11.勝利と、敗北と 「ラピス! シルバーカートリッジ!」 力強い声と共に、クワトロの両手から閃光が連打した。『銃』と呼ばれる魔法に似た遠隔打撃は、砂煙の中に次々と吸い込まれていく。 (やったか……?) 次の瞬間、砂煙が爆発した。 「ラピス!」 獣甲に呼びかけるまでもなくクワトロの顔を仮面が覆い、砂塵を防いでくれた。面頬の内側にある水晶盤が砂塵の向こうにある光景を映し出し、奥にある『何か』の正体を素早く見極める。 「……翼!?」 漆黒の『何か』がこちらに襲いかかるのと、ラピスの騎体が自動で回避運動を取るのは、全くの同時。 白亜の石畳の上を二転、三転し、クワトロは膝立ちに銃を構える。 一陣の風が吹き、砂煙を吹き払えば、その向こうにあるのは黒い翼を持った異形の獣機だ。 「黒翼の獣機!? 処刑場に現れた奴か!」 確かあの獣機は、フェーラジンカに敵対していたはず。話し方次第では、味方とならないまでも中立でいてくれるはずだ。 「そこの黒い獣機! こっちは、あんたに手を出すつもりはない!」 クワトロの言葉にも、異形からの反応はない。 いや、こちらにゆっくりと騎体を向け…… 「……ッ!」 無数の黒翼を刃と変え、嵐の如き一撃を叩き付けてきたではないか! 「くそっ……本当に死神かよ、こいつっ!」 「マスター!」 回避運動を取ろうにも、ラピスも突然の攻撃に臆したか、獣甲そのものが動かない。 だが。 黒翼の弾幕はクワトロの脇を抜け、背後から迫る兵達を正確に撃ち抜いていた。 「……そういうことか」 指一本でも動かせば、弾幕はクワトロに当たっていただろう。だからこそ、ラピスは騎体を動かさなかったのだ。 「不戦の件は承知した。私も、貴公らと争う事が目的ではないしな」 ゆらり、と黒翼をはためかせ、漆黒の獣機はアークウィパスの空へ悠然と舞い上がる。 何かは分からないが、己の目的とやらを果たしに行くのだろう。 「さて。ならば、俺も俺の目的を果たしに行くか。シルバーカートリッジ!」 双銃を乱射して城門を吹き飛ばすと、獣甲をまとったクワトロは進撃を開始する。 「ボンバーミンミ。ようやく見つけたわ!」 赤い少女を正面から指差し、ミーニャは鋭い声を放った。 「貴女、何を企んでるの!」 いつの間にやら壁の上に昇り、ゴーグルを掛けている。この状況ではミーニャと呼ぶより、シューパーガールと呼んだ方が適切だろう。 「個人的に欲しいものがあるだけよ。っていうか、探してたのはジークなんじゃないの?」 「あれはついで!」 厳命を速攻でついで呼ばわりして、ミーニャもといシューパーガールは壁の上から飛び降りた。 くるくる回って、見事に着地。 「とりあえず、貴女の陰謀を止めるのが最優先事項!」 「最優先は良いけど、あたしは世界を滅ぼす気なんか、ないわよ」 気合十分なシューパーガールの言葉を、炎の魔女はどこか呆れたように受け流す。 「当たり前じゃない! そんな事、あたしが許さない!」 「……でも、赤の後継者は、この世界を跡形もなく消そうとしている」 真剣な表情で呟いたミンミの言葉に、シューパーガールは耳を疑った。 「……何ですって?」 世界を跡形もなく、消す。 征服するや滅ぼす、ではない。 消す。 跡形も、なく。 「知らなかったの? 彼等の最終目的を」 赤の後継者の事はアイディから少しは聞いていた。グルーヴェの裏で暗躍する、『有り得ない聖痕』を持つ悪の一団なのだと。 この内乱の原因も、恐らく彼等の仕業によるものだろう、と。 「あたしは奴らを倒して、あたしのやりたい事をするの」 それを調べる為、アイディはミーニャやクロウザと離れ、今は南方レヴィーの地にいるはずだ。 「もう少し勉強してからおいでなさい。それじゃあね」 それだけ言うと、ミンミは一陣の風と共に姿を消した。ジークと合流する為、転移したのだろう。 「あ、ちょっと!」 慌てて呼び止めるが、既にミンミの姿は消えた後。もちろん魔法の使えないシューパーガールに、彼女に追い付く術はない。 「いたぞ! 追いつめろ!」 城門の騒ぎを聞きつけたか、外郭に残っていた兵達が駆けてくる。 「って、そんなんばっかりー!?」 