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−Prologue−
 「あ、今日って何日だっけ?」  森の中を歩きながらそんな事を言ったのは、一人の若い女性。森を渡る風にゆら ゆらとなびく銀色の髪を少し邪魔そうに押さえながら、困ったように首を傾げる。  「…だぞ」  隣を歩いていた男が、風格と重みのある声で短く答えた。傍らの若い女性とは幾 らか歳が離れているようだが、親子というにはどうにも歳が近過ぎるように見え る。  「そっか。それじゃ、そろそろあの子達にも連絡取らなきゃいけないわね」  その言葉を聞いて、女性は弾んだ声を上げた。  「そうだな。仕事が済んだらすぐにしておこう…」  二人は盗賊団征伐の依頼を受け、その砦に向かっている途中なのだ。盗賊団の人 数は数十人というが、余程の事がない限り夕方には決着を着ける事が出来るだろ う。  「あの子達も随分と大きくなってるんでしょうね……。楽しみだわ…」  若いと思われた女性の表情が一瞬、傍らの男のような落ち着いた…そして艶のあ る表情へと変わる。  一人の女としての表情ではなく、母親としての表情へと。  「ね、あなた」  穏やかに笑い、女性は男の腕へとしがみ付く。  そう。二人は、夫婦であった。



和風
-Nagomi Kaze-
(その1)



 「で、今年はスタックとかぁ……」
 安酒場の立て付けの悪い椅子に腰掛けたまま、ユイカは小さくそう呟いた。
 「悪かったな。ただの人数合わせでよ」
 それに応じ、ユイカの正面に座っている大柄な青年…彼がスタックなのだろう…
が不満そうな声を上げる。座っていても、ユイカがスタックと視線を合わせるには
随分と顔を上に向けなければならない。
 「ユイカ。スタック様も忙しい所をユイカの為に来てくださってるんだから。そ
んなに言うんじゃないの」
 ユイカの隣に座っていた、ユイカそっくりの少女がユイカにそう言ってたしなめ
る。彼女はユイカの相棒にして分身の娘…朱鳥。
 ぶらぶらと旅を続けていたユイカと朱鳥の所にこの青年が現われたのは、昨日の
事だった。ユイカの幼なじみである彼は、彼の家に届けられたユイカの両親からの
手紙を、彼女の所に運んで来たのである。
 「毎年恒例とは言え、突拍子もない事ばっかりやるわよねぇ……。エミィも」
 ユイカは苦笑しつつ、届けられた手紙を再び開く。
 『可愛いユイカへ。今年もいつもの時間と場所に集まりましょう。貴女の事だか
ら、もう向かってるとは思うけれど。今年はスタック君と一緒に頑張って頂戴。そ
れじゃあ、大きくなった貴女を楽しみにしてるわね。エミィより』
 簡潔…というか、極めて曖昧な事だけしか書かれていない。ユイカや朱鳥、そし
て毎年付き合わされているスタックにはこれでも十分だったが、この文章を見ただ
けの人には何が何だか分からないであろう。
 「ま、そういうワケだ。去年は敵だったが、今年はよろしくな、ユイカ」
 スタックはそう言って椅子から立ち上がり、ユイカの方へと右手を差し伸べる。
利き手である右手を出しているのだ。ユイカを信頼して…の事なのだろう。
 「しょうがないわね……」
 その手を握り返そうとする。と、スタックの手がひょいとユイカの手を躱し、ユ
イカの頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫でた。
 「お前こそ俺の足引っ張るんじゃないぞ」
 からかうような笑みを浮かべ、スタックはさらにユイカの頭を乱暴にかき回す。
 「もう、このバカぁっ!」
 その手をさらに乱暴に払い除け、ユイカは狭い酒場で大きな声を上げた。


 「いたぞ……。例のガキだ」
 村にほど近い森の中で、男は小さな声を上げた。
 遠眼鏡の中に映っているのは、銀髪の二人の娘と…
 「けどよ…男連れだ。護衛でも雇いやがったか…ちきしょうめ!」
 バカでっかい剣を背負った巨漢の男が一人。もう一人いた男が遠眼鏡をひった
くってその光景を見るなり悪態をつく。
 「ガキの方はどっちがどっちだか分かんねえな。ま、どっも捕まえちまえば問題
ねえが……な…っと」
 再び遠眼鏡を奪い返す男。遠眼鏡は旅の行商人を襲った時の戦利品だ。近隣の盗
賊団の中でも自分の所…それも、一つだけしかないという、とんでもない貴重品な
のである。
 「さて。お頭に報告しにいくか……。行くぞっ」


 「やれやれ……。変な時間に暗くなっちまったな…」
 真っ暗になった森の中で呟くのはスタック。拾ってきた枯れ枝を焚き火の中に放
り込みながら、準備していた干し肉をちりちりと焙っている。
 「う〜ん…。もしかしなくても、あたしのせいだよねぇ…」
 ユイカは少し元気のなさそうな声でそう言い、小さな頭を膝の上に組んでいた腕
の上に乗っけた。既に焼いた干し肉は食べてしまったから、特にやる事もない。
 「私達も反対しなかったんだし、ユイカのせいって言うばかりでもないでしょ?」
 次の街への近道をしようと言い出したのはユイカだった。この提案にスタックも
乗り、朱鳥も特に異論を挟まなかったのだが……どこをどう間違えたのか、森の中
で野宿という結果になっている。
 「ま、ンなこたどうでもいいや。やる事がないんなら、ガキはさっさと寝な」
 ようやく焼き上がった二枚目の干し肉をかじりつつ、スタックはユイカにそう言
い放つ。
 「ガキって……スタックと六つしか違わないじゃ…」
 反論しようとして、ユイカはそれをやめた。明日からは森を突っ切って一気に目
的の街まで行く事になるだろうから、普段の倍は歩かなければならないだろう。
 反論する時間があるなら、ゆっくり眠って体力を回復させた方がいい。
 「何でもない。おやすみ」
 ユイカは大人しく自分のマントに包まると、少し不機嫌そうにそう返した。


