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遺跡調査編
 2.メレーヴェの遥かなる遺産


 朝から移動を開始して、やがて太陽の位置は中天へ。
「見えてきましたよ」
 最後の丘を越えれば、そこに広がるのは……。
「うわあああ………!」
 中央にそびえるのは、巨大な塔とも柱ともつかぬ白亜の建造物。そこから同心円状に、規則正しく玩具のような大きさの街区が広がっている。
 周囲の建物が小さいのではない。中央の柱が、大きすぎるのだ。
「こんなに広いんですか。メレーヴェの山岳遺跡って……」
 どうやらジョージの想像も超えていたらしい。最初に声を上げたきりのルービィと、その表情はさして変わらない。
「つか、どこ探せばいいか分かってんだろうな。こんだけ人数がいるって言っても、この広さを漠然と探すなんて無理だぞ」
 依頼主から、パーツのリストは預かっている。絵図面もあるから、それと照らし合わせれば探す事は出来るだろう。
 けれど、遺跡の大きさはガディアよりもはるかに広い。二十人やそこらの人数で探しきれるはずがないのは、火を見るよりも明らかだ。
「無論です。施療院の資料で北東のあの辺りが工業地区だった事が分かっていますから、そちらを狙います」
 ヒューゴの指したエリアは、広い遺跡のほんのわずかな一角。確かにそこをピンポイントで探すなら、この人数でも何とかなるだろう。


 街に入れば、そこから先の道を覆うのは隙間無く並べられた石畳だ。
「それにしてもすごいねぇ……。こんな建物、どうやって建てたの? 魔法? 神様の力?」
 丘の上からは玩具のように見えた白亜の街並みも、入り込んでみれば数階建ての巨大な屋敷がほとんどである。道も広く、彼等が持ち込んだ小型の馬車なら、四、五台が並んで通っても余裕があるだろう。
 大半は半ば崩れて原形を留めていないが、最盛期の都がどれほどの繁栄をしていたのか、ルービィには想像も付かない。
「そんな大したもんじゃないよ。古代人だって、出来ない事はたくさんあったんだし」
 だが、古代人のカイルには別に思う所があるのだろう。小さく呟き、驚く様子もなく周囲を眺めているだけだ。
「そうなんだ? こんなすごい建物が作れるのに?」
 建物どころか、このスピラ・カナンそのものも、もともとは古代人が住めるように整えたのだという。果ては月に生えた巨大な樹でさえ、彼等の乗り物だったと言うではないか。
 それだけの想像を絶する力を持っていてなお、出来ない事があるというのか。
「もともと古代人が月の大樹に乗って旅に出たのだって、そいつらにとっての神様に会いに行きたかったからなんだし」
「古代人の……神様?」
 世界を作り、星の海を渡る者達が神と呼ぶ存在。それがどれだけの力を持つのか、もはやルービィの考えられる範囲を超えている。
「神の住まう場所……『約束の地』でしたっけ?」
「ああ。古代主義者の言う、『本物のスピラ・カナン』って奴だな」
「スピラ・カナンって事は……神様は、神様の神様に会えたの?」
 スピラ・カナンとは、この大陸の名前であり、星の名前でもある。この地がそう呼ばれるということは、古代人達は『約束の地』で自らの神に会えたという事なのか。
「会えなかった。はりきって家を出たのはいいけど、結局道に迷って帰れなくなったんで、住めそうな場所を探してそこで暮らす事にしたんだよ。ダサいよなぁ……」
 未練がましい事に、行きたかった場所の名をその地に付けて。
「それが……この、スピラ・カナン」
 故に、古代人の力と技術を盲信する者達にとっては、本物ではない『偽物の』スピラ・カナンとなるのだろう。
「そ。だから、コウに会おうと思って旅に出て、ちゃんと会えたルービィちゃんのほうがよっぽどすごいってワケ」
「ふえぇ………」
 いきなり自分の分かる規模まで戻された話に、ルービィは目を白黒させるだけだ。


 もともと北部から侵入した事もあり、目指す場所まで辿り着くまで、それほどの時間は掛からなかった。
「とりあえず調査班は、何人かに別れて適当に見て回りましょう」
 隊を本部の確保と周辺調査のメンバーに分け、慣れた様子で指示を出す。
 今回の捜索対象は古代兵に関連する部品ばかりだから、うちの一つが見つかれば、関連する部品がまとめて見つかる可能性が高い。
「それらしい物が見つかったら、僕かカイルさんにでも声を掛けてください」
「……俺かよ」
 今回の調査で参加しているメンバーで古代兵の知識を持つのは、ヒューゴを除けば彼だけだ。他に頼りに出来そうなのは、ルードであるフィーヱくらいしかいない。
「頼りにしてますよ、古代人さん」
「……せめて可愛い女の子にそう言って欲しかったぜ」
 そもそもこいつも古代人じゃないのか。
 掛けられたジョージの声に、カイルは苦笑いを浮かべるしかないのだった。

