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19.最後の一撃

 輝度を最大まで落としたディスプレイに表示されるのは、絶望的な状況だった。
「カイルさん! 外部装甲、三次まで耐久限界!」
 警告音も、操縦席内を照らす警告灯もない。無駄な電力だとカットしてしまったそれがない今の状況は、危険の度合いが体感できないぶん、余計にカイルの気持ちを焦らせる。
「ちっ……もうちょっとだけ保ってくれよ……!」
 既に外部スピーカーも機能しない。
 視界の隅にあった耐久限界が、ジョージの示した三次を越えて、全て赤く染まりきる。


 龍達は巨竜のパワーに圧倒され、主軸となっていた古代兵は竜の牙の餌食となった。
「おや。優勢だったのも、ここまでですか」
 その光景を他人事のように呟くのは、十五センチの栗色の髪の娘だ。
 周囲に倒れるのは、ルード、人間、そして……人ならぬ存在。ルードの刃に灯っていた黒い光はかき消され、深紅の炎は吹き散らされて、既にこの場には存在してもいない。
「さて……と」
 面白くもなさそうに呟いて、赤い甲冑のルードの胸元に突き立てられるのは、彼女の主武装たる槍である。
「さっきから派手な技をたくさん使ってたみたいですから、あまり期待できそうにはありませんが……」
 表面の機構が展開しているのは、ここから魔晶石化を行う証。
「コウっ!」
 女王の握る拳に、力が込められて。
「女王」
 そこに掛けられたのは、背後からの声だった。
「フィーヱ……」
「あ、お疲れ様です。失敗ですか?」
 彼女に付き従っていた兵隊達の姿がない。
「こちらの予想以上に手勢が残っていてな」
「再起動用のコードは教えてあげたでしょう。兵隊達なら最悪、魔晶石でも動くはずですけど……」
「生き残りに試してみたが、物理的に壊されてしまってはどうにもならんよ」
 フィーヱの短い回答に、女王はため息を一つ。
「だから主力をまとめて動かしたくなかったんですよねー。……まあいいです」
 その呟きと共に、放たれたのは……。


 竜の牙に噛みつかれた古代兵の上げる軋みは、外にいるグリフォン達にさえ聞こえるほどのものだった。
「カイル! ジョージ!」
 既に外部スピーカーへの電力供給も途絶えているのだろう。モモの呼びかけに、中の者達が答える様子はない。
 やがて、機体の耐久力が限界を超えたのだろう。べぎ、という鈍い音と共に、胸部の装甲鈑がゆがみ、はじけ飛ぶ。
 吹きすさぶ風の中。
 失われたコクピットハッチ……そこから身を乗り出すのは、細身の男。
「よう、デカブツ!」
 その手に握られているのは、ボウガンに似た小さな何か。
 それはグリフォン……いや、アシュヴィンが『月の大樹』で働いていた頃、店主代理が護身用だと見せてくれた古代の武器を、さらに無骨で頑丈にしたような形をしていた。
 竜と人の距離は、限りなく零。
 レガシィたるその武器が火を噴き。
 魔晶石製の弾体が打ち貫くのは、赫い攻撃色に染まった竜の瞳。
「グリフォン!」
 響き渡る咆哮と、竜の顎門から解放されることで起きた自由落下の中。
 カイルの叫びを、グリフォンは確かに聞いた。
「応!」
 黒龍の口から放たれる雷光が十メートルの古代兵をしたたかに打ち据えれば、鋼鉄の瞳に灯るのは新たな輝きだ。
「ジョージ! やっちまえ!」
 着地と同時、大地を踏みしめるのは蘇った両の脚。
 回す腰と、上体部。
 コンパクトに引き絞る腕と、正面を見据えた頭。
 全身をひと繋がりの動きとし、そこから一気に叩き込む。
 残された最小限のエネルギーで最大限の破壊力を叩き出す、最適解。
 それは、ジャバウォックと呼ばれた戦士の。
 そして、彼女をこのスピラ・カナンに再び送り出した師の戦い方と同じ技。
「はああああああああああああああああああああああああああああっ!」
 それを導くのは、力一杯のジョージの咆哮だ。


 狭い空間に響き渡るのは、吹きすさぶ風の音と、ごうごうと言う水の流れの音だった。
 もしこの場にドワーフの娘が居合わせたなら、地下水脈の流れに似ていると評したことだろう。
 無論、竜の体内に地下水脈が流れているわけがない。
 流れているのは、巨竜の血液だ。
「ダイチさん。この辺りです」
 強い風を受け、ヒューゴは声を張り上げる。
 空気を取り込み、全身に新鮮な酸素を行き渡らせるための交換機となる器官。
 肺である。
 到達までに時間が掛かってしまったが、ここを破壊すれば、竜の体内でより大きなダメージを与えることが出来る。
「分かった! ヒューゴ、ちょっと離れてて!」
 そう言って構えるのは、愛用の槍。
 意識をその穂先に集中させれば、強い力が集まってくるのが分かる。
「行くぞおおおおおおおっ!」
 力の制御は、必要ない。
 とにかく自身の全力で。後ろに下がったヒューゴに当たらなければ、それでいい。
 叫びと共に槍の穂先を紫電が包み、鋭い刃と化していく。
 留まる力が臨界を越え。
「でええええええええええええええええええいっ!」


 背後から放たれたのは、抜き打ちの黒い光だった。
 声を掛けることも、事前の動作すらもほとんどない。
「ああ、ここで裏切るんですね」
 ハートの女王がその一撃を避けられたのは、遙かな時の間に紡いできた戦闘経験の成せる技か、それとも彼女の裏切りも織り込み済みだったからか。
「事前に予測があったようで、何よりだよ。……というわけで、悪いな」
 本気の一撃が避けられた事の驚きを隠しながら。
 フィーヱがビークに仕込むのは新たな魔晶石だ。
「今だ! ディス!」
 叫びながらも、自身の解放は行わない。
 彼女の解放技は抜き打ちで放たれる物。放たないことこそが、相手への最大の牽制となるからだ。
「分かっておるわ!」
 微笑み、立ち上がるディスの周囲に浮かぶのは、無数の光の刃。新たな命を得て再起動した今なら、多少の無茶でも命の炎が燃え尽きることはない。
「あたしも混ぜろよ!」
 そして立ち上がるのは、もう一人。
「コウ……平気なのか?」
「当然! ……咆えろッ!」
 提げた片手剣型のビーク……かつてアリスを追っていた者が使っていた剣が噛み砕くのは、力の籠もった結晶だ。
 解放と同時に全身を覆うのは、今までと同じ深紅の炎。
「姉さん……こうすれば、いいんだろ……?」
 ディスの本気。
 アリスの戦い方。
 そして、自ら師と仰いだ今は亡き同胞の教え。
 その全てを自らの内に取り込み、導き出した答えを以て意識を集中させれば……深紅の炎は、より強く研ぎ澄まされた青い炎へと変わる。
「おや。本気出してきましたねぇ」
 無数の刃と青い炎が、笑顔の女王へ猛然と牙を剥く。


 竜の咆哮さえかき消す轟音と、浮き上がる百五十メートルの巨体。
 それと同時、竜の内側から貫き通されたのは、紫電の雷光。


 断末魔の絶叫が、広いガディアの森に、響き渡る。


続劇

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