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4.街歩姫晴多々買 (まちあるきはれのたたかい)

 琥珀色の霧のたゆたう空の下。
「ねえ。これ、万里に似合うんじゃない?」
 居住区に並ぶ露店で鮮やかな狩衣を広げてみせるのは、兎耳の少女だった。
「そうかな……?」
「ええ。可愛いと思うわよ。ねえ、珀亜ちゃん」
「う……うむ………」
 そんな周りの様子に、万里はどこか元気のない微笑みを浮かべてみせるだけ。
「だったらいいもん。万里が気に入らないんだったら、私これ着ていくから」
 これから彼女達が向かうのは、久方ぶりの外出任務。
 偵察と調査を兼ねたものであって、別段誰かに見せるというわけではないのだが……それでもお洒落したいというのは、少女達の年頃では仕方のない所だろう。
「それはそれでいいとして、帽子もいるんじゃないんですか?」
 彼女達の間では特に珍しくない動物の耳も、調査先での現地人との遭遇では怪しまれる原因になるという。故に、調査に向かう際はそういった動物の形質を受け継いだ部分は可能な限り隠すのが鉄則だと、千茅は新兵の教習の中で教えられていた。
「そうそう。耳と尻尾は隠さなきゃダメだしね。尻尾はこれで何とかなるから、万里の服を選んだら、後で帽子屋さんにも行くからね」
「じゃ、じゃあ………」
 万里も普段の疲れが出ているだけで、買い物そのものが嫌いなわけではないのだ。千茅や柚那の言葉に、少しずついつもの感覚が戻ってきたのだろう。
 そんな万里の様子が嬉しくて、昌も彼女達を追って歩き出す。
「…………万里」
 そんな少女達の元に姿を見せたのは、長身の黒い影。
「あ、奉……」
 呆れたように呟くのは、白い狐の耳を持つ青年だ。
「外に出て何をしてるのかと思えば……買い物か?」
 確かに調査任務では、動物の形質を隠すのは基本である。
 そのための衣装調達も、仕事と言えば仕事だが……。
「お前らも……」
 そして周りにいる彼女達は、むしろそれを諫める側のはず。それがどうして一緒になって買い物を全力で楽しんでいるのか。
 だが。
「買い物するんなら、俺も誘えっつの! ほら、荷物持つぞ荷物!」
「あら。話が分かるじゃない!」
 元気のない万里を励まそうという気持ちは、奉にももちろんあった。買い物に誘おうと思いもしたが、男と買い物に来ても気晴らしにはならないだろう。
 だが、そこに彼女達が加わっているなら言う事はない。奉は自分の出来る事をするまでだ。
「万里。じゃあトウカギさんの服も選ぼう!」
「いや待て! 俺は良いから、まずは万里の服をだな!」
「だって、その黒いのは微妙でしょ! ねえ、万里」
「そうじゃなくって、他の服だとラスが嫌がるから……!」
 もともと着ていた白い服を黒く改めたのも、それが原因なのだ。それをまた替えては、ようやく調子よく戦ってくれるようになった相棒の神獣が、また機嫌を悪くしてしまう。
「調査は戦闘じゃないんだからそのくらい平気だってば。ほら、みんな行くよー! クマノミドーさん!」
「すいません、トウカギさん!」
「ちょ……おま………! 分かった! 分かったから引っ張るな! 伸びる!」
 そんな奉の言葉など、誰一人として聞く気配はない。
 上官の指示に従って奉をずるずると引きずり始めた千茅の意外な力の強さに悲鳴じみた声を上げながら、奉もその流れの中に呑み込まれていく。

