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15.魔を超え、貴さえも越えるもの

 そこに現れたのは、強い強い輝きだ。
 魔晶石ではない。
 それよりも強く深い輝きを湛えた、貴晶石でもない。
「あれが……まさか……」
「重晶石! 寄越しなさい!」
「だから、寄らせねえって言ってるだろ!」
 駆け寄ろうとするハートの女王をコウの構えた刃が押さえ込む。
「ええい、ディス姉! やるんならさっさと済ませちまえ!」
「分かっておるわ! ……くっ……これほどの力があるのか……っ!」
 伝わる力、システムで押さえ込もうとする力は、ディスの想像を絶するものだ。長い旅の中、幾度も行ってきた貴晶石への結晶化とも、桁が違う。
「どきなさい!」
「行かせるかよ!」
 放たれた矢を叩き落としながら叫ぶハートの女王に、律の矢が止むことは無い。
 リントの文字通り命を賭けた最後の一手なのだ。それをむざむざ敵の手に渡すなど、絶対に許されないことだった。
「ターニャ!」
 最後の輝きと共に天に放たれるのは、小さな……本当に小さな、輝く欠片。
 それはハートの女王にも、その力を喰らおうと首を伸ばす泰山竜にも届くことはなく。
「任せて!」
 それを脚で掴み、彼方へと飛び去っていくのは、手のひらに載るほどの小さな鳥。
 スズメであった。
「あれが……ターニャさんの……?」
 スズメが現れたのは、今この一瞬のこと。
 代わりに、アギの傍らに立っていたターニャの姿が忽然と消えている。
「うむ」
 ターニャが獣人の一族である事は、アギ達も知っていた。だが彼女が何の種族であるかは、この場に居る者の大半が聞かされていなかった。
「それよりディス……何でこんな事を」
「リントから頼まれておったのじゃよ。暴走したら、こうやって止めてくれとな」
 全ての力を結晶へと転換させたのだろう。
 何も残されていない、かつてリントの立っていた場所に降り立つディスは……着地と同時に、膝を折る。
「だからって……」
 破損した脚部装甲を排除し、それでもふらつく身体を、寄ってきたアルジェントの手の中に委ねてみせる。
「他の手段があるか?」
「…………ぐっ」
 先日の暴走も、古代兵の乱入で偶然止められたと聞いていた。
 それを除けば、おそらく暴走したリントを止められるのは、ガディアでも龍に化身出来る二人くらいだろう。
 だがその二人も、泰山竜の対処で手一杯。このまま同士討ちで共倒れしてしまう可能性も考えれば……ディスの取った選択肢は、間違っているとは言い切れないのだった。
「まあ、さっきの重晶石はいいでしょ。でもこれで、泰山竜を止める方法は……残り二匹の龍に頑張ってもらうしかなくなりましたねー」
 どちらの龍も、長い戦いやリントの攻撃で、動きは明らかに鈍っている。
「まだ俺たちが……」
「いえ。残念ながら……」
 刃を構えるコウや律に、ハートの女王はゆっくりと槍状のビークを構えてみせる。
「あなたたちは、私が潰すことにしましたから。大人しく死んでくださいね!」
 さわやかに微笑む女王の槍の穂先。
 どこからともなく生まれるのは、力を司る魔力の結晶だ。


