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5.do you like…?

「殿下達は出発になられたのか」
「ええ。つい先程」
 格納庫の一角からは、ごっそりとアームコートが抜けている。アーデルベルトの見た夢ではスミルナに向かったのはアレクとソフィアの二人だけだったが、今回はソフィア隊が同行したらしい。
「商機だろう。付いていかなかったのか?」
「手土産は少し用意しましたけれど。……この体ではね」
 アーデルベルトの問いに、プレセアは穏やかに微笑んでみせる。本当は苦笑だったのかもしれないが、顔のほとんどを仮面で覆われていては、いかな付き合いの長い彼でもそれを察する事は難しい。
 そんなプレセアがいたのは、格納庫の隅に置かれた巨大な装置の前である。
「よし、準備完了!」
「……何だ? この機械は」
 やはり留守番だったらしい。装置の反対側から戻ってきたククロは、アーデルベルトの問いに、取り付けられた鉄製のタンクを自慢げに叩いてみせた。
「空気をこのタンクに詰め込む装置だよ。王都からプレセアに取り寄せてもらったんだ」
 アーデルベルトでもひと抱えはあるタンクである。そんな物にここまで大掛かりな装置を使って、わざわざ空気などどうして詰め込むのか。
 アーデルベルトの沈黙を察したのだろう。ククロは楽しそうに微笑んで……。
「これをアームコートに積んでおけば、滅びの原野でも息が出来るだろ。……ポチッとな」
 楽しそうにスイッチを押せば、機械は鈍い音を立ててその動作を開始する。
「……なるほど。生存可能時間が延びるという事か」
 滅びの原野の毒の空気は、キングアーツ人の義体化された肺でも浄化しきれないという。
 浄化装置の小型化は遅々として進まず、最小サイズの物でもアームコートの胴の大半を占めると聞いていたが……まさかそういう逃げ道があるとは思わなかった。
 やがて作業が終わったのか、甲高いベルの音が一つして巨大な装置は自らの仕事を終える。
「シャトワールみたいな事故も防げるしね。で、このホースの先端を口にくわえて……」
 ククロはそう言いながらボンベの端にホースを手早く取り付け、根元のバルブを軽くひねってみせた。
 その瞬間。
 ホースの先端からはものすごい勢いで空気が吹き出し、その反動で鉄製のボンベは辺りをごろごろと転がり、暴れ回る。
「……滅びの原野で死ぬ前に、別の原因で死にそうだな」
 狭い操縦席の中で同じ事が起これば、それこそ無事では済まないだろう。ついでに言えば、あの勢いで肺に空気を流し込まれれば恐らくは肺が保たないはずだ。
「あれぇ……? ほんのちょっとひねっただけなのになぁ……。持続時間も短いし、失敗かな」
 ようやく踊りの勢いを弱め始めたボンベを眺めながら、ククロは首をひねっている。どうやら考え方までは良かったが、その先の問題は山積みらしい。
「まだ空気を詰める機械も試作品ですもの。加減が難しいようですわね」
 装置自体もイクス商会のツテで、試作された物を借りてきただけだ。動作には色々と問題があるのだろう。
「そうだねぇ。とりあえずスレイプニルの救助装置と、ポリアノンの追加装備を付ける方が先かなぁ……」
 だが、そんなククロの呟きを否定する者がいた。
「いや、先にそれを進めてもらおうか」
 ようやく動きを止めたボンベを片手でひょいと抱え上げた、ヴァルキュリアである。
「すぐに完成させて、ラーズグリズとライラプスに付けろ」
 彼女の言葉の意味することは、その場にいた誰もが理解出来ていた。
 今日が『出会いの日』だと仮定するなら、アレクの命は既にカウントダウンが始まっている事になる。二人の戦いが起きてしまう『別れの日』までに仕掛けを組み込むというのは……。
「もし拒むなら…………」
 ボンベの取っ手を握りしめ、鋼鉄のそれをぐ、と構えて振り上げる。意思の籠もらない、ことさら平坦な口調は、だからこそ焦りや決意のような物を滲ませるものだ。
 けれど、ヴァルキュリアにとっては恫喝に等しきその言葉を……。
「別にいいけど」
 ククロは、あっさりと受け入れた。
「そうか。なら私にも考えが……って、いいのか?」
「俺だって別にアレクに死んで欲しいわけじゃないし。戦争もあんまりぐちゃぐちゃになると、こういう研究する暇もなくなっちゃうしねー」
 訝しむようなヴァルキュリアの問いにも、ククロは平然としたものである。
「アームコートを修理するのが好きなんじゃないのか? お前」
「そりゃ好きだけどさ。壊れないならそれに越したことはないしなぁ。修理や調整なら作業用アームコートだって楽しいし」
「……アームコートなら何でも良いのか」
「そうだけど?」
 修理、改良、補修に戦闘。ククロとしては、単にアームコートの見せる様々な場面に立ち会える現場に来ているだけでしかない。
 もし戦いが終わり、アームコートの立つ戦場がなくなれば、彼は次の新たな場所へと移るだけのことだ。
「でも、ヴァルキュリアも殿下のこと、気にしてましたのね」
「……生き残る方法を考えているだけだ」
 呟く彼女の脳裏に浮かぶのは、一人の少年の姿である。
 けれどその理由も分からないまま、彼女は思いついただけの言葉を放つ。
「なるほどな」
 だがそれは、アーデルベルト達の目的からも外れてはいなかった。むしろ一助となるそれを、ことさらどうこう言うつもりもない。
「さて。そろそろ俺達の知ってるシナリオ通りなら、アレク王子達は向こうの姫様達に会えている頃だが……」
 こちらからは、あの記憶を持つ者達が供となった。
 神揚にも同じ夢を見た者がいるとするなら……。
 果たして、彼らはどう動くのか。


