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18.最後の探索

「古い知り合いでな。グリフォンと、ジャバウォックという。ターニャに手配して貰って、今日はおぬしらを手伝うことになった」
 現われた三人の姿を見て、誰も何も言う事が出来なかった。
 紹介者であるディスはまあ、いい。
 けれど、問題は残りの二人である。
「……よろしく」
 静かにそれだけを呟くグリフォンと、無言を貫くジャバウォック。
 愛想がないのも、まあ、いい。
 だが……。
「ディス。突っ込んだら負けなのだ?」
「負けではないが、わらわが力押しで黙らせると思って良いぞ」
 殺意を感じるほどに爽やかな笑顔のディスに、リントはその身を震わせる事しか出来ずにいる。
 どうやら、突っ込んだ段階で負けどころかそれ以上に不味い状況となるらしい。
「ともあれ、どちらも腕は確かじゃ。仕事の邪魔にはならぬ」
「……まあ、それなら構いませんけど」
 冒険者の理由など、様々だ。細かいことを詮索するのは野暮というものだろう。
 さしずめ腕が確かなのは間違いないし、グリフォンと名乗った方は、恐らくヒューゴやジョージ達との連携も完璧にこなすに違いない。
「今日はルービィさんとセリカさんはいないんですね?」
 珍しく、ルービィの姿がない。セリカと同じく、出られない時にはちゃんと出られないという娘のはずだが……。 
「ルービィさん達はどこかに出掛けているようですし、このメンバーで行きましょう」
 ルービィは昨晩から宿に帰っていないようだった。コウやフィーヱも出掛けているし、セリカも含めた四人で何かの調査に出掛けたのかもしれない。
 幸いと言うべきか、抜けた穴はグリフォンとジャバウォックが埋めてくれるだろう。


