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遺跡調査編
 3.二人目の犠牲者


 夜の闇の中。
「言い残す事は」
 問いかけたのは、短い言葉。
「ない」
 赤毛の髭に覆われた口元が応じるのは、それ以上に短い言葉だ。
「そう……」
 問うた側が構えるのは、小さな右腕。腕甲に組み付けられた刃を赤髭の老爺に向けたまま、誰とは無しの言葉を小さく紡ぐだけ。
「そうだ。………………へ」
 もはや首を振る事もない。
 血に濡れた唇を噛み、赤髭の老爺はそう言い残して瞳を閉じる。
「……分かった」
 血の臭いの立ち籠める白亜の街並みに、結晶化の閃光が一瞬煌めき。
 辺りは再び、深い闇に包まれた。


 三日目の朝。
「またいなくなった!? 誰が」
 朝一番の報告に、ヒューゴはその耳を疑っていた。
「赤髭の爺さんだよ。朝起きたら、いなくなってたって」
 カイルも連絡に来た冒険者も、よく知る男だ。ガディアに古くからいる冒険者の一人で、伸び放題の赤毛の髭がトレードマークの好好爺である。
「あのご老体に限って、二重遭難とも思えませんが……」
 ヒューゴも何度か調査で一緒になったことがある。だが赤髭は古株だけあって慎重な性格で、とてもそんな暴挙に出るようには思えなかったのだが……。
「不寝番はいたんじゃないのか?」
「僕の担当の時間には誰も通りませんでしたよ」
 ルービィも一緒にいたから、ヒューゴの勘違いという事はないはずだ。昨日の他の不寝番を呼べば、やはり大きな動きは無かったという。
「爺さん、確か盗賊の技が使えたよな」
 言われてみれば、そんな心当たりがある。
 確かにその技を使えば、不寝番に気付かれずにこっそり外に出る事など、造作もないはずだ。
「後はフィーヱさんが周囲の偵察に出て……」
 そこで、一同は気が付いた。
 赤髭だけではない。フィーヱの姿もないという事を。
「そういえば、昨日も一昨日もあのルード、夜はどこかに出てたよな……」
「昼の調査中にも、結構いなくなってる事が多かった気が……」
 辺りを包むのは、どこかおかしな雰囲気だ。
 カイルからの視線を一瞥すると、ヒューゴは力一杯手を叩き、一同の視線を集中させる。
「ともかく、皆さんも一人では動かないでください。調査と三人の捜索は続けますが、警戒を怠らないように」


 似たような白亜の街並みでも、地域ごとに少しずつだが違いはある。
 二日目の調査地域からさらに北へ向かえば、屋敷や工場の敷地の中に、妙に大きな広場の割合が増えてくる。
「この辺はアタリですね」
 やはり大きな広場を敷地に抱える工場を覗いて、ジョージは嬉しそうな声を上げた。
「ボロボロだよ? これを運ぶの?」
 ルービィの言うように、工場の中に置かれた機械はほとんどが朽ち果て、既に形を留めていない。中には半分くらい形を残している物もあるが、それが役に立つとも思えなかった。
「これはさすがに無理ですね。ただ、似た形の物ですから、この辺りを重点的に探せば使える物が見つかるはずです」
 工場が巨大な広場を擁するのは、それだけのスペースを必要とする物を作っているからだ。
 そしてその脇には、必ず整備や組み立てを行う工場と、予備部品を管理する倉庫がある。
「これ、外装が付いてないんだ」
 二人が歩いているのは、部品を製作する工場部分らしい。
 だが、朽ち果てた大半の工作機械は外装らしきパーツが付いていない物がほとんどだ。中には半端に解体されて、内部の部品を辺りに散らばらせている物まであった。
「古代の部品は頑丈ですから、加工すれば武器や防具の良い材料になるんですよ」
 程良い大きさの天板や外装板なら、取っ手を付けてそのまま盾に出来る。変わった形の金属部品なら、取り付け位置を工夫して革鎧の補強に使われる事もあった。
 そんな利用方法がある故に、この手の機械の使えそうな部位のみを剥がして持っていく冒険者は少なくない。
「へぇぇ……。ヒューゴさんが見たら、泣いちゃうね。きっと」
「そうですね。あ、ここにある物は使えそうですね」
 予備の部品や工作材料を置いておく倉庫らしきスペースを覗き込み、ジョージは嬉しそうな声を上げる。
「じゃ、これ運ぶの?」
「とりあえず二人じゃ無理ですから、誰か人を呼んで……」
「ふぇ?」
 変な声を上げたルービィに振り返れば、彼女が持ち上げているのは彼女よりも大きな工作機械だった。重量に至っては、ルービィの何倍あることか……。
「え、ええっと、他にも運ぶものありますから、いま持たなくても大丈夫ですよ?」
 こちらから運ぶより、馬車を連れてきた方が早いだろう。
「はーい」
 その言葉と共に下ろされた工作機械が、落下と同時に辺りに轟音を響かせるのだった。