 好き勝手に伸びた緑の下草を掻き分けながら進むのは、銀髪の少女。
「もぅ……。そろそろ機嫌直してよ、リフィリア」
「……別に怒ってなどいない。自らのうかつさを悔いているだけだ」
 既にリフィリアも他のメンバーと同じく、防湿コートを羽織っている。着替える時間まではなかったから、ディアンドルの上にコートを羽織っただけの姿ではあるが……それでも、一人だけあの格好でウロウロするよりははるかにマシだった。
「よく似合っていたよ」
「……悪目立ちなどしてどうするのです」
 セタのフォローもこの場合はむしろ逆効果。
「そうだ……ここは戦場なんだ……」
 そう。ここは戦場。調査と休養という名目ではあるが、実際に原住民との遭遇もありえる。
 夢の中にも出てこなかった彼らがもし好戦的であったなら、的になるのは一人だけ目立つ格好をしたリフィリアだろう。
「そうだ。マニュアルにも書いてあったじゃないか……」
「……マニュアル?」
 やはりぶつぶつと呟いているリフィリアに、ジュリアは首を傾げるが……。
「……スミルナの調査マニュアルだ。読まなかったのか? ジュリア」
 先頭で道を作っていたアレクにちらりと視線を向けられて、思わず姿勢を正してみせる。
「よ、読みました! もし原住民と出会った時は、いきなり逃げない、自らの所属を明かさない、それと……」
 一応は目を通したのだ。調査の際にはアームコートを降りる事や、あまり大規模な隊で侵入しない事なども、そのマニュアルの規定によるものだったはず。
「戦闘行為は慎む、ね」
 そんなジュリアの最後に出てこなかった注意事項を付け加え、ソフィアは先頭の兄王子に視線を向ける。
「ここって、人はいるの? 兄様」
「今のところは目撃報告はないが、まだ見つかっていないだけという可能性もあるからな」
 エクリシアのスミルナも相当な広さがあるし、アーデルベルトまでの調査でも確認出来たのはごく一部でしかない。未調査部分に何があるかは、いまだ予想の域を出ないのだ。
「セタ、周囲に変わったものは?」
 先頭で蔦や枝を払うアレクは、進み方も払う仕草も手慣れたもの。もちろん選ぶ道のりにも、一切の迷いなどないようだった。
 まるで、どこに行くべきかを知っているかのように。
「今のところ……」
 そんな兄王子の問いに、セタはそう答えかけて……。
「……声が」
 そのひと言に、道を開いていたアレクも、後続の少女達も動きを止める。
「………みんな、注意するように」
「了解」
 リフィリアも呟き、腕を軽く握りしめた。
 それと同時に腕の中に仕込まれた刃が音もなく展開し……次の動作で、一瞬で元へと戻る。
「……戦闘行為は慎んでね。リファ」
「分かっています」
 あくまでも自衛の手段だ。
 やがて森の彼方から、微かな声がいくつも聞こえ……。
(夢の中より……多い……?)
 現れたのは、リフィリア達が夢の中で見た狐耳の姫君だけではない。
 こちらと同じく、彼女の護衛らしき数名の人影であった。


続劇

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