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19.滅びの始まり

 穏やかに響くのは、滝の水音と、流れる川のせせらぎの音。
「こんな所に居たのか。イーディス」
 背後から聞こえた小さな砂利を踏む音に、栗色の髪のルードは静かに振り返った。
「フィーヱさん。どうかしたんですか?」
 何かの依頼のついでだろうか。それとも、小遣い稼ぎに魔晶石狩りの手伝いにでも来てくれたのか。
 いずれにしても、見知った顔の訪問に、イーディスは穏やかに微笑んでみせる。
「ちょっと話がしたくてな。農場にいなかったから、探したぜ」
「お話しですか。宿舎に戻ります?」
 ならば、ゆっくり出来る場所の方が良いだろう。ルードは食事こそしないが、それでも座り心地の良い椅子やテーブルがあるに越した事はない。
 けれどフィーヱは、その提案に無言で首を振る。
「こないだ、ここの川下でルードの亡骸を見つけてね。何か心当たりとか、ないか?」
「そうなんですか? ウチで働いてくれてるルードの方は、みんな大丈夫ですけど……冒険者の方が事故ったとか、魔物にやられたとかですか?」
 小さなルードは運動性も高いが、そのサイズから一撃を受ければ致命傷に直結する事も珍しくない。魔物の攻撃が当たったり、山の崩落に巻き込まれたりすれば、無事で済むことの方が少ないのだ。
 それはもともと冒険者だったイーディスも、その身で嫌と言うほどに理解していた。
「それが刀傷でね。熊や狼じゃなくて、どうやら同族にやられたらしいんだよな」
 同族という言葉に、栗色の髪のルードは小さな眉をひそめてみせる。
「そんなルードが、この辺りに潜んでるって事ですか?」
 魔晶石農場にもルードはいるし、もちろんイーディス自身も例外ではない。危険なルードがどれほどの強さかは分からないが、警戒するに越した事はないはずだ。
「心当たりはないか。それと、もう一つ聞きたいんだが……」
 頷くイーディスを見ていたフィーヱの左目が、ちかちかと点滅する。
「こないだ、木立の国の王都から発注が有ったっていう魔晶石二百個。あれ、どうした?」
「どうしたって……王都にもう送りましたよ?」
 既に魔晶石の回収からかなりの時間が経っているのだ。いくら二百個という大量の魔晶石と言えど、とうに出荷済みだった。
「それが……王都の技術院に知り合いがいてね。調べてもらったら、君の魔晶石農場に魔晶石の注文なんて誰もしてないとさ」
 先日のネイヴァンに宛てた手紙の中に、請求書と一緒に混じっていたものだ。技術院に世話になっているミラ自身が調べたものだから、信頼性は十分である。
「魔晶石農場で働いてるルード用にしても、少々多いよな。……何に使った」
 古代兵に使えば一瞬だが、普通のレガシィを動かすには十分すぎる量だった。もちろんルードの食料としても、二百個はあまりに多すぎる。
 そもそも目の前に食料の山が在るのに、ここまで大量の数を備蓄する意味は無い。
「知ってどうするんです?」
「気になった事は調べとかないと済まない性分でね。それだけだよ」
 彼女に敵対の意思がないことを示すつもりなのだろう。フィーヱは両腕を軽く上げ、開いた両手を見せてみせる。
「別にお前がアリスを殺してたとしても、魔晶石を何に使ったとしても、どうでもいいさ。あの洞窟内にあった、クローン生成装置をどうしたのかも込みでな。……ハートの女王様?」
 調べ上げられた事と、呼ばれたその名と。
 どうやら目の前の黒衣のルードは、あらかたの真実に辿り着いてしまったらしい。
「自分で名前を名乗らないとか覚えないとか言っときながら、お喋り過ぎるんですよね、アリスは。……で、何が条件です? 貴晶石ですか?」


 街道から畑を眺めながら歩いていると、ふとその足を止める影が一つ。
「どうした、ジャバウォック」
 グリフォンの問いに、ジャバウォックは答えない。ただ無言のまま、山の方を眺めてみせる。
 そして、足を止めたのは彼一人ではなかった。
「……凄くイヤな気配がするのだ。何なのだ? これ」
 近くを歩いていたぬこたまも、小さく身を震わせて、北の山を眺めている。
「イヤな気配って、こないだの暗殺竜みたいな感じですか?」
 ぬこたまは猫の性質を受け継ぐだけあって、危機感知能力に長けている。そのおかげで魔物の感知が早く、今回のような作業では周囲に農場を荒らす魔物がいないかのある程度の把握も出来るのだった。
 だがリントは、問うたヒューゴの言葉にぶんぶんと首を振ってみせる。
「違うのだ。あれよりもっともっと、もーーーっとイヤな感じなのだ」
「暗殺竜より厄介な怪物……ですか」
 空を飛ぶか、ブレスでも吐くか、より素早いか。
 あるいは……。
「ふむ……あまり考えとうはないの」
 呆れたようなディスの言葉に、色々と考えていたらしきジョージも小さく頷いてみせる。