 戦場において、隊の数割ほどの戦力を失えば、勝機は限りなく零に近くなる。
 そう言った意味では、この戦場における指揮官の判断は迅速な物だった。
「やれやれ……。にしても、なんでお前らがいて姫様が避難してねえんだよ。竜ももうすぐ来るぜ」
 黒仮面達を連れて退いたフィーヱを窓の向こうに確かめて、マハエは小さくため息を一つ。
 ガディアが戦場になるのは、魔物の現れた立地上、仕方の無いことだろう。しかしそこに王族……しかも他国の王族が退去もせずに残っているなど、まさに前代未聞である。
 もちろんそこで何か起きれば……。
「申し訳ありません。私の我が儘に皆を巻き込む形になってしまいました」
 だが。
「あ……」
「マハエ、ひどーい」
 涙を浮かべて頭を下げるノアの様子に、辺りからマハエに向けられるのは非難の視線だ。
「いや、そういうつもりじゃなくってだな!」
 場に残った唯一の男であるタイキに助けを求める視線を投げかけるが、無論彼が姫を泣かせた張本人のフォローに回るはずもない。
「シャーロット……」
 そんなマハエが非難の集中砲火を喰らう中、姫付きの侍女に掛けられた声は、ごく短いものだ。
「どうしたの?」
「さっきの……」
 セリカに迫る黒仮面の短剣を、身を挺して庇おうとしたことを言っているのだろう。
「ああ。危なかったわね」
 最終的にはマハエのボウガンが当たったから、シャーロットも手傷の一つを負うこともなかった。結果オーライといった所だろう。
「あのくらい、どうにでもなった」
 セリカにしては珍しい、苛立ちを押し殺しているような声である。実際、彼女の青い瞳にあるのは、あからさまな非難の色だ。
「大丈夫よ。私の身体には予備があるから」
「……そんな事、関係ない」
 呟き、肩を掴む手に込められた力は……シャーロットがはっとするほどに、強いもの。
「あの時みたいな思い……もう、させないで」
 それが意味する事は、もちろん彼女にも分かっていた。あの時の身体ではないが……あの雨の日の記憶と痛みは、シャーロットの中にもしっかりと受け継がれている。
「……悪かったわ」
 そっと相棒の頭を撫でて辺りを見れば、マハエの誘導で移動を始める所らしい。
「とりあえず場所を移そうぜ。この面子で戦うんなら、狭い所よりも広い所にいた方が都合が良いだろ」
 マハエは射撃が中心だし、セリカやタイキが得意とするのも屋外での範囲系の魔法。ノアに対する近接の防御は、ナナトの結界がある。
 フィーヱの再攻撃までは余り時間も無いだろうが、この狭い広間に閉じこもるよりも、ある程度見晴らしの利く場所に陣を構えた方が不利にならないのは、シャーロットも納得する所だ。


 振り下ろされたのは、巨大な熊の爪。
 受け止めたのは、鋼の大盾だ。
 正面から受け止めれば、さすがにパワー負けは免れない。けれど今の少女には、強い力は正面から受け止めるのではなく、受け流せば良いという戦い方が備わっている。
「でええええええいっ!」
 流され、泳いだ熊の頭に、力任せに大盾を叩き付ける。両腕に伝わる手応えは、相手の脳を揺らし、歯の数本を砕いたであろう事を教えてくれた。
「熊までいるのかよ! こっちはホントに気管に行けるんだろうな!?」
「もうすぐなんでしょ! 先に行って!」
 ルービィの言葉に、槍を構えていたダイチは思わず首を振ってしまう。
「アギのお兄さんだってすぐ来るし、それまで防いでればいいだけなんだから!」
 手負いの熊は、半ば潰された顔でこちらを鋭く睨み付けてくる。しかしそれを受け止めてなお、ルービィが見せるのは……笑顔だった。
「ヒューゴ。もうすぐなんだよな?」
「……恐らくは」
 一瞬の迷いの後、ダイチが選んだのは……。
「すぐ戻ってくるからな!」
 再び襲いかかってきた大熊の一撃を大盾でいなしながら、ルービィは元気よく答えるのだった。
「当たり前!」


 幸いなことに、馬屋にはまだ数頭の馬が繋がれていた。それに乗って仮宮を後にし、マハエ達が進路を取ったのは街の北部だった。
「そういえば、アルジェントはどうしたんだ?」
 マハエはてっきり、アルジェントはノアの元に居るものだと思っていた。しかし、見た限り彼女はここにはいないらしい。
 ノアとナナトを置いて逃げる事はありえないし、フィーヱ達の襲撃で手傷を負ったわけでもないだろうが。
「アルは竜の所に行ったよー」
「…………はぁ!?」
 前に乗っていたナナトからの答えは、マハエの想像をはるかに超えるものだった。
「兄と泰山竜の所に向かいました。回復役は、前線にいた方が良いだろうって」
「まあ、そりゃそうだけどよ……」
 確かに前線を支えられる治癒術士は貴重な存在だ。部隊の持久力に直結すると言っても良い。
 だが、これだけの激戦で最前線に向かうとなると……。
「行っていいよ」
 ぽそりと掛けられたセリカの声に、マハエはしばらく押し黙り……。
「……俺があんなバカでかい竜相手に役に立つか」
 やがて漏らすのは、押し殺したようなひと言だ。
「俺ぁ俺の出来ることをするよ。ほら、こっちだ」
 慣れた手綱さばきで馬の群れを大通りへと導き。
 ぎり、と唇を噛む。


続劇

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