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 早暁の空を、鋭く飛翔する影があった。
 鳥ではない。シルエットだけ見れば、鳥と言うより魚やそれに類するものと見えただろう。フェアベルケンの民ならば、魚族のビーワナと言ったかもしれない。
 だが、それは魚でも、人魚でもなかった。
「急いで、ドゥルシラ!」
「ええ!」
 鋼の構造材の中、少女の真剣な声が響き渡る。
「だが、本当なのか? あの娘の言った事」
 レヴィー領からアークウィパスに向かう途中に出会った少女。彼女から告げられた言葉を思い出し、同乗していた青年も表情を硬くする。
「分からないヨ! でも、あの子の持ってたブラディ・ハートの力は……」
 本物だった。
 少女は力の存在を示すだけだったが、もし彼女がドゥルシラに対して敵意を持っていたら……そう思うだけで、イーファの背中には冷たい物が走り抜ける。
「あれを使われちゃ、赤とやらの思いのままって事か……」


ねこみみ冒険活劇びーわな
Excite NaTS "Second Stage"
獣甲ビーファイター
#2 グルーヴェの紅き海(後編)

6.第一次ラーゼニア会戦

「弓兵、射ェっ!」
 フェーラジンカの厳かな号令が、戦いの開始を合図した。
 その声に答えて動くのは直線的なラインを持った重甲冑の群れだ。各々が身長ほどはあろうかという長弓を引き、次々と鋼鉄の雨を戦場に降らせていく。
 無論、その合間には一般の弓兵も立ち、接敵を阻む事に力を貸している。
「おいおい、こんな作戦で大丈夫なのかよ……」
 自らの獣機に大弓を射させつつ、ロゥは戦況の映し出されたパネルに視線を落とした。
 ミクスアップ軍との距離は、獣機の弓の限界射程ほど。確かに、狙えば当たる距離だ。
「今の所当たってるんだから問題ないだろ」
 そう言ったのは隣で弓を引いているベネンチーナだった。
 フェアベルケンの大規模戦は乱戦が主体で、弓兵が主役になる長距離戦は滅多にない。弓兵が重視されるのは、少人数での競り合いの時だけだ。
「私だって、こんな怖い事やりたかあないさね。魔術師どもを信じるしかないよ」
 理由は簡単。射撃戦の有効距離と、範囲破壊魔法の間合が同じだからである。
 ちまちまと弓を討っている間に、自軍をまとめて殲滅されてはたまらない。乱戦に持ち込んで範囲魔法を封じる方が、余程被害が少ないのだ。
 監視の魔術師達がいるおかげで、敵の魔術師が大きな魔法の準備を始めているかどうかくらいは分かるが……それでも、矢面に立つ兵士達のプレッシャーは並の物ではない。
「ベネ、あの鎧は使えないのか?」
「あの嬢ちゃんが無理だって言ってたろう」
 ロゥの言葉にベネはため息を一つ。
 獣機の動力源に直接干渉するブラディ・ハートは、超獣甲でも防げないという。そんな厄介な相手であるからこそ、ジンカ達はこんな面倒な戦い方をしているのだ。
「ハイリガード。そういえば、お前……」
「……ごめん。あたし、あれ、使えないの」
「……そうか」
 重苦しい回答に短く応じ、ロゥは無言で弓矢の支援を再開するのだった。


 対するミクスアップの陣営では、時告鳥の中年男がヒステリックなわめき声を上げていた。
「射撃戦だと……非常識な! こちらの被害はどうなっておる!?」
 もちろんその矢面に立ったのは、彼の補佐に付く黒鎧の騎士フォルミカだ。もっとも今日は隣に立っておらず、彼の駆る黒い獣機の中からの返答だったが。
「『矢避け』を展開しております故、深刻な被害にはなっておりませぬが……。獣機の矢は並の威力ではありませぬ。これ以上の接近は無理かと」
 射撃戦が廃れたもう一つの理由が、これだった。魔法で勢いを削がれてしまうため、少々の剛弓なら距離さえ置けば何とかなってしまうのだ。
 魔法に疎遠なグルーヴェでも、この程度の宮廷魔術師くらいはいる。
「ええい、近衛にレヴィー家の弓使いが居ったろう。あ奴にどうにかさせい!」
「は。既に後方より支援に入らせております」
 その瞬間。
 天空より、閃光の雨が降った。
「……な!」
 それを見、一人は絶句。
 もう一人は漆黒の獣機を駆り、上方へ飛翔する。
「ちぃっ!」
 上方からの加速を得た光の雨は矢避けの結界を容易く貫き、魔力から組み替えられた純粋な鋼は獣機結界の干渉などものともしない。
 唯一阻むのは、天空へとかかげたフォルミカの黒い盾だけだ。
「閣下、ご無事か!」
「ど……どどど……」
 そう。
「どうして、味方を撃つ!」
 メルディアの矢が飛んできたのは、ミクスアップの陣営であったのだ。