 「スタック様。毎年毎年、変な事に付き合わせて申し訳ありません…」
 焚き火を囲みながら、朱鳥はそう言ってスタックに頭を下げた。
 ユイカの家族は全員が旅を続けている。これから向かうのは、年に一度のその家
族の集まりなのだ。いくら幼なじみとは言え、スタックの関わる由縁はあまりな
い。
 「エミィさんのああいう所は昔っからだしな。今更どうこうする事じゃねえだ
ろ」
 自らの身長に及ばんとする巨大なロングソードを手入れしながら、スタックは答
える。普段は剣の柄に巻き付けてある小さなアミュレットも外し、首に掛けてい
た。
 「それに、俺にも色々と目的が……」
 いつの頃からだろうか。誰の思い付きかその集まりで、子供同士のチーム戦が行
なわれるようになったのは。
 子供同士の実力の成長を見るのが目的…とも言われているが、単に騒動好きのユ
イカの母親が面白がってやっているのだとスタックは思っていた。
 「ま、どっちにせよお前が謝る事じゃねえよ」
 少し離れた所で眠っているユイカをちらりと見やり、スタックは目の前の少女に
声を掛ける。
 「朱鳥、お前もさっさと寝な。明日は早いぜ」
 「スタック様はお休みには?」
 その問い掛けに、スタックは小さく苦笑を浮かべた。
 「女の子に不寝番なんてさせられるかよ。俺の事はいいからお前も早く寝な」


 「やれやれ……。さすがに三日貫徹ってのは辛いモンがあるな…」
 宿への道を歩きながら、スタックは苦笑を浮かべる。だが、その台詞の割に疲れ
たような様子は見られない。
 目的の『街』に辿り着いたのは、三日後の朝だった。最初の予定では今日の夕方
になっていたはずだから、森を通った事が結果的には近道になっていたと言えるだ
ろう。
 「もう。そんなバカな事するくらいなら、あたしや朱鳥に言えば良かったのに」
 ユイカは不機嫌そうに呟く。遅れを取り戻そうと連日森の中を全力疾走していた
ようなものだから、さすがに足が痛い。
 だが、今は連日不寝番で眠っていないスタックの方が気に掛かっていた。ユイカ
も二日目からは「交替するから起こしてね」と釘を差していたのだが、スタックは
彼女や朱鳥を起こそうともしないのだ。
 「そういうわけで、今日は俺、一日寝るから。勝負は明日の昼からだから、今日
は一日空いてるんだろ?」
 毎年お世話になっている宿の扉に手を掛けつつ、ユイカはそう答える。
 「ええ。ゆっくり寝るといいわ……きゃあっ!」
 と、扉を開けた瞬間、背後からスタックがのしかかってきた。彼の体重を支え切
れず、ユイカは少し埃臭い部屋の中へとスタックもろとも押し倒されてしまう。
 (こ、こんな所でな、何をっ……!)
 スタックの太い腕がユイカを抱き竦め、スタックの息がユイカの耳元へと掛か
る。ユイカは一瞬、躯を固くするが…。
 「朱鳥……」
 怒りすらこもった声で、ユイカは小さな声を洩らした。
 「このバカ叩き起こすの、手伝ってくれる?」
 宿に着いた事で緊張の糸が切れたのだろうか。
 スタックは小さな寝息を立てて、眠り込んでいた。


 「連中……俺達の事、気付いてやがるのか?」
 森の中で、男が呟く。
 毎晩の見張りは巨漢が常に立ち、他の人間に交替する気配を全く見せなかったの
だ。ガキが見張りに立った時点で速攻で奇襲を掛け、一気にカタを着けようと思っ
ていたのだが。
 「とうとう宿に入っちまうしよ…くそっ」
 街に入られると、こちらからは手出し出来なくなってしまう。遠眼鏡を覗き込ん
だまま悪態を吐いていると、子分の一人が森の向こうからやってきた。
 「アニキ。ガキの方は失敗したそうですぜ。でかい方は最後まで様子見で、結局
手を出してねえそうですが」
 「ガキまで…だと?」
 確か、ガキの方は10歳かそこそこだったはずだ。10人以上の手慣れた盗賊が
10歳のガキ一人相手に勝てないとは……。
 「どうやら、逆に奇襲をかけられたそうで…」
 奇襲を掛けようと様子見をしていた所を一気に攻め落とされたらしい。乱戦とな
れば少ないほうが有利…という事なのだろう。ガキにしては、あまりにも手慣れて
いる。
 「あの小娘に手ェ出さなかったのは、正解だったかもな…。よし、お前は残った
連中を掻き集めてこい。こうなったら、明日にでも一気にカタを着けてやる。復讐
戦だぞ!」
 「へいっ!」
続劇
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