 開店直後のミスティの店にふらりと現われたのは、桃色の髪の娘だった。
「珍しいわね。モモがウチに来るなんて」
「珍しい酒が入ったと聞いての。どんなモノか見に来たのじゃよ」
「……なんで知ってるのよ」
 昨日入荷があったばかりの品だ。それも祭に使うという事で仕入れた物だから、店先にも出していないはずなのに……一体どうして目の前の娘がその事を知っているのか。
「ワシにも色々と、ツテはあるのじゃぞ。一応、この街の案内役も引き受けておるしの」
「働いとったんか……ピンク」
「……ワシを何だと思っておったのじゃ。おぬしら」
 機械槍に使う火薬の補充に来ていたネイヴァンと、連れてこられたカイルの様子に、モモは口をへの字に曲げてみせる。
 そんな微妙な空気の中で鳴るのは、勢いよく開かれたドアの音。
「あら。今日は調査じゃないの? セリカ」
 入ってきたエルフの娘は小さく頷くと、彼女には珍しい小走りでカウンターまでやってくる。ドアの音からしても、どうやらかなり急いでいるらしい。
「爆弾、ある? 出来るだけ強いやつ」
「そりゃ、あるけど……何に使うの」
 モモに視線を送れば、『月の大樹』に入り浸っている彼女や、カイルも小さく首を振ってみせる。
 この直近で爆弾が必要な依頼が出回っているなど、他の冒険者からも聞かなかった。
 もともと流れ者の冒険者であるセリカのことだから、他の地域からの依頼かもしれないが……普段はそんな物を使わない彼女が『出来るだけ強い爆弾』などとは、相当に特殊な依頼のはずだ。
「爆弾を使うとなりゃ、ヒャッホイに決まっとるやろ」
「お前は黙ってろ。話がややこしくなる」
 ネイヴァンをカイルとモモが黙らせておけば、残るのは長い沈黙だ。
 その果てにぽつりとセリカが口にしたのは、たったひと言だった。
「……依頼」
「悪い事に使わないでよ?」
「ってかそれで売るのかよ」
 手の平サイズの樽型爆弾をカウンターの上に置いてみせるミスティに、カイルも呆れ顔だ。セリカが爆弾を悪い事に使うと思っているわけではないが、もう少し確認のしようもあるだろう。
「こっちも仕事だもの。それにそっちだって、言えない依頼くらいあるでしょ?」
 言われれば、確かにその通り。たとえ後ろ暗い仕事でなくとも、極秘裏に行って欲しい依頼というのは、いつの世にも事欠かないものだ。
 そしてそんな依頼に限って、特殊な品が入り用だったりするのである。
「これでいい?」
 だが、ミスティの問いにセリカは小さく首を振った。
「あるだけ」
 その言葉には、流石のミスティも表情を変える。
「尋常ではないの。それだけでも、相当な威力のはずじゃが?」
 カウンターに置かれた爆弾が小さな見かけ以上の威力を持つのは、先日ミスティが出した依頼で実証済だ。
 ちょっとした鉱物調査や遺跡の入口を壊すくらいなら、一つか二つあれば十分だろう。そもそも大地を操る魔法が使える彼女は、爆弾の力など借りなくてもその手の仕事は一人でこなせるはずなのだ。
 それをあるだけとは、非常事態にも程がある。
「内緒」
 しかし、セリカの答えは変わらない。依頼主から極秘と厳命されているのか、他に何か事情があるのか……。
「だったら、あんた達も付いて行けばいいじゃない」
「じゃの。それだけの爆弾なら、持っていくだけでも大変であろ。手伝うぞ? ……カイルが」
「俺かよ!」
 極秘の依頼というからには、手伝いなど出来るはずもないだろう。ダメ元で言ってみた言葉だったが……セリカは少し考えた後、意外にも小さく首を縦に振ってみせた。
「ネイヴァン、お前も来い」
「何で俺が……」
「この面子だと前衛がいないから、戦いになったら思う存分ヒャッホイ出来るぜ」
 セリカは基本的に魔法使いだし、カイルの武器もボウガンだ。モモとミスティは付いてくる気配がないし、戦闘になればこの二人ではいささか構成に難がある。
 性格的に多分に問題があるものの、彼が優秀な戦士である事は間違いない。
「お前、ヒャッホイって何か勘違いしてへんか?」
 カイルの適当な言葉に、ネイヴァンは僅かに顔をしかめ……。
「標的はまだ動けない……はず」
「まかせとき!」
 セリカの言葉に、即答してみせるのだった。


 北に向かって街道を歩き出す一行の殿。
「のう、ヒューゴ」
 ひょいと肩に乗ってきたディスに、白衣の男は無言で首を傾げてみせる。
「久方ぶりに思い出したが……随分と大きくなったの。竜を倒す偉大なる技は、身に付いたか?」
「……僕、その話ってディスさんにしましたっけ?」
 彼の研究は、ガディアの住人達に明かしたものも多いが、明かしていないものも幾つかある。偉大なる技の研究は、その中でも秘中の秘としているはずだったが……。
「まあ、気付かんのも無理はないな。わらわもこの間まで忘れておった」
 いつもの不敵な笑みではない。少しだけ穏やかな表情を見せると、ディスは左右でまとめた長く青い髪の先を僅かに取って。
 軽く撫でれば、その下から現われるのは艶やかな金の髪だ。
「見覚えはないか? この髪に」
 言われ、ヒューゴの記憶に浮かぶのは……幼い頃に見た、小さな姿。
 艶やかな金の髪。
 砕け散る力の石。
 巨大な魔物を前に放たれた、巨大な刃。
 そして……。
「…………ああ、あの時の」
 あの時見たルードの使うビークは、確か今とは違う槍型のものだったはず。それに、髪の色も目の前に在る金のそれだった。
「まだまだ、研究中ですよ……そのうち、お見せできれば良いのですけどね」
 穏やかにそう呟き、白衣の男も北に向かう街道を歩き出すのだった。


続劇

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