 現在のスピラ・カナンで見つかる古代の遺産のほぼ全てには、経年劣化を防ぐ特殊なコーティングが施されている。それが故に、一万年近い時を隔ててなお、レガシィは新品同様の輝きと性能を保ち続けているのだ。
 しかしそのコーティングも万能ではない。長年の使用による摩耗や深い傷でコーティング層が失われれば、そこから腐食や劣化が始まり、やがて古代の超技術も刻の流れに呑み込まれていく。
「この辺りはハズレだな……」
 カイルが覗き込んだ倉庫にあったのは、外装を引き剥がされ、劣化し腐食した、古代遺産だったものばかり。
「ですね。こんな乱暴な扱いをしなければ、恐らくはまだ無事だったと思うのですが……」
 外装を丁寧に剥がせば、残された機構の劣化は起きない。ここまで原形を留めていないのは、乱暴な作業をして部品に傷を付けたからだ。
 そこから腐食が始まり、数百年、数千年の刻をかけて、古代の遺産は鉄くずの山に変わっていったのだろう。
「……ヒューゴは、犯人がいると思うか?」
 そんな作業の中、カイルがぽつりと問うたのは、そんな言葉だ。
 それが何を指すかは、改めて問うまでもない。
「情報が少なすぎます。今の段階で、推論で物を言うのは危険ですよ」
「……せめて、ルービィちゃんのいない所でやって欲しかったな」
 カイルやヒューゴはまだいい。冒険者としての長い暮らしの中、そんな光景を目にした事も一度や二度ではないからだ。
「酷な話にならなければいいのですが」
 だがルービィは、まだ冒険者になったばかり。いずれそんな目に遭う事もあるだろうが、最初の経験にしては少々ハードすぎるだろう。
「推論で物を言うのは危険なんじゃなかったのか?」
「個人的な感想ですよ」
 そんな話をしながらも、二人が作業の手を止める事はない。
 倉庫を出て、次の建物に向かおうとした所で……カイルはふと、足を止めた。
「何か見つかりましたか?」
 何の変哲もない中庭だ。工場の広場にしては少し手狭な気もするが、取り立てて変わった所はない。
「これ、どう思う?」
 カイルが指したのは、ほんの少し変色した白亜の石畳である。
「焚き火の跡……ですね」
 背中の荷物から虫眼鏡を取り出してよく確かめれば、石畳の隙間に小さな黒い欠片が挟まっていた。
「ただのきれい好きってワケじゃ、ないよな」
 国の管理下にある遺跡に忍び込んで盗掘するなら、理解出来る。だが、山岳遺跡のような開かれた遺跡で、これだけの隠蔽工作を行う必要はないはずだ。
「ごく最近の跡のようですね」
 つまみ上げた黒い欠片……炭の欠片は、まだ新しいもの。恐らく、半月も経ってはいないだろう。
「……一度ガディアに戻った方が良さそうですね。いま見つけてある分だけでも、ある程度は何とかなるはずです」
 昨日の調査で、いくつかの工場と部品が見つかっていた。全ての部品が揃ったわけではないが、当面の修復作業は出来るだろう。


 部品の選別と積み込みは、ジョージ達の役目ではない。本来なら細かい判別の出来るヒューゴやカイルの仕事だが、二人が見つからなかったため、昨日の積み込みで選別や確認の仕方を習った男達が役割を引き継いでいた。
「そういえばジョージは、行方不明になった二人の事、知ってるの?」
 次の調査地点へ向かいながらルービィがジョージに問うたのは、そんな問いだ。
「お爺さんの方だけは。カイルさんやマハエさんと一緒にお酒を飲んでるのを見た事がありますよ」
 腰を痛めたとかで先日のツナミマネキ討伐にこそ参加していなかったが、『月の大樹』にも時折顔を見せる老人だ。
 恐らく、カナンとも顔見知りだろう。
「……やあ。二人とも」
 そんな二人に掛けられた声は、塀の上から。
「あれ? フィーヱ……」
「っ!」
 そこに立つ十五センチの小さな少女は、いつものマント姿。だが、いつもの薄汚れた黒いマントに、今日は真っ赤な血がべったりとこびり付いている。
「どうしたの、その格好! 大丈夫!?」
「ああ。ちょっと、遺跡の南側まで行っててね……ちっ」
 どこか疲れた様子でそう呟くが……言葉の途中で、舌打ちを一つ。
「フィーヱ……?」
 そのまま無言で突き出したのは、刃を組み込んだ腕甲だ。
「動かないで」
 見据えるのは正面。鋭い剣気……いや、殺気に近い色を込めて、フィーヱは眼前を静かに見据えている。
「え……?」
「冗談……ですよね……? フィーヱ、さん……」
 フィーヱはその問いに答えない。
 沈黙をまとい、眼前のルードは一撃を叩き付けるべき瞬間を伺っている。恐らく今わずかでも動けば、ビークの一撃が容赦なく襲いかかって来る……相対する二人は、そう本能で理解する。
「まさか……」
 フィーヱはずっと巡回で野営地の回りを巡っていた。
 調査の間も、単独行動が目立っていた。
 今朝の話でも、まさかとは思っていた。
 けれど。
 黒いルードは、無言のまま。
 力一杯大地を蹴って、一直線に跳躍する。
 振りかぶるビークが貫いたのは……。


続劇

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