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13.千年にわたる悪夢に、最後の一幕を

 続けざまの無連携を見据え、ロゥはぽつりと呟いた。
「出来るのか……俺に」
 彼が挑むのは、連携の先にある力。
 無連携を出せ、と言われた方がきっと簡単だったろう。
「俺じゃなくてアタシ達、でショ?」
 けれど、その力は自分達にしか出せない力だ。
 ならば、やるしかない。
「そうそう。莫迦は考えても仕方ないんですから」
 傍らで笑う少女達に、ロゥも苦笑。
「……言ったなお前ら。しくじるなよ?」
 重装をまとい、重矛を正面に。
 白い甲冑はあちこち煤け、細いヒビが走っている。
「大丈夫よ。ね、ドゥルシラ」
「ええ」
 イーファも超獣甲。細身の槍を片手に、悪戯っぽく笑ってみせる。
「メルディアも失敗しないでね」
「……その言葉、そっくりそのままお返しします」
 そのひと言でイーファの反撃を封じたメルディアも、大弓を備えた獣甲を身にまとう。
「なら、行くぜぇっ!」
 第二の無連携の渦も消えつつある。だが、その内にある圧倒的な気配は、まだ消えていない。


「オルタ様……」
 既に物理的な手応えにさえなりつつある気配を感じながら、ソカロはその名を口にした。
「……はい。すみません、ソカロ。全てを押し付けてしまって」
 薄緑の重甲冑は、時折かちかちと震えている。もちろんソカロのものではなく、オルタの震えだ。
「ウォードを助け、龍王と戦うと決めたのは、オルタ様でしょう?」
 無理もない、と思う。
 初めは一介の修道女だったのだ。獣機王イルシャナスのように王族にいたわけでも、獣機后ナンナズのように初めから獣機王としての自覚があったわけでもない。
「……はい」
 それが、数奇な運命を巡り、最後に辿り着いたのはこんな姿。
「ならば、その想いを貫くのは、騎士の務めです」
 だからこそ、自分がいる。
 怯え。恐怖。敵意。あらゆるものから主を支え、主の決意を押し通すために、騎士はいる。
「……ありがとうございます」
 震えは消えた。
 力が、溢れる。
「ならば! ソカロ・バルバレスコ、参る!」


「があああああああああああああああああああっ!」
 二度目の大渦を、龍王の絶叫が引き裂いた。
「……嘘っ。箱船の装甲でも、一発だったのに!」
 あの時の『無』連携は、獣機の力だけで成し遂げていた。超獣甲の力、獣機王の力を加えた今の連携は、技ひとつ取ってもあの時の数倍、数十倍の威力があるはずなのに。
「この程度で……」
 青く輝く右手の円環は、無限の再生を司る命の源。魂に結びついたその力ある限り。魂の死を迎えるまで、龍王の体が滅びる事は、ない。
「我が体、滅びると思うか!」
「思わねえよ!」
 龍王の問い掛けに答えたのは、ロゥの声。
「っ!」
 振り下ろされた黒い刃が、龍王の左腕を真っ二つに断ちきった。
 吹き飛ぶ左腕は、切断面から迸る黒い光に食い尽くされて。そのまま世界から姿を消し去られる。
「な……っ!」
 その傷を見て、龍王は小さく声。
 再生が、働かない。
 いや、再生は始まっている。それに匹敵する速さで、切断面から滅びが始まっているのだ。
「あなたの瞬間再生に抗う力だそうです」
 ロゥの声で喋る黒い巨神は、今度はメルディアの声で呟いて、大剣を提げた右手をすいと掲げてみせる。
 その手の甲に輝くのは、黒い光を放つ闇色の円盤だ。
「そうか……そういうことか……超獣機神!」
 獣機の神の絶対波濤。空さえ覆うその一撃に抗えるのは、空断つ牙の一撃のみ。
 必滅の力の名は……。
「遅い!」
 イーファの槍の鋭さで、牙の名を冠した大剣は縦横に振るわれて。
「……読……っ! 貴様らのっ!」
 無限の滅びに覆われながら、フェアベルケンの王は絶叫。
「龍王!」
 最後に迫るのは碧い風。
 オルタ・リングと、ソカロ・バルバレスコ。
「貴様らの、思い通りにはぁぁっ!」
 残された力は右腕ひとつ。けれど、その一撃があれば、世界に一矢報いる事は出来るだろう。
 獣機将一人を倒すくらいは、造作もない。
「っ!」
 ……はずだった。
 視界を遮るのは、たった一枚の黒い羽根。
 ひらひらと舞う黒羽根が、龍王の反撃をほんの一瞬だけ遅らせる。
「これで、終わりだっ!」
 ロゥ達から受け取った黒い光。空断つ力を宿したソカロの細剣が、まっすぐに放たれて。
 龍王の全てを断ち切った。


