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「いらっしゃい! この街は初めて?」
 カウンターに着けば、気さくにそう問うてくるのは向かいに立っていた少女だった。年の頃は十台の半ばか、後半あたりか。まだ二十歳にはなっていないだろう。
 あなたがこの街は初めてだと答えると、少女はふぅん、と呟き、コーヒーを差し出してくれる。
「ああ、気にしないで。その一杯は、初めて来てくれたお客さんへのサービスだから」
 注文をしてないが、と呟き掛けたあなたの言葉を人なつっこい笑みと共に遮って、少女は手際よく砂糖とミルクのカップを脇に置いてくれた。
 とりあえず何も入れないままで口に運べば……今まで飲んだ事のない味に、思わず眉を寄せてみせる。
「タンポポの根よ。大豆で淹れるより美味しいでしょ」
 確かに美味しいが、タンポポでコーヒーを淹れるなど初めて聞く。コーヒーはどこでも豆で淹れるものだと思っていたのだが……。
「ご注文は? 朝だから、あんまり手の込んだ料理は出せないけど」
 と、話を戻したのはあなたではなく、コーヒーを出してきた少女の方だった。
 昨日到着した時にとりあえずと飛び込んだ安宿で、既に朝食は済ませてある。軽い物を、と適当に注文すれば、少女は軽く頷いてパンとハム、そしてチーズの塊をざくざくと切り分け始めた。
 お世辞にも軽い量ではないその食材の群れを見なかった事にしながら、あなたは下働きらしい少女に店主に用があると問うてみる。
「……この店の主なら、あたしだけど?」
 しまった。
 そう、本能で理解する。
 少女の不機嫌そうな物言いや、明らかに温度の下がった周囲を気取るまでもなく、だ。
 よりにもよって、こんな一発目で店主の機嫌を損ねてしまうなど……。
 だが、ばつの悪そうな表情を浮かべているあなたの様子に最初に吹き出したのは、やはり目の前の少女だった。
「あはははは、ごめんなさい。冗談よ、冗談」
 周囲の温度も戻った事に安堵しつつも、タチの悪い冗談にムッとした表情を浮かべていた事を気付かれたのだろう。
「ああ、あたしがここの主だってのは本当。でも初めての人はみんなそう言うんだから、気にしないで」
 少女は目の端に浮かぶ涙を拭いつつ、自らの言葉を訂正してみせる。
「……本当だってば。もうこの店で十年働いてるんだから、信用して頂戴」
 この顔で十年と言われても、咄嗟には信じられない。草原の国や海の国の辺境では、物心着く頃に奉公に出されるという話を聞いた事もあるが、木立の国でそんな話は初耳だ。
「仕事の斡旋でしょ? そうね。だったらまずはあなたの腕前を見せて貰いたいから……シノ!」
 少女の言葉と共にあなたの目の前に降り立ったのは、身長十五センチのルードの娘だった。カウンターの上、壁から剥がしたらしい一枚のメモ書きを持ったまま、小さく一礼してみせる。
「………ツナミマネキ?」
 依頼の紙に記されているのは、そんな名の怪物の討伐依頼だった。漁師ギルドの依頼というからには海絡みの怪物なのだろうが、あまり聞き覚えのない名だ。
「沖合に出る大きなカニでね。沖にいるぶんには問題ないんだけど……この時期になると卵を産みに岸に寄ってくるのよ」
 言われてみれば確かに季節は春。そういえば海の国で、春のカニは卵を抱いて身が痩せているから食べ時ではない……という話を聞いた覚えもある。
 サイズの差はあれ、カニの生態はどこも大差ないのだろう。
「ただでさえ大きなカニだから危ないし、放っておいて凄い数で戻ってこられても困るし。定期的に、漁師ギルドや街から退治の依頼が出るの」
 見れば、報酬もそれほど悪いものではなかった。それにこうして紹介されるからには、難易度も腕試しとしてみるに手頃という事なのだろう。
「街の騎士団や他の腕利きの冒険者も来るし……まずは腕試しに、どう?」
 そして、あなたの返答は……。


続劇

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