「それもアリスの記憶か」
「名前を覚えない主義でも、ちゃんと記憶って残ってるんですよねー。……シヲさんでしたっけ? アリスが貴晶石を抜いた、貴方の相方」
 出されたその名に、フィーヱは表情を変えることはない。必死に自分を律し、小さく鼻で笑ってみせるだけだ。
「やっぱりアリスの仕業だったのか」
「貴方の貴晶石も抜こうと思ってたみたいですけど、様子を見ててやめたみたいですね。……で、ボクを倒します? アリスの記憶は、しっかり受け継いでますけど」
 どうやら無残な有様となったシヲを見つけたその瞬間には、アリスは近くにいたらしい。
 気まぐれか、何か他の用事があったか……当時のフィーヱでもアリスに抗うことなど出来なかっただろうから、少なくとも運だけは良かったのだろう。
 その時、フィーヱの背後の茂みががさがさと揺れる。
「やっと……着いた……」
 現われたのは、ルービィと……。
「イーディス……あんたが、ハートの女王だったのか」
 その肩に乗っている、コウだ。
 手掛かりを求めて、まずは心当たりのある場所へ戻ってきたのだろう。
「その辺にいたなら、さっきの話も聞こえてますよねぇ。ええっと、コウさんは……三本杉の遺跡の集落の生き残りでしたっけ?」
 世間話でもするような口調で告げられたその地名に、コウの体がビクリと揺れる。
「ボクはちゃーんと覚えておく主義なので。……まあ、ボクじゃなくてアリスの記憶ですけどね」
「テメェッ!」
 激昂の声に、フィーヱやルービィの制止も届かない。
 ルービィの肩から飛び出すと同時、響き渡るのは魔晶石の砕け散る音。大剣に絡みつく赤い炎が全身を覆い、そのまま深紅の弾丸となってハートの女王の元へと一直線に放たれる。
「ええっと、その技は……あれ? オリジナルだと、こうじゃありませんか?」
 対するハートの女王は、コウの攻撃に動じる事も無い。
 背負っていた槍型のビークをくるりと回し、その一瞬で精製させた魔晶石を噛み砕く。やはり槍を包むように生まれた赤い炎は、コウのそれと同じく彼女の全身を覆うと同時、さらに鮮やかな蒼い炎へと変化する。
 同じ技のぶつかり合いは……。


 ミスティから借りた馬車で、一路北へ。
 セリカが二人を連れて忍び込んだのは、イーディスの魔晶石農場だった。
「なあ、セリカちゃん。イーディスにも他の連中にも許可取ってないけど、いいのか?」
 幸いなことに、農場の入口にも坑道の奧にも、警備や作業中のスタッフは誰一人として見当たらなかった。おかげで侵入は楽そのものだったが……。
「……大丈夫。昨日も来たから」
 小さく呟き、それきり黙々と進み始める。
 かつての廃坑探索で道を覚えているのか、その歩みは淀みないものだ。
「何や。ロックワームにコレじゃ、そないヒャッホイできへんで?」
 いくら動かない標的とは言え、ロックワーム相手に機械槍は相性が悪い。力任せに振り回せば倒せない事も無いが、機械槍の本領はやはり突撃と一撃必殺の砲撃のコンビネーションにある。
「それが相手じゃない」
 倒すロックワームも、進むための最小限だけだ。
(こないだ来た時より、随分減ってるな……)
 そのロックワームも、カイルが先日来た時よりも大幅に数を減じていた。先日、三百の魔晶石を集めた後も、まだ大量のワームが残っていたはずなのに……。
 出来たばかりの魔晶石農場にそこまで大量の発注が来るとも思えないし、かといって間引いたにしては量が多すぎる。いくら魔晶石が劣化しないと言っても、そう大量に在庫ばかり抱えても仕方ないはずだ。
 やがてロックワームの多くいる層を抜け、セリカはさらなる先へ。
「この先はロックワームもいないはずだぜ? まだ奧なのか?」
 小さく頷き、踏み出せば……。
「………何や、この音」
 そのはるか奥から聞こえるのは、異様なうねり。
「風の音……じゃないよな、明らかに」
 魔晶石農場として整備された箇所とは違う、冒険者でなければ進めないような空間を、一行は最深部……異音の源を目指して少しずつ進んでいく。
「ここ………」
 やがて至った巨大な断崖の縁。遥か向こうに縁が見える辺り、断崖ではなく縦坑なのだろうが、いずれにしてもここが旅の終点であろう事は想像に難くない。
「まさか、ロッククライミングもするのか?」
 それほど長いザイルは持ってきていない。一度偵察に来たらしきセリカもそれを必要としなかったということは、この縦穴に下りる事はないのだろう。
「……底になんかおるのか?」
 唸り声が聞こえるのは、その縦穴の底からだ。
 ネイヴァンの言葉にセリカは小さく頷き、一本のナイフを取り出してみせる。
 小さく呪文を唱え、輝きを宿したそれを……ひょいと縦坑へと放り込んだ。
 やがて。
 ぼんやりと光を放つそれは、放物線を描いて縦坑の底へと落ちていき。
 一瞬見えた巨大な何かに、三人は……ネイヴァンさえも、小さく息を呑む。
「竜……か?」
 縦坑の底で唸りを上げるそいつは、手の平に乗るほどの大きさだった。
 もちろん、果てしなく深い縦坑の底にあって、その大きさである。目の前にそいつを置いて、どれだけの大きさになるのかなど想像もしたくなかった。
「……なるほど。これを仕留めるってんなら、ありったけの爆弾が必要になるわけだぜ」
 だが、これが依頼だというのなら……依頼主は、この情報をどこから仕入れた?


続劇

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