9.正義と絶対の正義と 戦いは続いている。 フェアベルケンの青の民と、フェアベルケンの絶対正義の戦いが。 「いい。じつにいい」 終わる気配のない戦いの中、そいつの視線はただ一点に注がれている。 「流石だね、イシェファゾ・ムレンダク……」 炎をかいくぐり、戦棍を叩き付ける男の姿に。 「そう思わないかい? ……」 傍らの女にそう呟き、そいつは視線を戦いから逸らさない。 その光景に、龍王は無言で軽く眉を動かすだけだった。 「…………」 クロウザも、語るべき言葉を持たぬ。 「だいじょうぶ?」 ただコーシェのみが、小さく呟くだけだ。 「……ああ」 周囲を包む光の壁に、クロウザはようやく言葉を紡ぐ。 龍王の水弾を無数に受け止めてなお、揺らぐ気配のない防御結界。 無論、コーシェひとりの力ではなかった。 真っ白なフードと、その先に付いたネコの耳。ひらひらと風にゆれるのは、フードと同じ真っ白なマント。 片手に提げるのは、複雑な文様の組み込まれた長い杖だ。 「クロウザさん」 フードをまとったそいつは、コーシェの声でその名を呼んだ。 「超獣甲……か」 こくりと、コーシェは首を振る。 「……さすが、魔法王の裔よ」 超獣甲によって増幅されたとは言え、あれだけの攻撃を防ぐのは並大抵のことではない。龍王も素直に感嘆の声を上げる。 「よそ見する暇はあるのかなっ!」 しかし、そこに襲いかかったのは鋭い声と、鋭い刃。それをかわせば、大地を揺るがす衝撃が来る。 ソカロの斬撃とマチタタの爆撃の連続攻撃に、コーシェを倒すための次弾を用意する暇もない。 「クロウザさん」 「……助かる」 コーシェの左手に宿る淡い光が、舞い散る黒羽根を集め、その姿をもとの翼へと換えていく。どうやら超獣甲をまとうことで、彼女の治癒魔法の対象範囲が大幅に拡大されているらしい。 「損耗度が三割を切りました。行けます」 カヤタの言葉に黒翼をひと打ち。 ソカロとマチタタの攻撃を悠然と受け止めている幻獣王に、視線を絞る。 「ネコさんも、ありがとね」 「ふぅ。ボクがいないと何にもできないんだからね、コーシェは」 その言葉を紡いだのは、コーシェ自身の唇だった。もともと喋れない猫は、超獣甲として重なり合うことで、コーシェの声を借りているのだろう。 「なら、その子の事は貴公に任せて良いな」 「うん。任されてよ」 口調こそ軽いが、言葉の内には剣さえ秘める。 大気を打ち据える翼と逆巻く風の中でも、コーシェは正面を見据えたまま。 「ならばカヤタ、征くぞ」 黒い翼は結界を抜け、再び空へと舞い戻る。 「はい」 クロウザ、参戦。 目の前にあるのは、揃え伸ばされた鋼の指だった。 「さて。まず一人……と」 獣王の手刀だ。 刀の銘を与えられた技は伊達ではない。踏み込み、押し徹せば、超獣甲すら貫くことが出来るのだから。 殊にそれが、獣の王の技ならば。 「……悪いね、シグ」 対するベネは、大地に腰を下ろしたまま。 「いいよ。ベネ、一生懸命やったもん」 最後の切り札は通じず、双の剣も砕けて折れた。双の拳は残っているが、全ての力を使い果たした今、それだけで獣王に勝てるなどとは流石のベネも思わない。 「……アンタに慰められちゃ、お終いだね」 ベネの顔に浮かぶのは、苦笑。 彼女は本来傭兵で、冒険者だ。戦場や迷宮の奥底で果てる覚悟など、とっくに出来ている。 探していた姉も無事に見つかった今、心残りはあまりない。 「こっちも大所帯やけど、なんせ数が多いからな。サクサク行くで」 「ああ。せめて、ひと思いにやっとくれよ?」 「おう」 そして、超獣甲の手刀が突き込まれ……。 「っ!」 なかった。 そこにあるのは、手刀に貫かれたベネの姿ではない。 「貴様……」 手刀を受け止める、少女の姿。 両の手で鋼の刃を挟み込み、受け止める。 「シューパーガール!? 一体どこから……」 「正義は何処にでも現われるっ!」 叫びと共に、手刀を挟んだ両手が振り上げられた。ティア・ハートに増幅された力が、獣王の巨躯を持ち上げ、弾き飛ばす! 「……せやな」 獣王は慌てた様子もなく、空中で三度回り、音もなく大地に降りたった。 シューパーガールの追撃はない。 来るわけがない。 それが分かっていたから、男は体勢を立て直すことに専念できたのだ。 「納得するんかい」 答えがないことに肩をすくめ、ベネは後ろへと下がっていく。 戦いは既に彼女達のもの。なら、自分は出来ることをするしかない。 「それより、シューパーガール。決着の着いた戦いに横槍入れるなんて見苦しいで?」 「見苦しくなんかない!」 男の苦笑を、少女は一刀のもとに切り捨てる。 「ほぅ」 叩き付けられた即答に、獣王の笑みの質がわずかに変わった。 「今日は負けても明日勝つ! 諦めなければ、きっと勝てる! たとえ百万年かかっても!」 「……ワイらの十万年を否定する気か」 「それが、正義でないならば。諦めの結果だったとしたら……」 否定します。 