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24.奸臣甘言邪知奸佞 (かんしんかんげんじゃちかんねい)

 白木造りの部屋の中。
「戦は上手くいったようですね」
 穏やかに微笑むのは、無毛禿頭、身体の大部分を鋼に置き換えた人物だった。
「半分はな。貴様のおかげだ、売国奴」
 忌々しげに答えるのは、猪の牙を持つ将だ。ニキと同様、軍の徹底抗戦を訴えていた将の一人である。
「なら良かった。他に聞きたい事は?」
 猪牙の将のあからさまな嫌味を気にした様子もなく、そいつは穏やかな表情を崩さないまま。
「向こうの王子と機体を捕らえた」
「アレク王子とライラプスを? そうか、そういう展開になっているんですね……」
 そいつの知る歴史では、アレクはソフィアを庇って死ぬはずだったが……歴史を変えようとする者達の動きで、少しずつその流れは変わり始めているらしい。
 始まりの前に終わりを持ってきたと思ったが、それはまだまだ続いているという事なのだろう。
「シャトワール。お前は……やはり、自分の意思で協力しているのか?」
 そして、猪牙の将の脇にいる人物が、もう一人。
 所々に竜の鱗を備えた、紅髪の巨漢……鳴神である。
「はい。思う所がありまして……」
「……そうか。それが、貴公の意思か」
 尋問を受けたというシャトワールの身体に傷らしき物が一つも残っていない所で、違和感はあったのだ。
 尋問を受けるより早く、シャトワールはニキ達に情報を流したのだろう。そしてそれは間違いなく、身体を傷付けられる恐怖などではなく……何らかの判断によって、自発的にされたものだ。
 もっとも、その判断基準になったものが何か、鳴神にはどうしても理解出来ずにいたのだが。
「何か問題でも? 鏡家も元々は帝国に併合を申し出た王家だと聞きましたが……」
「……帝国が協力者を拒まんのは知っている。戦に負けた国に対する慈悲深さもな」
 協力者は拒まず、反逆者は許さず。
 暗に自身も売国奴と揶揄された事に、敗者なのだと反論を挟み、鳴神は小さく息を吐く。
「そして帝国流の礼の仕方は、協力者の要求を聞く事だ。……何か望みはあるか?」
「メディックの様子を見ておきたいんだ。出来れば、いつでも使えるように修理しておきたい」
 シャトワールが乗ってきたアームコートは、それなりの方法で保管されているとは聞いてはいたが、その現状は一度も目にさせてもらっていない。
 修理の部品は揃っているから、直せる時に直しておきたいのだ。
「なるほどな。壊すのは容易いが、必要な時に使えねば困る。……その程度なら良かろう?」
「……仕方ないな。今の神獣厩舎は許可のない兵は立ち入り禁止にしているが、監視付きでいいなら取り計らってやろう」
 猪牙の将も帝国軍人の誇りを持つ男。安い挑発とは言え帝国の流儀などとちらつかされれば、その言葉は守らざるを得ない。
「ありがとうございます」
 シャトワールは小さく頭を下げ……顔に浮かべるのは、いつもの穏やかな微笑みだ。
(……だ、そうだ。半蔵よ)
 そんな微笑みを眺めながら、鳴神は誰にも聞こえないほどの声で、ぽつりとそう呟いてみせる。


 アレクの休んでいた部屋に足を踏み入れたのは、狒々に似た顔を持つ男だった。
「ニキ殿……客人と姫の謁見の最中ですぞ。無礼でありましょう!」
 そんな奉の叱咤の声にも、ニキはその狒々に似た顔を歪ませてみせるだけ。
「謁見……? 逢い引きと言った方が正しいのではありませぬか?」
「無礼が過ぎるぞ!」
「殿下に甘言を吹き込む奸臣どもが何を言うか!」
 連なる叱咤に怒声で返すニキに、奉達は返す言葉を失ってしまう。
「私たちが……万里の奸臣って……?」
「ちょっと、それってどういう……!」
 万里に力を貸した覚えはあっても、甘言を吹き込んだ覚えなど……一度もないというのに。
 茫然としている一同をやり込めたと見たか、ニキは慇懃な様子で下卑た微笑みを浮かべ、恭しく頭を下げてみせる。
「殿下。この度は、我々に指揮権の委譲をして戴きたく、罷り越しました」
「どういう事ですか。ニキ将軍」
 指揮権の委譲とは、即ち万里の八達嶺の指揮官としての権限という事だろう。抗戦派の先鋒としては、確かにそれを手に入れれば……巨人との戦いをもっと積極的に行えるようになる。
「陛下からお預かりしたこの八達嶺を、敵国の将と通じて腑抜けた娘などに任せては置けぬと言ったのです」
 ニキの変わらぬ慇懃な言葉に、万里は言葉を返さない。
 そして万里が黙っている以上、周りの誰もがその言葉を代弁する事は出来ず……。
「ご同行願いましょうか」
「貴様ぁ……!」
「奉。控えなさい」
 万里にまでそう言われれば、ようやく動けた奉もそれ以上は踏み出せない。
「素直に従って戴き、感謝致しますぞ」
 今はアレクにまで手を出す気はないのだろう。キングアーツと戦うにせよ、別の交渉を持ちかけるにせよ、彼は彼の国に対して強力な交渉材料となる。
 少なくとも今、どうこうする必要はないはずだ。
「……後の者は追って沙汰する。そこの侍女も下がっておれ」
「じ、侍女……!?」
 部屋に入りかけた千茅をそのひと言で引き下がらせて、万里を連れたニキはアレクの部屋を後にするのだった。


続劇

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