ひとり残されたミーニャも、慌ててその場を後にするのだった。 白い閃光が、ロゥの体を雷光の如く駆け抜けた。 「く……っ」 正面に突き出したままの両腕には力が入らない。びし、という雷音と共に、白い鎧に包まれた少年の膝が崩れ落ちる。 箱船の主装甲さえ撃ち抜くハイリガードの一撃を、生身で放ったのだ。その衝撃をまともに受けて、体が動くはずもない。 だが。 「惜しかったな」 ロゥの目の前に立つのは、血の色をした超獣甲をまとう、隻腕の巨漢の姿。 「……お前が義碗だった事、忘れてたぜ。ドラウン」 左腕を盾にし、本体への直撃を防いだのだろう。甲冑の表面にはロゥの放った白雷がいまだ残っていたが、致命傷といえるほどのダメージを受けた様子はない。 「ほぅ。気付いていたか」 右腕一本で血色の大剣を振り上げ、赤兎は静かに嗤う。 男が義腕である事を見抜いた敵など、今まで数えるほどしかいなかったからだ。 「……そんな事まで、忘れているのか」 男に腕を喪った時の記憶はない。 だからロゥの嘆息の意味も分からなかったし、そもそも気にしようとも思わなかった。 「残念だが、これで仕舞いだな」 構えた刃には怒りも憎しみもない。ただ『敵を倒す』という意志だけを籠め、天に構えたまま。 「では、さらばだ」 無表情な言葉と共に大剣は大地を割り。 同時に、一陣の黒風が戦場を駆け抜けた。 ベネの衝撃を形にするかのように、刃を包んでいた黒い炎がすいと消えた。 「バカな……」 八騎目の獣機を倒した時は、まだ味方の兵士達は健在だったはず。その後九騎目を速攻で倒し、ベネは最後の一騎の相手をずっとしていた。 獣機に襲われた可能性は、ないはずだ。 「まさか!」 「ううん。獣機の反応は近くにないよ」 十一騎目はいないらしい。 だが、獣機以外に一瞬でこれだけの兵士達を倒せる相手など、魔術師か、あるいは…… 「ベネ!」 シグの叫びより先に、闘気を感じた体が反応した。 「ちぃっ!」 双の剣で受け止めるが、その打撃は凄まじく重い。上から叩き付けるような打撃でなければ、超獣甲をまとったベネですら吹き飛ばされていただろう。 衝撃に籠もった加速が消えた所で弾き返せば、打撃の主は優雅に宙を舞い、身軽な動きで大地に降り立った。 「なんだい……このおこちゃまは」 そこにいたのは、少女だった。 しかも、驚くほどに場違いな姿をした。 「ぁぅー。ひどいなぁ。あなたもそんなに違わないでしょ」 体より大きな斧を提げたメイド娘は、ベネの言葉ににが笑いで抗議する。大人達に子供扱いされるのは慣れていても、さすがに同年代から子供扱いされるのは嫌らしい。 「待ちな。そのひらひら、何処かで見たこと有るよ」 マチタタの抗議を聞かなかったことにして、ベネは虫食いだらけの記憶を辿る。 そう。お世辞にも実用的とは言えないそのメイド服は、確か…… 「……ココ城のメイドが着てたヤツだ」 ギルドの仕事で何度か行った城で見た服だ。しかし、ココならまだしも、グルーヴェの辺境でその服を見る理由が分からない。 「プリンセスガードだからねぇ。戦場くらい出るよ」 「女の子囲ってるって評判の色キチ姫様かい。悪いけど、お姫様の道楽なら帰ってもらえないかね!」 道楽で味方を端から倒されてはたまらない。 ベネは炎の加護を失った双剣を構え直す。先程の攻撃力といい、あまり戦いたい類の相手ではないが……。 「……前半はべつに否定しないけど、後半は撤回してくれないかな」 ぽつりと呟き、少女も大斧を片手で持ち上げた。小さな体に似合わぬ、恐るべき膂力の持ち主だ。 「事実だろう! とっとと国元に帰りな!」 「帰って良いなら、とっくに帰ってるって!」 互いの叫びと共に、迅さと力が正面から激突する。 「離せ……畜生っ!」 黒い風の中で、白い外套をまとう少年は幾度目か分からぬ叫びを放っていた。 周囲全てが黒いのだ。どうやら高速移動しているようだが、何しろ周りが見えないため、状況が全く分からない。とりあえず、死んだわけではないようだが……。 「若い命、無駄に散らすこともあるまい」 黒の中で響くのは男の声だ。 