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 あなたが『月の大樹』に入って最初に問うたのは、入り際にすれ違ったこの店の常連のこと。
「ハルキが出てった? ……いいのよあんな奴」
 いつまでも幼く見える店の主は、カウンターに頬杖を突いたまま、ぷぅと頬を膨らませている。おおよそどちらかが何かの勢いで告白でもして……恐らくはハルキの方だろう……恥ずかしくなったカナンが自棄気味に振ったという所だろうか。
「振っちゃったんですよ、カナンったら。せっかくハルキが北の遺跡に一緒に駆け落ちしようって誘ってくれたのに」
 そんな事を考えていると、カウンターにトテトテと寄ってきたルードの娘がこっそり耳打ちしてくれた。
 ここまで堂々とした駆け落ちもあったものではないが、まあ、案の定だ。
「こら、ちょっ! シノ! ……あなたもそんな目で見ないでよ」
 夫婦喧嘩は犬も食わないというし、二人のやり取りはいつもの事だから放っておいても良いだろう。
 それより心配なのは……この店に通う冒険者について、だ。
「大丈夫よ。ここに通ってる冒険者だって、アイツ一人じゃないんだし…………え?」
 それはそうだろう。
 けれど、あなたが心配だったのは……ハルキ一人の事ではない。
「ジムさんが挨拶に来たって……? ……北に行く? エンドロア? ……ランとリリアも!?」
 そう。昨日あなたの仕事場に挨拶に来た、熟練冒険者達の事だ。仕事の合間にわざわざ『月の大樹』までやってきたのは、朝食よりもこちらの話があったからだ。
「……あのヤローっ!」
 状況を合わせれば、ハルキとジム、そしてランとリリアがパーティーを組んだ事は想像に難くない。
 そして彼ら四人は、この『月の大樹』の精鋭と呼ぶに相応しい四人なのだ。
 もちろん困難な遺跡調査に挑むのだから、可能な限り優秀なメンバーを揃えたいというのは当たり前の話。とはいえガディアのような小さな街でそれをすれば、一つの酒場の主力をごっそり引き抜くに等しいわけで……。
「ちょっとどうしよう。もう漁師ギルドからの依頼、大丈夫って言っちゃったんだけど」
 先程までの拗ねた顔はどこへやら。
 力ない表情のカナンの様子に壁を見れば、依頼を示すメモ書きの中央、ひときわ目立つように貼ってあるのは……ガディアの冒険者達の春の風物詩。
「……うん。今年もツナミマネキが出てねー。今年はいつもより多いから、ほら、報酬も良くなってるでしょ?」
 見れば、報酬の額は普段の倍以上だ。実力者の数が揃えば美味しい仕事だろうが、もしも数が揃わなければ……危険手当と考えても割に合わない事甚だしい。
「……あなたに行けなんて言わないわよ。どっちかっていえば、その隣の依頼とか……お店に冒険者が来たら討伐の話をしてもらった方が……」
 ツナミマネキ討伐の隣に貼ってあるのは、討伐時の炊き出しの手伝い募集だった。酒場のメモは冒険者向けの者がほとんどだが、中にはガディアの住人に向けられたものもあるのだ。
「……頼める?」
 炊き出しの手伝いは考えたい所だったが、冒険者への案内は問題ないだろう。仕事の都合上、冒険者を相手にする事も多いし、人さえ揃えば良い小遣い稼ぎにもなるはずだ。乗ってくる冒険者は多いだろう。
「うん。ごめんね、今日のこれはオゴリにしとくから。ねっ!」
 分厚く切られたハムとチーズ、そしてそれを挟んだやはり分厚いパンを見て……彼女としては精一杯のサービスのつもりなのだろう……あなたはむしろ新手の嫌がらせかとも思ったが、さすがに口には出さないのだった。


続劇

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