それから、幾ばくかの日々が過ぎた。
薄紫の世界を進むのは、黒金の騎士。
それが足を踏み入れたのは……滅びの原野にありながら、命の緑を育む世界の入口だ。
「結局、会う約束……一回すっぽかしちゃった」
軍部の長と都市機能の長を兼任するメガリ・エクリシアの司令官業務の多忙さは、ソフィアの想像をはるかに超えるものだった。環の助けを受けながらその一つ一つに追い立てられているうちに、肝心の約束をソフィアはすっかり忘れていたのである。
約束の日は一定の規則性を持つようにしていたから、一度抜けてもその次の予定日を予測することはさして難しくないはずだが……。
「万里たち、怒ってるかな……それとも、心配してくれてるかな……」
実のところ、友達との待ち合わせを忘れた経験が、ソフィアにはない。
王族というくくりを外した友達が万里と沙灯以外にいなかった事もある。
そもそも王族の姫として過ごしていた頃は、護衛や学友を連れての外出はスケジュールの中で厳しく管理されていたし、軍に入ってからは、同僚はいつも同じ宿舎の中にいた。非番の同僚や整備の兵達と遊びに行った事はあるが、それは概ね約束なしでの場の勢いのようなものだったし、珍しく約束をした場合は相手の側が気を使ってソフィアを迎えに来るのが常だった。
エクリシアに来て、万里達が友達になってくれてからは、アレクが約束の日を忘れずにいてくれた。
「……そっか。ここに一人で来るの、初めてなんだ」
展開させた背部装甲の間から立ちあがり、ソフィアは小さくそう呟いてみせる。
いつもなら、約束の日にこの場所を訪れるのは、ソフィアとアレクの二人でだった。
しかし今日、清浄の地にいるのはソフィア一人。
既にソフィアはメガリ・エクリシアの正式な司令官である。本来であれば、かつてのアレクを守るソフィアのように、十分な護衛を付けるべきではあったが……渋る環を今日一度だけはと説き伏せて、ソフィアは一人でこのスミルナを訪れていた。
「兄様……」
アレクの最期を、彼が愛した少女に伝えるために。
それは、彼女一人ですべき事だと……。誰を連れる事もなく、戦いの日々の中、穏やかな時を過ごしたあの顔ぶれだけで行うものだと、そう思ったのだ。
「………ううん。泣いちゃダメだよ、ソフィア。あたしはもう、メガリ・エクリシアの司令官なんだから……」
浮かぶ涙を鋼の腕でぬぐい去り。ソフィアは緑の大地に鋼の一歩を踏み出した。
「まずは……謝るのよね」
聞いた話を、思い出す。
こんな時は、まず約束を忘れていた事を素直に謝るのが肝心なのだという。
その初めての経験が、こんな事が原因になるとは……さすがのソフィアも想像もしなかったけれど。
第4回 後編
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