赤兎を相手に力を使い果たし、死を覚悟した次の瞬間、気付いたらこの黒の中にいた。それからずっと、この男との問答が続いている。 「それとも、あの場で死ぬか?」 「ぐ……」 しかし、そう言われては、返す言葉がない。 ロゥとて分かっているのだ。今の彼では、超獣甲という圧倒的な力を手に入れた赤兎には勝てぬ事を。 「今は退け。少年」 男の言葉と共に、漆黒の束縛がわずかに弛む。 外に見えるのは白亜の迷宮。どうやら、まだアークウィパスの上空を飛んでいるらしい。 「……そうだな」 そんな中、ちらりとある光景が見えた。 「ああ。鬼天と戦う時は、またいずれ来ようさ」 「だが、今ここに居る気はない! ハイリガード!」 呟いた青年の言葉に獣機の娘は息を飲むが、苛立つロゥはそんな事に気付かない。 「う、うん……」 少年の勢いに押されて白い炎を解き放てば、黒い闇は拍子抜けするほどにあっさりと道を空けた。 そのまま光の中へ飛び出せば、そこは空中だ。ロゥの意志に応えるように背部のスラスターが吠え、一気にその場を離脱する。 (あの人達、姉様の事を知ってる……?) その動作は、闇の正体を見極めるよりも。そして、闇の中の青年が少年を引き止めるよりも、はるかに迅い。 「……やれやれ。無鉄砲が過ぎるのも、考え物だなぁ」 あっという間に姿を消した少年達を見送り、クロウザは穏やかに笑う。 彼自身、先日鬼天と戦った時のダメージがまだ残っており、本調子ではない。一般兵程度ならともかく、獣甲使いを相手に勝てる気はしなかった。 先程クワトロから休戦を申し出られたのは、ある意味都合が良かったのだ。 「……何か言いたそうだな、カヤタ」 「いえ。別に」 クロウザの言葉に一言も返さぬ相棒に、青年は訝しげに首を傾げるのだった。 弾かれたイーファの大槍が、くるくると宙を舞った。 「そんな動きで、私を止めようなどと思っていたの? イーファ・レヴィー!」 落ちてきた槍を自らの細槍で弾き飛ばし、シェティスは強く言い放つ。 獣機との呼吸は確かに良くなった。この短期間で超獣甲を会得したことも称賛に値する。 成長速度だけ見れば、あのロゥ・スピアードさえ凌ぐだろう。 だが、まだまだだ。 「イファ、落ち着いて」 「分かってる!」 得手の槍を失ったイーファが構えるのは、腰の長剣である。 槍対剣。 圧倒的に不利な状況にあってなお、その瞳は戦う意志を失っていない。 「心意気は買うわ。でも……」 銀翼が天を駆け、銀光が閃いた。 剣の間合に数倍する位置からの痛打に、イーファの長剣が弾き飛ばされる。 「私を止める気なら、殺す気で来なさいっ!」 叫びながら、シェティスは無意識に己に問うていた。 彼が再び自分の前に立ち塞がった時。果たして彼は、自分を殺す気で向かってくるのだろうか、と。 だが。 「破ァァァァッ!」 その答えは、思ったよりもはるかに早くやってきた。 音の速さで襲い来る、殺意の斬撃として。 「ッ!」 とっさに身をひるがえすが、殺す為に放たれた一撃は、刹那の迅さで間に合わぬ。 返した髪が半ばから断ち切られ、舞い散る銀光が砂漠の陽光を弾き返す。 離脱していく銀翼の獣機を見据えたまま、ロゥは残っていた超獣甲に声を投げた。 「イーファ。大丈夫か?」 「え……ええ」 逃げる銀色のギリューは凄まじく速い。重装型のハイリガードの機動力では、もう追いつけそうになかった。 イーファを助けられた事を良しとし、ロゥはとりあえず矛を収める。 「あれが向こうの獣甲使いか?」 「……え?」 だが、問われたイーファは訝しげな返事を寄越すのみ。 「ロゥ、何言ってるの?」 長く美しい銀髪に、陽光を弾く白銀の直翼。かつては味方だった勇壮なその姿を、見忘れる者がいるとは思えない。 ましてや、ロゥ・スピアードともあろう者が忘れるなど。 「あんな奴初めて見るぞ?」 見知らぬ相手にイーファがやられそうだったからこそ、ロゥも慌てて飛び込んだのだが。 「ロゥ……。あれ、シスカだヨ」 「……何だと?」 ロゥの驚きに重なるよう、アークウィパスに五色の信号弾が打ち上がる。 それは、アークウィパス駐留軍の撤退を示す、敗北の合図だった。 |