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15.変革する運命

 廊下を歩きながら着込んだ軍服の襟を整え、麾下の兵達に次々と指示を飛ばす。
 薬で、身体に残ったアルコールが分解されていく嫌な感覚はとうに過ぎた。それが治まれば、後に残るのは鋭さを取り戻した意思と、戦いの準備だけだ。
「……神揚側でも色々想定外の動きが出ているようだな」
 アーデルベルトは、早足の彼に並んで歩く青年をちらりと一瞥し……ごく普通の指示と同じ口調で、そんな言葉を呟いてみせる。
「そうだね。万里は大分悩んでるみたいだったけど……」
 だが、それはあの夢でも同じだった。
 奉や昌など、あの時よりも助けてくれる仲間は増えているはずだったが……いかな彼らとて、好戦的な神揚の将を相手にはどうにもならない所があったのだろう。
「来たものは仕方ない。幸い、戦いの場所は同じだ」
 ただ、敵の動きとこちらの侵攻速度から、会敵の場所はあの夢で見た場所と同じだと目されていた。
 メガリ・エクリシアと八達嶺の間には、他にいくつも戦場となり得る場所があるはずなのに……あえてそこを選んだという事は、けして偶然ではなく、何らかの意味を持っているのだろう。
「……セタ、ソフィア姫は任せる」
「ああ。ソフィア隊は……」
 実質的な所はともかく、階級的にはセタはソフィア隊の副長の立場にある。
 出撃出来ないソフィアの抑えに回るなら、指揮官と副官不在の隊は誰かに指揮を預ける必要があるのだが……。
「殿下に預けようと思う」
 さらりと口にしたのは、隊の実質的な指揮を取っているリフィリアやコトナ達ではなく、全く別の人物だった。
「そうだな。その方が皆もやりやすいだろう」
 セタは小さく頷くと、格納庫に入る前に脇の道へ。
 ハギア・ソピアーの組み立て作業が行われている工廠の方へと向かうのだろう。
 そんな彼の背中を確かめる事もなく、アーデルベルトは大股で格納庫へ。
「アーレス!」
 最初に目に付いたのは、隊の部下達に檄を飛ばしている先発部隊の少年だった。
「何だ」
 間に生まれるのは、一瞬の間。
 静かな瞳と、戦場を前にした瞳がぶつかり合い……。
「……頼むぞ」
 呟くアーデルベルトに、アーレスはニヤリと口角を歪めてみせる。
「……任せとけ。悪いようにはしねえよ」
 少年の答えに満足したのだろう。アーデルベルトは軽く頷き、そのまま自らの隊の元へと歩き出した。
 そんな青年将校の背中を見送りながら。
「俺の、だけどな」
 若き特務少尉に浮かぶ表情は……。


 通信機からの鬨の声に、ジリジリと身を震わせるのは……ソフィアである。
「ね、まだなの?」
 彼女がいるのは、黒金の騎士の操縦席だ。
 しかし、彼女の騎士は……いまだ装甲板の組み付けの真っ最中。無論、この状態で戦場に飛び込むなど出来るはずもない。
「まだだよ。もう少し待って」
 明らかに焦っているソフィアの声に、ククロは最後の決断を下せずにいる。
 アレクは勝算があると言っていたが、あの夢に対する不安は拭えないまま。
 それだけならば、すぐにハギア・ソピアーを組み立てて、ソフィアを出せば良いのだが……。
(本当にそれでいいのかな)
 そんな考えも、否定出来ずにいるのだ。
 ハギア・ソピアーのチェックは、出来るだけの事はした。少なくとも、整備不良による事故が起きる事はないだろう。
 しかし、真剣なアレクの思いを汲んで、最後までソフィアを出撃させない方が良いのではないかとも……思ってしまう。
「セタ……」
「……僕は姫様と共に在るだけさ」
 傍らにいたセタに小さく声を掛ければ、返ってきたのはそんな言葉。
「早くしないと、このまま出るからね!」
 装甲の取り付けられていないアームコートなど、もはやコートとも呼べないただの的だ。
「ああ、分かった。分かったから、それだけはやめて!」
 そんなモノを戦場に出しては、セタが守るどころの騒ぎですらない。
 スピーカーからの声に叫び返し、ククロは慌てて作業を再開させるのだった。


 メガリ・エクリシアを後にし、薄紫の荒野を進んでいくのは、巨大な鋼の兵達だ。
 その群れの中を少し遅れ気味に進んでいた赤銅色のアームコートが気付いたのは、細身の騎士が大盾を構えている姿だった。
「ジュリア。その盾は……?」
 赤銅色ではなくジュリアの機体に合わせた銀に塗られているが、盾そのものはコトナもよく見知ったものだ。
「ククロに言って、ガーディアンの予備の盾を出してもらったの」
 軽量級で弓を使うジュリアの機体にその大盾は似つかわしくはなかったし、実際使い勝手も良いとは思えない。けれど今回の戦では、それを知ってなお、大盾を持ち込む意味があったのだ。
 それは、予備の盾を持ち出されたコトナにもよく分かるもの。
「幸い、今日のアタシらはアレク隊だ。せいぜい、王子さんを守ってやんな」
 そんな彼女達の脇にやってきたのは、脚部だけが肥大化した紺色の異形機だった。こちらも何らかの追加装備なのか、機体を大型のマントで覆っている。
「ええ、そうするわ」
「そういえばエレ。昨日の酒は大丈夫なのか?」
 リフィリアはほとんど呑まなかったが、エレはヴァルキュリアと一緒に呑んでいたはずだ。朝食の時に見たヴァルキュリアの様子から、かなりの量を呑んでいたようだったが……。
「あの程度呑んだ内に入らねえよ。ヴァルとも色々話せたしな」
「色々?」
「何で戦いで、人を殺すのかだと」
「ヴァルが!?」
 どちらかといえば戦闘マシーンのような印象の彼女である。まさかその彼女が、戦いをどうすべきか悩んでいるなど……正直、意外な悩みすぎた。
「散々呑ませたら、最後には戦わなきゃ殺られるとか、なんか一人で納得してたけどな。後……王子さんの好きな奴の話とか」
 僅かに間を置き、続く言葉は……愉快そうな想いを一杯に湛えたものだ。
「……向こうの姫さん、ド本命だと」
「なら、絶対に成功させないとね」
 ジュリアの短い言葉に、エレも、コトナも小さく頷いてみせる。
「コトナさん。……転がしていい?」
「ええ。頼みます」
 コトナはジュリアの言葉に小さく手足を折りたたみ、機体をごろりと丸くする。それでもジュリア達と距離が離れないのは、文字通り、ジュリアがコトナの機体を転がしているからだ。
 事無き、コトナ機。
 他愛ない語呂合わせでしかないが、それでもそれにあやかって無事に生き残った兵は少なくない。
 無論コトナ自身も、それで兵の生還率が上がるなら、その縁起担ぎに不満などあるはずもなかった。
「この戦い、絶対に無事に終わらせよう」
 平衡を保たれた操縦席の中。
「……そうですね」
 コトナはそう呟き、そっと瞳を閉じてみせる。
 彼女の体力はけして多い方ではない。ならば転がされている間だけでも、それは温存しておくべき物なのだ。

続劇

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