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5.ロストメモリーの復活

 目の前にそびえるのは、荷物の山。
「ここがこうで……こうか」
 露店用の組み立てテントに、持ち運び式の炭火コンロ。使い道のよく分からない機械類に、派手なのぼり。
 既に相当な量を外に運び出した気がするが……ミスティの倉庫は一向にその中身を減らす気配がない。何やら変な魔法でも掛けて、空間そのものを歪ませているとしか思えなかった。
「それにしても、俺が教官ねぇ……」
 単純作業の合間に頭をよぎるのは、断片的に蘇った記憶の事だ。
 古代では、本業の傍らに、古代兵の動かし方などを教える役目も引き受けていたらしい。
 どちらかといえば、教えると言うよりも、何かやらかして怒られる側が性に合っている気もするのだが……。
「子持ちってのも実感ねえし。意外と別の奴の記憶だったりしないのかね」
 記憶を転送する技術はあったのだ。あまりに今の自分とはかけ離れた姿に、他の真面目な奴の記憶が程良く紛れ込んでいるのではないかと思わないでもない。
「記憶がないというのも興味深いですね。どんな感じなんです?」
 ぽつりと呟いた言葉を聞かれていたらしい。ヒューゴの問いに、カイルは誤魔化すように苦笑いをしてみせる。
「あんまり面白いもんじゃねえぞ。お前も自分の研究成果を綺麗さっぱり忘れちまったら、困るだろ」
「まあ、確かに」
 研究者であるヒューゴにとって、得られた結果と学んだ成果は命にも等しいものだ。それが自身の記憶から消え去るとなれば、それこそ彼の存在意義にも関わってくる。
「カイル、ヒューゴ、休憩しない?」
 それから、どちらも何かを語る事も無く黙々と作業を続けていれば……やがて外から掛けられたのは、倉庫の主の声だった。
「休憩するくらいならさっさと全部終わらせた方がいいだろ?」
 もともとあまりやりたい仕事でもないのだ。休みたいのは山々だが、下手に休憩を入れて気持ちが緩めば、その後が続かない可能性もある。
「それならそれでいいけど……。忍、カイル達は差し入れいらないみたいだから、あたしが全部もらうわ」
「ちょっと待ていっ!」
 続きに聞こえたミスティの言葉に、カイルは慌てて外へと駆け出していくのだった。


 ランチタイムを終えてひととき看板を下ろした『夢見る明日』に残っているのは、店員の他は常連の客達だけだ。
 けれどそれでも、ダイチが口にした言葉には誰もが驚きを隠せなかった。
「マッドハッターを目覚めさせる?」
「ああ。月の大樹じゃ言えなかったけど、やっぱり悪い事をしたのは間違いないんだから……その償いはするべきだと思うんだよ」
 もちろん、マッドハッターを仮宮に連れて行くリスクは承知の上だ。
 さらに言えば、彼はダイチの恩人である可能性もあった。しかしそれでも……いや、だからこそ、ダイチは彼にしかるべき償いを与えるべきだと思ったのだ。
「まだアイツ、納屋で寝たまんまなんだっけか」
 律の聞いた話では、肝心のマッドハッターは『月の大樹』の納屋で眠りに就いているのだという。体は既に完治しているはずなのに、何故か目覚めないのだと。
「そうなんだよ。何か起こす方法とかあればいいんだけどなー」
 まともに食事をしていないから幾らか痩せてはいるが、もともとかなりの体重のあった男だ。運ぶにしても手間がかかるし、それ以前に目覚めていなければ罪の償わせようもない。
「僕も色々考えてみたんですけど……気の流れを正せば目覚める可能性はありますね」
「何? そんなの出来るの?」
「アギはそれやって大丈夫なのか? こないだ倒れただろ」
 アギの技は、体内に巡る気の流れを操るものだ。瞬間的に運動力を高めたり相手を昏倒させたりする技は、いずれも気の流れを強化、あるいは乱す事で行われる。
「戦いに使う技ほど消耗するわけではありませんから。このくらいなら、大丈夫だと思います」
 そもそもアギの技は、戦いではなく治療を本来の目的としたものだ。戦いや自身の力の強化に使うのは、あくまでも副次的なものである。
 それ故に相手に強引な効果を及ぼしたり、自身の能力を限界以上に引き上げたりすれば無理も出るが、乱れた流れを正常に整えるだけなら大きな消耗もない。
「じゃあ、こんど試してもらっていいか?」
「了解です」
 そんな話をしていると、律はかき混ぜていた鍋の火を止め、満足そうな笑みを浮かべてみせた。
「よし、出来た!」
「なあなあ、りっつぁん。それって何なんだ?」
 何かのソースらしいが、普段の『夢見る明日』では嗅ぎ慣れない、独特の甘みのある匂いがする。もちろんダイチにとっては初めての匂いである。
「これぁアレだ。お好み焼きに使う、おっちゃん特製ソースだよ」
「……何だ?」
 名前は単純だが、単純すぎて逆に料理の想像が付かない。何かを焼いてソースを掛ける事だけは分かるが、それ以上の事はさっぱりだ。
「説明は面倒だから省略するけど、とりあえず美味い料理って事だけは保証しよう」
「じゃあ、アギのそっちは? 屋台で出すんだろ?」
「さしあたり、今あるのはアヴィマソルタとイクマレーセンですね」
 やはりカウンターで作業をしていたアギも、手を止めて答えるが……。
「あび……………何だって? ダイチ、知ってるか?」
「分かんねえ。何?」
 アギの手元を見るに、肉らしい事は分かる。それを一つ一つ串に刺しているあたり、串焼きにして売るらしき事も。
 だが、何の肉かまでは分からない。
「森の民の言葉なので。この辺りの言葉に直すと……言って良いのかな」
「言わねえと分かんねえだろ」
 どうにも言葉を濁すアギに、律は苦笑いを浮かべるだけだ。
 ターニャの屋台で売るのなら、律達も販売を手伝う可能性が高い。そこで何の肉かも説明出来ずに売っていれば、騒ぎになる事間違いなしだ。
「そうですけど。ちょっとりっつぁん、お耳を拝借」
 よほど公には言いたくないのだろう。アギは律の耳に唇を寄せると、小さな声でぽそぽそと材料の正体を口にする。
「何なんだ?」
 だがダイチの問いに、律はどうにも煮え切らない表情を浮かべるだけだ。
「あー。珍味っぽいのは間違いねえけど……アギ、その格好で売るんだよな?」
「まあ、そうですね」
 アギの姿は、いつものウェイトレス姿である。その格好で露店に立てば、売る物が何であれ客は寄りつくだろう。
 そして何も知らないまま、先ほどの肉を喰らうというのは……。
(えげつねえなぁ……)
 それが、正直な律の感想であった。
「なあなあ。その何とかって、一体何なんだよー」
「聞かない方がいいと思うぜ」
「食べてみます?」
 どうやら律の作っていたソースの脇で、串を幾つか焼いていたらしい。そのうちの一本を、ダイチに差し出してみせる。
「食べる食べる!」
 ダイチはそれを受け取り、何の迷いもなくかじりついた。
「どうだ?」
「何か面白い歯ごたえだけど……そこそこ美味いぜ?」
 鳥の軟骨に近いだろうか。コリコリとした食感は、けっして律が不安に思っているほど不味いものではない。好みは分かれるだろうが、好きな人にはたまらないはずだ。
 無論ダイチは、後者の側である。
「えっとな、ダイチ……」
 そんなダイチの耳元に、律はその正体を告げてやる。
 数語の言葉が紡がれて行くにつれ、少年の表情は分かり易いほどに曇っていった。
「りっつぁん。りっつぁんの何とか焼きは、変なもの入ってないよな……」
「まあ、キャベツとか小麦粉とか麺とか、そんなもんだな」
 ソースにもタマネギや牛肉は入っているが、取り立てて変わった食材は入っていない。驚くほどに普通のソースと、お好み焼きなのである。
「出来たら食わせてくれな!」
 涙目のダイチの声が響く中。
「邪魔するで!」
 準備中の『夢見る明日』に現われたのは、暴れる箱を抱えたネイヴァンであった。


続劇

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