「ご、ごごご、ごしゅじんーーーーーーーっ!」
 周囲から聞こえる裏返った慌て声に、メルディアの反応は極めて冷静だった。
「ついでよ。受け取りなさい!」
 二射、三射。次々と放たれる鋼の弾幕は、紅い魔石を装備した兵士の群れを少しずつ削り取っていく。
 六射目を射た所で、水晶盤に反応が来た。
「ほら来た。識別……『ヴァーミリオン』!」
 フォルミカの乗っている漆黒の獣機だ。速度こそ迅いが、遠距離の武器は積んでいないはず。
 矢筒に収められた巨大な鋼矢をまとめて引き抜き、素早く番える。
 先程までの範囲長射ではない。速射の構えだ。
「……グレシア」
「もう。しゃあないな!」
 振り切ったような声と共に、獣機の射撃速度が加速する。一呼吸で三連射。二呼吸目からは光の矢へと切り替わり、射撃速度がさらに倍加する。
 一本の光矢は二つに影を増し、さらに四つ、八つと姿を分けていく。
「メルディア・レヴィー! 貴公、裏切ったか!」
 その光の弾幕をかいくぐり、切り払い、時に受け止めつつ、漆黒の獣機は鋭く問い掛けた。
 言った刹那、目の前に迫った矢が大きくホーミング。多段の弧を描いて左脚に炸裂する。
「裏切った?」
 そんなフォルミカに追撃の七連射を放ち、操縦席の少女は問いかけを鼻で笑った。
「現当主の決定は伝えたはずですよ。レヴィー家の者は、いかなる勢力にも付かぬと!」
「貴様ァ……ッ!」
 フォルミカの怨嗟に冷たく目を細め、さらに乱射。視界の全てを金に染め、七射の直撃を受けたフォルミカが近寄る……否、動く隙すら与えない。
「私が見限ったのは、優柔不断な方針についてのみ。一族を裏切った覚えは……」
 強く輝く雷光の矢を大きく引き絞り、爆光の中心に向けて一際大きな一撃を構える。速射で軽い打撃とはいえ、既に二十射近い直撃を受けているヴァーミリオンだ。大きな一撃を加えれば、いかに重装を誇る騎体といえど致命傷の一つも与えられるはず。
 けれど。
「だが、我が軍は裏切ったのは事実」
 声は、足元から来た。
「裏切りの代償は、安くないぞ?」
「なっ!?」
 強い光の下、産まれるのは昏い影。
 それがぐるりと渦巻き、桁外れの衝撃をまとってグレシアの腹部装甲に襲いかかる。
「ッ!」
 もともと軽量機のグレシアは、装甲も薄い。
 光矢速射の数百倍に及ぶ衝撃を一瞬で叩き付けられては為す術などなかった。黒羽根の欠片をまといつつ、木の葉のようにくるくると吹き飛ばされるのみ。
 黒い災渦が散ったのは、はるか遠くの先の先。
 後には何も、残らない。
「……クロウザ。貴公」
 そこに有るのは、無数の黒羽根を巨腕と成した異形の獣機だった。グルーヴェの機体ではない。スクメギの多様な獣機にもない過ぎた異様を以て、そこに威容を示している。
 そいつが巨大な翼の腕を振るい、裏切り者の獣機を一撃のもとに吹き飛ばしたのだ。
「ふむ。いささか、やり過ぎたか」
 黒翼で構成された巨腕を軽く握り直し、クロウザは他人事のように呟く。
「……まあ良い。裏切り者は騎兵に回収させるとしよう。クロウザは獣機を降りて前線の支援に回れ!」
 あちこち砕けた装甲を気にするでもなく、漆黒の獣機は翼を再展開。そう言い残し、ようやく沈静を取り戻した本陣へと帰投する。
「承知」
 対するクロウザもカヤタの獣機化を解き、最前線へと走り出すのだった。


 戦場から僅かに離れた丘の上。偵察兵の目の届かないその場所に、数人の姿があった。
「戦況はどうです? 赤兎」
 丘に上がってきたばかりの青年が、ずっと戦況を見ていた男達に声を掛ける。
「いま議会派の後衛で派手な裏切りがあってな。やっと面白くなりそうだぞ」
 二人の男のうち、背の高い方が答えた。背中には大剣、肩に少女を乗せた、長身の男でも見上げるような巨漢である。
 先程までは退屈な弓の撃ち合いだったのだ。それがようやく、まともな乱戦になりつつある。
「少し数を減らしてくる」
「程々にしておいて下さいよ、赤兎」
 戦場に向かう巨漢から遠眼鏡を受け取り、青年も現在の戦況を把握。
「ジーク。雅華達は? 一緒だと聞いていたが」
 その場に残っていたもう一人の男……クワトロが、今度はそう問うた。
「寄り道があるから遅れるそうです。シェティスも一緒だから、大丈夫でしょう」
 何でも、合流したい味方がいるのだという。相当の使い手らしいが、指揮官であるジーク自身も詳しい事は聞いていない。
「でも獣機使いなら、合流は後でも良かったかもしれませんね。ブラディ・ハートでしたっけ? さっきレヴィー家のお嬢さんが言っていたのは」
 ジンカ側の獣機は中衛あたりから弓を使った火力支援に回っているが、やはり結界に入ってしまうとどうしようもない。ろくな動きも出来ないまま、十人ほどの兵士に囲まれて止めを刺されている。
「あっ!」
 そんな考えをしていると、丘の下で情けない声がした。
「す、すいません!」
 見れば、食事を作っていた小間使いの少年が水か何かをこぼしたらしい。また肘で何かぶつけたのだろう。
「気にするな。しばらくは膠着状態だろうから、ゆっくりやればいいさ」



続劇
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