そう、正義の味方は言った。 「諦めなければ、ディエス様と獣王様が戦うことは、なかったはずですから」 へらりと笑って、少女の言葉の続きを待つ。 「だから、あたしは諦めたくない! 諦めない!」 少女の戦衣が放つのは、太陽の輝き。 主の想いに応じて応える、ティア・ハートの本当の輝き。 「戦って、ぶつかって、なお諦めない意志こそが正義! ならあたしの正義は、ぶつかって諦めることを諦めないこと!」 輝きだけで分かる。彼女の想いに、揺らぐ物はひとつも無いと。 「良う言うた! ならばお前の『諦めない正義』、見せて貰おうか!」 吠える獣王に少女はついに駆けだした。 正面へ。 叫ぶと当時、獣の王も走り出す。 正面へ。 「そしてワイの、絶対正義を打ち砕いて見せろ!」 拳と拳のぶつかり合いは、容赦なく正面から。 背後から襲い来る炎の弾丸を、無造作にバラ撒かれた火球が端から撃ち落とした。 足元、背後、死角。 圧倒的な物理量、あるいは相手の力の及ばぬ範囲から攻めるのが魔の力の本領だ。魔術師の戦い方に、正面から正々堂々と、などはありえない。 「良かったの? あの子を行かせて」 「別に」 苛烈さをより増した炎の襲撃にも、イシェは表情ひとつ変える様子がない。 戦場をイシェに任せたシューパーガールは、今は丘の麓で獣王と戦っているはずだ。 「それより、お前こそ良かったのか?」 「何が?」 飛んでくる火球を炎の壁で打ち消しながら、ミンミも表情ひとつ変えはしない。 「あいつと、随分仲が良いみたいだけど」 その表情が、わずかに緩んだ。 「あの子の事は気に入ってるけどね。それより、あなたは平気かしら?」 ミンミの言葉に、イシェは眉をひそめる。 戦局に変化はない。ほとんど一方的に攻めるのはミンミで、イシェは端から撃ち落とすばかり。イシェの反撃は皆無で、たとえ有ったとしてもミンミの防御魔法を貫けない。 それでも、負けてはいない。 勝つことよりも、負けないこと。 負けなければ……。 そう思った瞬間。 「シューパーガールがいたからちょっとだけ手加減してたけど……」 ミンミが指をぱちんと鳴らす。 「あなた一人なら、容赦しないわよ?」 同時に、大地が揺れた。 駆けるイシェが踏み込んだ大地が炸裂し、天地を繋ぐ炎の柱を生み出したのだ。 「……ほらね」 全てを焼き尽くすのが炎の本質。それは、正義も悪もビーワナも赤の後継者も超獣甲もティア・ハートも龍王もミーニャも関係ない。 ただ等しく、灰燼と化すのみだ。 「なるようになるさ」 しかし、全てを焼き尽くすはずの劫火の中で、そいつは静かに呟いた。 炎は全てを焼き尽くす。 ただ、焔だけは灼き尽くす事が出来ぬ。 「こっちも気兼ねなく行けるってもんだ」 ミンミの炎を焔の一振りで吹き祓い、イシェは静かに棍を構え直す。 鋭い風が、戦場を轟と吹き抜ける。 「く……っ!」 しかし、銀色の輝きの前ではその疾風も軽く受け流されてしまう。 「どうしたの! 貴女の腕は、こんなもの!?」 叫ぶと同時、槍を回して死角から飛んできた光の矢を叩き落とす。 死角からの攻撃は銀光をまとう超獣甲が教えてくれる。 獣甲使いにまともな死角など存在しない。だからこそ、連携した攻撃が必要なのだが……。 「イーファ様、邪魔っ! 当てちゃいますよ!」 イーファはがむしゃらにシェティスに突っ込み、軽くあしらわれるだけだ。援護に回るメルディアの想いを、一つとして理解していない。 「アナタのヒョロヒョロ矢に当たったりなんかしないわヨ!」 そう言ってなお、シェティスに向かって加速するイーファ。 「…………」 「ご主人。押さえて、押さえて、な?」 対するメルディアは、グレシアの言葉に答えない。 無言のまま重甲冑に仕込まれた大型弓を構え……。 「ひゃっ!」 巻き起こるのは、豪雨の如き光の矢の乱打。 「もう、イファが焚き付けるからーっ!」 ドゥルシラの悲鳴も、まとうイーファ以外にはかき消されて聞こえない。 「当てないって言ってるんだから当たらないでショ! 後はドゥルシラが何とかしてっ!」 「ちょ、ちょっとっ!」 背中から吹き付ける光の雨の中、イーファだけは迷うことなく直進を選ぶ。まるで、メルディアの矢など一本も当たらない事が分かっているかのように。 「でえええいっ!」 迷い無き一撃が下されるのは、光矢の雨を受け流すシェティスに向けてだ。 「……少しは、やるようになったか」 シェティスは光矢の防御に両手を塞がれている。イーファの一撃を避ける術など、どこにもない。 けれど、焦りの表情などどこにもなかった。 「なればこそ、こちらも戦い甲斐があるというもの。シスカ、レベル3……マニューバ!」 鋭い声と同時、シスカの銀色の装甲を淡い光が包み込んだ。 次の瞬間、そこに光矢を受け止めていたシェティスの姿は無く。 「きゃああああああっ!」 イーファとメルディアが、同時に吹き飛ばされる。 |