6.Mad Tea Party
「はぁぁぁあっ!」
放たれたのは、裂帛の気合。
狼たちはジョージのその咆哮を聞くや、拳を受ける前に一目散に逃げ出して……。
「どうしたんですか? セリカさん」
放たれる事のなかった拳を納めつつ、ジョージが声を掛けたのは彼のすぐ後ろに控えていたセリカだった。
「………出番、なかった」
「そちらは終わったか?」
呆然と立っているセリカの様子に、苦笑するしかない。
同じく山へと逃げていく狼達を背にしたディスの様子からすると、彼女の方もフォローする必要がなかったのだろう。
「追い払うだけでいいの?」
「こちらの家畜が襲われたわけではないからの。狼ならこの位脅しておけば、南下しては来んであろ」
狼は賢い獣だ。里の方が危険が多いと理解させれば、余程の事がない限り再び降りては来ないだろう。
「ならば、次へ行くか。コウ!」
ディスが呼んだのは、チームのもう一人のメンバーである。
だが、赤い髪の十五センチの娘は、その声にも背を向けてぼんやりと立っているだけだ。
「コウ! 置いていくぞ!」
「あ、ああ……」
強い声で再び呼ばれ、ようやく振り返ってみせる。
「どうしたのじゃ、あ奴」
いつものコウの反応とは、明らかに違う。
普段の彼女なら、一人でさっさと先行するか、近くにいるかもしれない宿敵を探して全く違うルートへ突き進んでいるかのどちらかのはず。もちろん、むやみやたらと突っ走られるのも困るのだが、かといってここまで覇気がなくてもやはり気になってしまう。
「この前から、あんな感じ」
「……ふむ」
のろのろとこちらに向かってくる赤い影の様子に、ディスは小さくそう呟いてみせるのだった。
倉庫の外に出された物は、祭りに使う物だけではない。
「この大きな弩は、古代兵さんの武器なんですの?」
彼女自身よりもはるかに大きな弩に、忍は珍しそうに声を上げてみせた。
冒険者が使うボウガンにも相当な大きさの物があるが、そこに置かれた弩は、そんな物とは比較にならないほどの大きさを持っている。
「まあ、使えれば役に立つかなってな」
本来は、城壁の上などに設置する攻城兵器の一種である。もちろん持ち運びを前提としたものではないが、手持ちの武装……特に一切の飛び道具を持たない古代兵には、丁度良い大きさの装備となるはずだった。
「てか、何でこんな物がこんな所にあるんだ?」
「知らないわよ。ヒューゴは知らない?」
「僕に聞かれても困りますよ」
そもそもヒューゴもカイルも手伝っているだけだ。倉庫の主が来歴を知らないのなら、その正体は誰にも分からない。
「そういえば、ヒューゴは何で手伝ってるんだ?」
手伝ってくれるからと普通に一緒に作業していたが、よく考えたらヒューゴの登場は唐突すぎた。もちろん手伝ってくれるなら、唐突だろうが何だろうが構わないのだが。
「僕は小遣い稼ぎですよ。ちょっと出費があったので、宿代が厳しくてね……」
忍の持ってきたお菓子とお茶を口にしながら、ヒューゴは平然とそう答えた。昼前に『月の大樹』に戻った所で、ちょうど手伝い急募の掲示が出されたため、即金になるならと手伝う事にしたのだという。
「報酬、出すのか」
「……あたしを何だと思ってるのよ」
そんなミスティの視線に、カイルは忍のお菓子に勢いよく手を伸ばしてみせる。
「それにしてもこのお菓子、美味いな! さすが忍ちゃんだぜ!」
「ありがとうございます」
「誤魔化したわね」
もちろん、ミスティの視線にカイルは素知らぬフリを貫くだけだ。
抱えている箱は、ガタガタと暴れている。
そして男は、満面の笑み。
「……どした、ネイヴァン」
その組み合わせに果てしなく胡散臭い物を感じながらも、律はそう問う事しか出来ずにいる。
「あの帽子屋を探す方法で、良い方法を思いついてな!」
上機嫌のネイヴァンに、一同は顔を見合わせるだけだ。どうやらネイヴァンは、他の冒険者達と同じくいまだマッドハッターの居場所を掴めずにいるらしい。
しかし、彼を探す方法とは……?
「帽子屋て言や、お茶会やろ!」
「お茶会?」
彼の提案する作戦の最初の一言目で、既に疑問符しかなかった。
「しかもなんでここ」
「お茶会! って雰囲気やろ!」
「意味分かんねえぞ」
『夢見る明日』はカフェではなく、れっきとした料理屋である。今は留守にしている女主人が聞いたら、きっと力一杯訂正するだろう。
「で、その箱は?」
そして、それ以上の問題は暴れる箱だ。
「お茶会の面子なら、まずはヤマネやろ」
だがその問いを無視して、ネイヴァンがさも当然とばかりに指差したのはアギだった。
もちろんアギとしては、ヤマネと言われても首を傾げるしかない。
「で、ウサギ」
次に指差したのは、カウンターに腰掛けていたダイチだ。
当然ながら、ウサギと言われたダイチもリアクションの取りようがない。
「ふんどしは役がないから、下がっといてな」
「ふんどしっていつの話だオイ!」
最後に指差された律は、もはや突っ込むしかなかった。
「今は紳士的にニッカーボッカーはいとるわ!」
「そういう事じゃないだろ……」
そして。
「で、笑う猫がコイツや」
「ギニャー!」
暴れる箱の蓋を開けば、中から飛び出してきたのはリントであった。
「な、何なのだ! 気が付いたらなんか箱に閉じこめられてたのだ!」
周囲を慌てて見回して、幸いにも知った場所である事は理解できたが……それ以上の事は、全く分からないままだ。そもそも何故こんな所に連れてこられたのかも分からない。
「お前はニヤニヤ笑うとったらエエ」
「????????」
笑うも何もあったものではない。辺りの知り合いに助けを求める表情を向けるものの……やはり、周りも状況を理解できていないのだ。
結局、リントも呆然とするしかなかった。
「……じゃあネイヴァン。お前は何の役なんだ?」
ただ一人、ネイヴァンワールドに飲み込まれなかった律だけが、ぽそりとそう呟いてみせる。何やら配役がある以上、ネイヴァンにも何らかの役が振られるはずだったが……。
「アリスに決まっとるやろ。この面子でお茶会しとったら、帽子屋は必ず来るで!」
自信満々で断言するネイヴァンに、もはや誰一人として突っ込める者はいない。ここまで意味不明なままで押し切られれば、誰がアリス役であろうと、もう突っ込む元気は誰にも残ってはいなかった。
「とりあえず何か飲みもんと食いもんくれ。その辺の適当にでええわ」
カウンターで準備されているのは、律のお好み焼きソースとアギの珍味串焼きだけだ。どこをどう見ても、お茶会に供されるメニューではない。
「……もうそれ、どう考えてもお茶会じゃないだろ」
「なんやて! こんなに完璧なのに!」
最初から最後まで全く理解できなかったが、そこがツッコミ所という事だけは誰もが理解していた。
「ただいまー。準備ははかどってる? ……って、何やってるの」
「お茶会や!」
「……宴会の間違いじゃないの?」
店に戻ってきたターニャにまであっさりと全否定され、さすがのネイヴァンも返す言葉を見つけられずにいる。
続劇
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