 白亜の街並みを染めるのは、夕焼けの紅。
「成果ナシ……ですか」
 いまだ形を留めていた屋敷の一つ。その広間に地図を広げ、ヒューゴは受けた報告を口にしていた。
 今日の成果は、工場地区の確認と、それらしき機械の残骸がいくつか見つかった程度。残念ながら、古代兵に使える部品を見つける事は出来なかった。
「明日はもうちょっと北側を探してみましょう」
「そうだな。ジョージの指してる辺りも工場地帯なんだろ?」
 初日にいきなり手応えがあるなどとは誰も思っていない。ここからは、根気が物を言う世界だ。
 何しろ調査済みの領域は、まだ地図のごく一部でしかないのだ。
「ねえねえ。戻ってこない人がいるんだって!」
 翌日の方針が決まった所で部屋に入ってきたのは、ルービィだった。
「……戻ってこない? チーム全体がですか?」
「ううん、一人。チームの他の人も探してみたけど、見つからないって」
 こんな事が起きないようにとのチーム編成だったのだが……。
「事故にでも巻き込まれたんでしょうか」
 なにぶん古い遺跡だから、壁が崩れて下敷きになっているのかもしれない。もちろん、床が脆くなっていて地下に落ちた可能性もある。
「恐らくは。ガディアは長いかたですか?」
 ヒューゴの問いに、ルービィは首を縦に振ってみせる。半年ほど前に冒険者になったばかりの新米らしい。
 これだけの規模の遺跡調査は初めてだとも言っていたそうだし、油断してどこかから足を踏み外した姿は容易に想像出来る。
「ですが、この時間からの捜索は危険です。今夜は火を強めに焚いて、こちらの居場所が分かるようにしておきましょう」
 迷っただけなら、それを目印に戻ってくるだろう。
 動けないような怪我をしているなら……明日、無事であるように祈るしかない。
「だな。そのくらいしかないか……」
 まずは二重遭難を避ける事。その上で、明日の調査には行方不明者の捜索も加えること……。
 これが、彼等の出来る最善の選択だった。

「無事に……見つかるといいですね」
 ぱちぱちと爆ぜる炎を前に、ぽつりと呟いたジョージの言葉に、カイルも小さく頷いてみせる。
「ジョージはこういう経験は?」
「無いワケじゃないです。……カイルさんは?」
「この稼業、長いとなぁ……」
 ぼかした答えに、この仕事が危険と常に隣り合わせである事を改めて思い直す。
 結局昨晩、行方不明になった少年は帰ってこなかった。道に迷っただけという可能性は、大きく減った事になる。
「そういえばジョージ。あの古代兵が動いた時な」
 朝日に照らされる白亜の街並みを眺めながら、カイルは話を切り替える。
「パイロットの危機に応じて動き出す……って仕掛けが働いてたんだよな」
「パイロットの危機……?」
 暴走したリントとの戦いの時、古代兵は残されたエネルギーの全てを使い、廃坑からガディアのあの場所まで飛んできた。
 それは文字通り、誰かを助けるために飛んできた……という事なのか。
「あの場所に居たのは、モモちゃんとネイヴァン、ダイチ、アルジェントさんとナナト、忍ちゃんとリント、それから……」
 ここにいる、ジョージ自身。
「聞けばあの時、ジョージはサーキャットにやられそうだったって言うじゃねえか」
「お恥ずかしながら」
 パワータイプのジョージと、スピード特化のサーキャットでは、回避力に分があった。次に後れを取る気はないが、気恥ずかしい事には違いない。
「生き残ってるなら別にいいんだよ。問題は、お前が古代人で、記憶が無くて……そのタイミングで、古代兵が誰かのピンチに駆けつけたって事だ」
 そこまで情報が揃えば、答えを導き出す事はさして難しい事ではなかった。
「自分が……そのパイロットだと?」
 口の中で転がした言葉に、しっくりと来る感覚はない。それはカイルも同じらしく、難しい表情で頭を掻いてみせるだけ。
「もしお前にその気がないんなら、パイロット登録を俺に変えとくって手もあるんだが……」
「登録の変更ですか?」
 どうやらカイルの考えは、パイロット探しの先にあるらしい。そして恐らく、それは彼の名誉や力を得るための手段……という物ではない。
「ああ。もし古代兵の修理が成功して、エネルギー源が確保出来れば……最初に狙われるのは、パイロットだからな」
 敵ならば問答無用だ。だが仮に味方であっても、圧倒的なこの力をたかが冒険者に預けておく気にはならないだろう。
 だが、カイルは古代兵の整備技術がある。ある意味パイロットよりも貴重な整備要員の命を狙う可能性は、専任パイロットよりも幾らか低くなるはずだ。
「ま、今ん所は全部仮定の話だ。エネルギー源の確保も当分先だろうし、パイロットのJ.AYAKIって奴は女らしいから、何かの間違いかもしれん」
 何せ一万年前の機械だ。正常に動いているように見えて、誤作動があった可能性もある。一応チェックは掛けてあるが、それも確実なものではない。
「お前を裸にひん剥いて確かめるってのもなぁ……」
「え……」
 ジョージの細身の体をじろりと一瞥し、カイルは小さくため息を吐く。これが女の子なら意欲も湧こうというものだが、男にそんな事など、する気にもならない。
「…………カイル」
 そんな彼の背後から掛けられたのは、小さな声だ。
 少年を捜すために二人と離れて捜索を行っていたのだが、彼女もいまだ芳しい結果を出せないままだった。
「別に他人の趣味をどうこう言うつもりはないけどさ。お前、いくら女にもてないからって……」
 彼女の言わんとする事を一瞬で理解し、カイルは慌ててそれを否定する。
「違うっ! 俺はノーマルだっ! ってか女の子にモテないってどういう意味だ!」
「まあ、後はお好きに」
「だーかーらー!」
 全力で二人の視線を否定するカイルの絶叫が、無人の街に響き渡る。


続劇

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