 考えを無意識に思念に乗せてしまったかと一瞬慌てる柚那だったが、そういうわけでもなかったらしい。バスマルは大真面目な感情のまま、促す柚那に言葉を続ける。
「少々策があるのだが、試してみても構わんか?」


 僅かな仮眠からコトナが目を覚ましても、自体は何一つ変わってはいなかった。
「連中、まだ攻めてきてないんですか?」
 どうせすぐに起こされるだろうと思って、すぐに目覚めてしまったのだが……もう少し寝ていても良かったと、コトナは小さく息を吐く。
「存外に賢いか。それとも臆病と言うべきか」
 斥候が本隊を待っているのか、それとも別の理由があるのか……神ならぬ身のアーデルベルトには知るよしもない。ただ、出来れば大部隊が攻撃を仕掛けてくれれば、陽動としてはやりがいがあるというものだ。
「柚那もいるな。ただの斥候って事はねえと思うが」
 確か柚那は、万里の側近の一人だったはず。ただの偵察部隊に付くはずがないし、かといって自分の率いる万里の部隊であれば、既にエレ達と合流しているだろう。
 神揚側もクーデターがあったというし、その関係でややこしい立場にいるのかもしれなかった。
「もう少しスミルナ攻めをする雰囲気を出してみるか。総員、適当に作業スピードを上げろ。だいたいでいいぞ」
 敵の大部隊が来てにらみ合いになるなら望み通りだが、今の敵の規模では今ひとつ陽動としては効果が薄い。
 アーデルベルトの言葉に、巨人の群れはそれらしき作業を黙々と続けていく。


 八達嶺の空を見渡す屋上の一角。
 通信室からの報告を受けた狒々に似た顔の男は、長く伸びた尻尾でぴしぴしと床を叩いている。それが彼の苛立っている時のクセなのだと、鳴神はこの三日で理解していた。
「北八楼を攻めるだと?」
 その尻尾が床を打つ音が、苛立った声と同時にひときわ高くなる。
「断固戦うべきだ! 北八楼を攻められるのは事だぞ」
 脇に控えていた猪の牙を備えた将の言葉に、ニキは重々しく頷いてみせた。
「うむ。総員、兵を出せ! 貴重な北八楼を奴らの手に……いや、滅びの原野に沈めさせるわけにはいかん!」
 楼の環境は、古代から伝わる環境の浄化機構のお陰もあるが、周囲との絶妙な均衡で成り立っているものだ。アームコートや神獣で荒らし回れば、あっという間にその均衡は崩れてしまう。
「……だが、奴らは本気でそうするつもりかな?」
「どういう意味だ?」
 そんな中、ただ一人血気を逸らせぬ鳴神の言葉に、ニキの脇に控えていた将が怪訝そうな言葉を放つ。
「奴らにとっても北八楼は貴重な場所のはず。周囲に兵を回して占拠するならまだしも、楼そのものを掃討する意味はない」
 有人の楼で、なおかつこちらに敵対の意思を見せている……というのであれば、まだ分かる。しかし今のところ北八楼に人がいたという報告はないし、それらしき形跡も見つかっていない。
 以前見つかった原住民は、全てキングアーツの民だったのだ。
 そんな制圧し放題の場所で力ずくを働く必要は、どこにもない。
「返事を引き延ばすための時間稼ぎか、こちらの手に落ちるなら……という事ではないのですか?」
 その可能性は、確かに否定は出来ない。
 だが、連中は果たして、そこまで追い詰められているものだろうか?
「それとも、他に何か考えが?」
「明らかに陽動だと言いたいのだ」
 鳴神が向こうと同じ立場なら、まず思いつくのは人質の救出だ。そして敵陣に救出部隊を送り込むためには、こちらの包囲を手薄にする必要がある。
 他に有効な餌がない以上、北八楼攻撃をちらつかせるのは……そこを重要拠点と見るこちらとしても、動かざるをえない。
「だとしても、北八楼を放ってはおけないでしょう」
 目の前にいる、この男達のように。
「なに。こちらは巨人どもの弱点を十分に把握しております。仮に陽動だったとしても、制圧するのは容易い」
「そんなわけがあるか」
 そんな自信満々の猪牙の将の言葉を、鳴神はあっさりと両断した。
「連中もそこまで愚かではない。一度殴られれば、二度目には守る術……いや、逆に殴り返す術さえ身に付けて来よう」
 鳴神の必勝の雷撃を受け流したあの黒い巨人達のように。
 そして彼自身が相対したキングアーツの前線司令官も、むざむざと二発目を食らうような男には見えなかった。
「では、鳴神殿はご随意に。いずれにしても、我々に鏡衆の指揮権はありませんゆえ」
「そうだな。ならば、勝手にさせてもらおう。行くぞ!」
 その言葉と共に鳴神はその身を翻し、自らの騎体の眠る厩舎へと歩き出す。
「総員出撃! まずは北八楼を攻める部隊を、一気に叩き潰す!」
 大きな背中の向こう、ニキ達が彼等の部下に新たな指示を飛ばすのを聞きながら。

続劇

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