 喧噪に包まれた市場の中。
 防音の加工が施されたその天幕をくぐれば、そこにあるのは別種の喧噪。外の人の声とざわめきではない、燃え上がる火と打ち合わされる調理器具から生まれる賑やかさだ。
「いらっしゃい! あれ、万里様!」
 そんな天幕に現れた姿に、その店の小さな主は思わず顔を綻ばせた。
「こんにちわ、タロ」
 軍事都市であるこの街の、頂に位置する人物だ。
 しかし彼女は権力者特有の驕った様子もなく、店の主に穏やかに微笑んでみせるだけ。
「一応お忍びなんだ。ナイショでね」
「分かったよ。みんな可愛い格好して、買い物の帰り?」
 主のお付きなのだろう。彼女と一緒に現れた少女達は、それぞれいつもと違う装いだ。
 一応男達いたのだが、タロは彼らの普段の格好をよく覚えていなかった。
「ええ。今度、みんなで北八楼に行くから、その時の服を買いに来たのよ」
「いいなー。オイラも行ってみたいな、北八楼……。万里様……」
 料理の支度をしながらちらりと万里に視線を送ってみるが、そんな少年の懇願にも万里は苦笑いを浮かべるだけだ。
「さすがにまだ難しいかな。巨人との戦いがもう少し落ち着いたら、大丈夫になるかもしれないけど」
 北八楼はいまだ調査の最中で、足を踏み入れられるのは調査を命じられた一部の武人や偵察の兵だけである。
 民間人、それも戦闘能力のないタロ達が行けるようになるのは、恐らく北八楼への入植が始まってからになるだろう。
「そっか……。まあいいや。じゃ、良かったらこれ食べてよ! 試作品だから、感想を聞かせて欲しいんだ」
 そう言って彼女達の着いた卓に出したのは、大皿に盛られた丸い揚げ菓子である。
「まあ。何ですか?」
「半蔵から聞いた………その、ここからだいぶ離れた地方の料理だよ。名前はなんて言ったかな……」
 万里の前でキングアーツやそれに類する名前を口にするわけにはいかない事に気付き、慌てて誤魔化しはしたが……万里は特に気にする様子もない。
 半蔵もタロも、もちろんキングアーツの食事情に詳しいわけではない。だが、半蔵がシャトワールから聞いた話から彼の地のお菓子を再現しようとする試みは、タロとしても十分に挑み甲斐のある課題になっていた。
「へぇ……。美味しいわね」
 揚げ菓子とはいえ、それほど油っぽいわけではない。少々小ぶりだが、恐らくは食前の試食に使う事を計算されての大きさなのだろう。
「別のも作ってみたけど、こっちは話みたいにフワフワにならないんだよな……」
 次に出てきたのは、板状の焼き菓子だった。先日シャトワールにも試食してもらった、ワッフルである。
「煎餅?」
「そんな感じだよなー。もっと柔らかいって話なんだけど、山芋入れても思った感じにならないしなぁ……」
 厚みを付ければぼそぼそするし、薄くすれば煎餅になってしまう。程よい中間地点があるのかとも思って試したが、材料や厚みをどれだけ調整しても、その中間地点は見つけられずにいる。
「ねえ、奉」
 そんな煎餅をかじりながら、万里が僅かに視線を向けたのは、傍らの黒装束の青年だった。
 もちろん奉は、万里がその先に何を言いたいかなどとっくに分かっている。
「……どうだろうな。ロッセがうんって言わないからなぁ」
 北八楼の調査はむしろ行って来ると良いとまで言った彼だが、万里とシャトワールの面会はいまだ首を縦に振らなかった。
 彼としても、色々と思う所はあるのだろうが……。
「でも、手紙では穏やかな方のようだったし。ロッセの心配するような事はないと思うのだけど」
「それは俺も分かってるけど……」
 ロッセの気持ちは、分からないでもないのだ。
 だが、穏やかに微笑むシャトワールが、悪人だとも思えない。
「なら、お願い……」
(でも……何なんだろうな、このモヤモヤした感じ……)
 心配でないと言えば嘘になる。
 けれど、兄としての気持ちでも、男としての気持ちでもない思いの正体を……彼はまだ、自身でも理解出来ずにいる。

続劇

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