-Back-

18.もう一人の守護者

 襲ったのは、今までとは桁の違う震撃だ。
「だぁあぁぁぁぁぁっ!?」
 上下左右を一瞬でひっくり返されたような感覚の中、ダイチは揺れる頭のままゆっくりと立ち上がる。
「な、何が起こったんだ……?」
 見れば、目の前のヒューゴも上下逆になっていた。
「外から何か強力な一撃が叩き付けられたようですね……」
 白衣の裾を払いながら立ち上がるヒューゴも、さすがに上下感覚を狂わされたのだろう。軽く頭を叩いたり、眼鏡の位置を調整したりと、自分の無事を一つずつ確かめている。
「モモか? それとも他に誰かいるのか?」
 モモは確か、巨大龍に変身する力を持っていたはず。その力を以て、外から泰山竜と戦っているのか。
「モモさんでは無いと思いますが……見当もつきませんね」
 龍の本性を現したモモも、十メートル強の大きさだったはず。いかに力ある龍族とはいえ、十倍以上の体格差のある相手を吹き飛ばしたりは出来ないだろう。
 魔法師団の総攻撃が始まったにしては第二波の攻撃が来ないし、このガディアで彼女以上のパワーを持つ存在も思い浮かばない。
「ルービィとアギの兄ちゃんは大丈夫かな」
「大丈夫だと思うしかありませんね」
 二人の居た場所はガレキなどのない場所だったから良かったものの、ガレキの多く転がる場所であれば、それらからも身を守る必要がある。こればかりは、運を天に任せるしかない。
「だな。みんなも頑張ってるんだから急ごうぜ!」
 目的の場所はおそらくもう少し。
 ダイチの言葉に、ヒューゴも短く頷き、歩調を速めるのだった。


 周囲を覆うのは、水の網。
 そこに力なくぶら下がるのは、中心部を正確に打ち抜かれた黒仮面のルード達。いや、正確にはルードを模して作られた、感情を持たぬ十五センチの何か、である。
「…………さすが、というべきか」
 水の網に捉えられたのは、フィーヱを除く黒仮面達全て。そしてその大半が、ターニャの射撃の餌食となっていた。
「やれば出来るじゃない」
「動いてない的だったらまあ、こんなもんね」
 空になった速射用の弾倉を外しながら、ターニャはいつもの笑みを浮かべてみせる。
「……無茶苦茶だな、おまえら」
 マハエが落としたのは、自身を狙ってきた二体だけ。さすがに止まった目標を外すことはなかったが、ターニャの技量はこの場にいる者達の中でも桁が外れていた。
「期待してたくせに」
 水の網を解除すれば、動きを止めた黒仮面達がその場にボトボトと落ちていく。
 文字通りの一網打尽である。
「さて。フィーヱには事情を話してもらい……」
「いないよ?」
 ナナトの言うとおり。既に指揮官であった黒衣のルードは、その場から姿を消していた。
「一人漏らしがあったんだけど、そいつもいないわね」
「追う?」
「……いや、いいだろ。フィーヱと手勢一人で何とか出来るとも思えん。他を警戒した方がいい」
 もともとこの手の判断に長けた彼女のことだ。この状況でなお逆転の策があるなら既に行っているだろうし、もし機会をうかがっているにしても、十五センチの彼女が本気で潜んでいるなら人間からは対処のしようが無い。
「だったら、今のうちに前線の矢の補給をしておきましょう。早く積み替えて!」
 余計な闖入者が入ってしまったが、もともとここに集まっていた者達の目的はそれである。大型馬車に積んだ矢弾を指すミスティに答えたのは、戦い終えた一同ではない。
「補給は俺たちが行こう。血止めだけしてもらえれば、大丈夫だ」
 先ほどジョージに回収してもらった冒険者達の中で、比較的怪我の軽い者達が手を上げてみせる。


 天地がひっくり返った数秒は、ルービィにとって数時間にも匹敵するものであった。
「うぅ……びっくりしたぁ……」
 とっさに構えた大盾の向こうには、竜に呑み込まれた多くのガレキが山になっている。自らに大盾を与えてくれた両親に感謝しておいて、ルービィはゆっくりと立ち上がる。
「熊は……どっかいっちゃったのか。よかったぁ」
 ガレキに呑み込まれたか、この騒動で単純に戦意を喪失したか。いずれにしても、時間の限られた今は喜びこそすれ困ることなど何もない。
「大丈夫か」
 そんなルービィに掛けられたのは、異形からの声だ。
「あ。アギのお兄ちゃん! 竜は?」
「倒した」
 語る言葉は短いが、鎧と刃にこびりついた赤い液体が、その事態の凄惨さを無言で語りかけてくる。
「そっかー! じゃ、あたし達もダイチ達を追いかけよう!」
 だが、そんな事など気にすることもなく、ルービィはダイチ達の向かった方向に元気よく歩き出すのだった。


 先ほどまでのぬこたまよりも重く、戦うことを熟知した拳は、その一撃一撃がぬこたまの光線にも匹敵する。さらにジョージの意思に完璧に制御され、暴走することもないそれは、龍達との連携も完璧であった。
 続けざまの鋼の連撃に、百五十メートルの巨体がぐらりと揺れる。
「ジョージ! トドメを!」
 牽制の雷光を放ち、叫ぶグリフォンに、鋼の巨人は硬く拳を握り締め。
「はいっ!」
 それきり、最後の一撃が放たれることはない。
「どしたん。息切れかいな」
「まさか……ジョージ!」
 両目の位置に灯るメインカメラの輝きが消えたそれに嫌な予感がしつつも、モモは一応問うてみる。
「え、あ…………えっと、その」
 まだ生き残っているらしき外部スピーカーから聞こえるのは、言いにくそうなジョージの声。
「パワー切れ、みたいです」
「な………」
「ここでか」
 ジョージがパワーを使いすぎたのか、カイルのエネルギー配分が拙かったのか。いずれにしても、嫌な予感というものはえてして当たるものだ。
「グリフォン! 電撃をこっちに撃ってくれ! それで再起動掛ける!」
「分かっ………があっ!」
 カイルの声に従い、雷光を放とうとしたグリフォンに襲いかかるのは、百五十メートルの巨体の一撃。巨大な瞳を赫い攻撃色に染めた巨竜の動きは、こちらが想像した以上に素早いものだ。
「ちっ。ならばワシが時間を稼ぐ! その間……くっ!」
 吹き飛ばされたグリフォンをフォローしようと巨竜の背後に回り込むモモも、長大な尻尾に邪魔されて思うような機動を取れずにいる。
「グリフォン! モモ!」
 そして、怒りに燃える巨竜の最大の標的は、グリフォンでもモモでもない。
「わぁあぁぁっ!」
 巨大な竜牙が突き立てられるのは、十メートルの鋼の巨人である。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai