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12.メレーヴェの遥かなる遺産

 朝から移動を開始して、やがて太陽の位置は中天へ。
「見えてきましたよ」
 最後の丘を越えれば、そこに広がるのは……。
「うわあああ………!」
 中央にそびえるのは、巨大な塔とも柱ともつかぬ白亜の建造物。そこから同心円状に、規則正しく玩具のような大きさの街区が広がっている。
 周囲の建物が小さいのではない。中央の柱が、大きすぎるのだ。
「こんなに広いんですか。メレーヴェの山岳遺跡って……」
 どうやらジョージの想像も超えていたらしい。最初に声を上げたきりのルービィと、その表情はさして変わらない。
「つか、どこ探せばいいか分かってんだろうな。こんだけ人数がいるって言っても、この広さを漠然と探すなんて無理だぞ」
 依頼主から、パーツのリストは預かっている。絵図面もあるから、それと照らし合わせれば探す事は出来るだろう。
 けれど、遺跡の大きさはガディアよりもはるかに広い。二十人やそこらの人数で探しきれるはずがないのは、火を見るよりも明らかだ。
「無論です。施療院の資料で北東のあの辺りが工業地区だった事が分かっていますから、そちらを狙います」
 ヒューゴの指したエリアは、広い遺跡のほんのわずかな一角。確かにそこをピンポイントで探すなら、この人数でも何とかなるだろう。


 机の上に広げられているのは、現像を終えた写真の山だ。
「うーん。これも今ひとつだなぁ……」
 『夢見る明日』のカウンターでその仕上がりを確かめているのは、律である。
 昼前の仕込みがひと段落したタイミングで、まだ客はいない。午後からの交代待ちの時間を利用して、朝イチでミスティの所で現像してきた写真をチェックしていたのだが……。
「これが写真というものか? 大したものではないか」
 傍らから延びてきた小さな手が、より分けられた一枚をひょいと取り上げる。
 写っているのは、酒杯を口にした自身の姿だ。こうしてじっくり写真を見るのは初めてだが、なかなか面白い技術だと思う。
「スゴかねえよ。これもピントが甘いし、これなんか構図が今ひとつだし……。気になったのがあったら、持って行っていいぜ」
 素人のモモには良い物に見えても、律には色々と拘りがあるらしい。そうかと小さく呟いて、自身の写った一枚と、皆の写った何枚かをいただいておく事にする。
「ダイチ。姫様の写真もあるぞ? どうじゃ?」
「え、ああ……っ? ふぇぇ……なんだこれ」
 ノア姫の写った写真を渡され、モモに連れられて遊びに来ていたダイチは、写っている女性に思わず声を上げてしまう。
「写真じゃよ、写真。この間、ミスティ達が説明しておったろうが」
 あの時ダイチがいたかどうかは覚えていないが、その後、何度か話題になった時には面白がって見ていたはずだ。さすがにそれを忘れるとは思えないが……。
「こっちの仕込みも終わった。……これが、私の撮った写真?」
「うむ。おぬしも見るか? セリカ」
 やはり店の奥から戻ってきたセリカに、確かめ終わった写真を渡してやった。思った以上に鮮明に撮れている画像を、セリカも珍しそうに眺めている。
「うぅ、決まんねえ。とりあえず全部渡して、気に入ったのだけ選んでもらうか……」
「忍は今日は水着コンテストじゃったか」
 見終わった写真の束をモモに渡すと、律は店頭へと向かい、準備中の看板を開店へとひっくり返す。
「ああ。海のお客さんがちょっとでも戻って来りゃいいってな」
 姫様見物の客がいる間に、とにかく大きなイベントをしておきたいのだという。そのイベントが宣伝になれば、きっと海水浴の客も戻ってくるはずだと。
 そんな話をしていると、すぐに最初の客が入ってきた。
「シャーロット。どうしたの?」
 カウンターに着いたのは、ノア姫に仕える侍従長だ。
「昼ご飯くらい食べに来るわよ。何か適当にお願い」
 適当な注文にセリカは小さく頷いて、食事の支度を開始する。


 カウンターで静かにセリカの様子を眺めている女性を、律はちらりと確かめた。
(……やっぱり、秋姫とは違うな)
 顔の作りは、彼の知る女性にそっくりと言っても良いだろう。けれど意志の強そうな表情や細かな仕草は、明らかに彼女とは異なるものだ。
「何か私の顔に付いています?」
「すいません。知り合いによく似てるもんで……。失礼ですが、ご姉妹は?」
 以前この店に来た時は、聞けなかった質問だ。もっとも、彼女にも年の近い妹がいるなどとは聞いた事がなかったが。
「申し訳ありませんが、私一人です」
 やがてセリカがカウンターに出してきたのは、店自慢のサンドイッチではなく、小さな丼に入った料理だった。
「……何、これ」
 彼女も見た事のない料理だ。魚介をベースにしているようだが、海の国辺りの郷土料理だろうか。
「試作品。私の、おごり。……オススメ」
「それ、おっちゃんの郷里の料理なんだよ」
 律の言葉に胡散臭げな視線を向けるが、セリカがオススメというならそうなのだろう。その言葉を信じ、スプーンを手に取って口に運ぶ。
「へぇ……。初めて食べる料理だけど、悪くないわね」
 海の国の料理が特に好きというわけではないが、これはどこか懐かしい感覚がある。早々に丼を空にして、シャーロットはふぅとひと息。
「そうだ。ご飯もだけど、セリカに話があって来たの」
「……セリカ、おめえまさか、昨日の……」
 ぽつりと漏らした律の言葉に、姫君の侍従は眉を寄せる。
「昨日の件をご存じなんですか?」
 さらに言えば、カウンターの脇にいる少女とタイキの兄も、食事の振りをしながらシャーロットの様子を伺っている。明らかに、昨日の事を知っているようだった。
「大丈夫。この人達は、味方。……怪しく見えるかもしれないけど」
「昨日の件は上手く誤魔化したから平気だけど……あまり触れ回らないでね。今日はその事じゃなくて……」
 この場で言うべきか、言わざるべきか。
 侍従長は僅かに言い淀み、やがて静かに口を開いた。
「……貴女さえ良ければ、また一緒に働かない? 姫様の警護役になって、私を助けて欲しいの」


 街に入れば、そこから先の道を覆うのは隙間無く並べられた石畳だ。
「それにしてもすごいねぇ……。こんな建物、どうやって建てたの? 魔法? 神様の力?」
 丘の上からは玩具のように見えた白亜の街並みも、入り込んでみれば数階建ての巨大な屋敷がほとんどである。道も広く、彼等が持ち込んだ小型の馬車なら、四、五台が並んで通っても余裕があるだろう。
 大半は半ば崩れて原形を留めていないが、最盛期の都がどれほどの繁栄をしていたのか、ルービィには想像も付かない。
「そんな大したもんじゃないよ。古代人だって、出来ない事はたくさんあったんだし」
 だが、古代人のカイルには別に思う所があるのだろう。小さく呟き、驚く様子もなく周囲を眺めているだけだ。
「そうなんだ? こんなすごい建物が作れるのに?」
 建物どころか、このスピラ・カナンそのものも、もともとは古代人が住めるように整えたのだという。果ては月に生えた巨大な樹でさえ、彼等の乗り物だったと言うではないか。
 それだけの想像を絶する力を持っていてなお、出来ない事があるというのか。
「もともと古代人が月の大樹に乗って旅に出たのだって、そいつらにとっての神様に会いに行きたかったからなんだし」
「古代人の……神様?」
 世界を作り、星の海を渡る者達が神と呼ぶ存在。それがどれだけの力を持つのか、もはやルービィの考えられる範囲を超えている。
「神の住まう場所……『約束の地』でしたっけ?」
「ああ。古代主義者の言う、『本物のスピラ・カナン』って奴だな」
「スピラ・カナンって事は……神様は、神様の神様に会えたの?」
 スピラ・カナンとは、この大陸の名前であり、星の名前でもある。この地がそう呼ばれるということは、古代人達は『約束の地』で自らの神に会えたという事なのか。
「会えなかった。はりきって家を出たのはいいけど、結局道に迷って帰れなくなったんで、住めそうな場所を探してそこで暮らす事にしたんだよ。ダサいよなぁ……」
 未練がましい事に、行きたかった場所の名をその地に付けて。
「それが……この、スピラ・カナン」
 故に、古代人の力と技術を盲信する者達にとっては、本物ではない『偽物の』スピラ・カナンとなるのだろう。
「そ。だから、コウに会おうと思って旅に出て、ちゃんと会えたルービィちゃんのほうがよっぽどすごいってワケ」
「ふえぇ………」
 いきなり自分の分かる規模まで戻された話に、ルービィは目を白黒させるだけだ。


続劇

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