 振るわれるのは、握られた拳。
 放たれるのも、握られた拳。
 迫る拳をすり抜けて、突き抜ける拳はまっすぐに。
 クロスカウンター。
「……終わった、な」
 左の頬を打ち抜かれながら、獣王は静かに呟いた。
「……獣王様?」
 同じく左を打たれたシューパーガールは、その名に疑問符を。
 獣王の拳に、先程までの重さがない。
 カウンターを食らったなら、この数倍のダメージがあってもおかしくないはずなのに。
「……え?」
 ざらりとした砂のような感触があって、獣王の握り拳が崩れ落ちた。
「獣王様!」
 虎族の男はその場に膝を着き、へらりと笑み。
「ああ。ワイも、龍王様から力をもらって作られた、クローンやからな」
「……くろーん?」
 もはや戦いどころではない。崩れていく獣王の手を取り、ミーニャはその名を繰り返す。
「あのアリの後継者……なん言うたかな。フォル何とかって」
「フォルミカ?」
 その問いに答えたのは、近くで戦っていたはずのイシェだった。どうやら、ミンミとの戦いにも決着が着いたらしい。
「せやせや。あいつと同じ、おんなじ顔のがたくさんおるっちゅー事や」
 龍王の力が途絶えた今、その兄弟達も消えつつあるはずだ。クローンの創造を司るスピラ・カナンも堕ちた今、獣王が蘇る可能性は無いに等しい。
「そんな……」
「そんなもないやろ。幻獣王でも千年しか生きられへんのに、普通のビーワナがそんな長生き出来るもんかい」
 両足も、既に砂と消えていた。
「気にかかるんは、他の連中やけど……。あの兎仮面と嬢ちゃんは、姫さんの下に付いたみたいやからエエとして……」
 けれど、滅びを前にしても、獣王はいつものだらしない笑みを絶やさぬまま。
「そっちのでっかい兄ちゃん、ミンミは?」
「魔法で逃げたよ」
 魔法陣の多さから、短距離の転移ではないだろう。今はどこにいるか、彼女以外の誰にも分からない。
「ならええ。姉ちゃん、ヒルデは?」
「無事だよ。安心しな」
 獣甲破りの大剣を受けたヒルデは、シグの膝枕で静かに寝息を立てている。疲労は酷いが、大きな傷はない。
「図々しい話なんやけどな……。ワイが死んでも、その連中は責めんといてくれんか?」
「ああ。全部お前らのせいにしとくよ」
 ベネの言葉に、目を細めて。
「そうか。ありがとなぁ」
「獣王様!」
 だらしない笑顔を、砂と変え。
「ほなな。シューパーガール。その正義、大事にせえよ」
 フェアベルケンの獣の王は、戦いの終わりを告げる風の中、静かに消えていく。


「あああああああああああっ!」
 世界を震わせるのは、龍の王者の叫びだった。
「まだ……生きてる!?」
 全身を黒い光に冒されて、まともな再生は働いていない。指先や肩口の細い箇所は、既にこの世から完全に消滅しているというのに。
「マジかよ……」
 その瞳には、強い意志が宿ったまま。
「もう力なんか、残ってねえぞ……」
 二段の無連携に、超獣機神。持てるカードは全て切った。
 もう、これ以上の力はどこにもない。
「……安心しな……こっちにも、もう戦う力なんか残ってねえ。タイムリミットだ」
 無貌のはずの龍王の顔に、薄い笑みが浮かんだ気がした。
 憑き物の落ちたような声は、もはや戦いの意志を孕んではいない。
「千年の……寿命?」
「そういうこった。爆炎の王」
 龍の王は千年を生きる。青のディスクで体の滅びは止められても、魂の滅びまで止める事は出来はしない。
 その千年の寿命に、至りつつあるのだ。
「滅びの力、黒のディスクは生まれちまった。月詠を変えようと頑張ってはみたが……結局、俺程度じゃ無理だったようだなぁ」
 自分の右手を確かめるロゥに、龍王は応と呟いた。頷こうにも、頷く力が残っていないのだ。 
「ディスク……。超獣機神の事か……?」
 既にロゥ達は超獣機神を解き、三人の姿に戻っている。けれどあの瞬間、確かに黒い巨神の右手には、龍王と同じ円盤が輝いていた。
「ま、上手く使え。やろうと思えば、この世の全てを無かった事に出来る力だ。この通り、神だって……超えられる力だぜ」
 司る力は無限の滅び。
 全てを滅ぼすリセットの力。
 力の一端は、龍王の体をもって示された通り。
「ああ、青のディスクはちゃんと置いてってやるよ。爆炎のヤツにくれてやるなり、自分らで使うなり、好きにしな」
 滅びの黒に覆われた右手を軽く振れば。青い円盤が音もなく外れ、オルタの元へと飛んでいく。
「停滞の時間はもう終わりだ。滅びに進むか、平和がもう十万年続くか……黒のディスクでリセットするか。後は、お前らで決めな」
 緩やかな風が吹き。
「じゃあな」
 その言葉を残して、千年を生きた魔王は永遠に姿を消した。



続劇
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