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5.決戦のシーレア高原

「そこの一般人! 下がってろっ!」
 重矛を構えたまま、ロゥはハイリガードを全力で疾走させた。
 六本腕の男がおそらく敵だろう。恐るべき力を秘めた敵を相手に、少女を庇いながらの兵士が立ち向かえるはずがない。防具も端から砕かれたのか、もう左腕を肩から覆う手甲しか残っていないのだ。
「ロゥ! そいつはっ!」
 ハイリガードの静止も聞かず。大地を爆裂させての突撃はさらに加速を得、飛翔に至る。
「はぁぁぁぁぁっ!」
 光さえまとう一撃は、六本腕の巨漢を正確に貫こうとして……
 受け止められた。
 構えられた剣の半分、僅か三本の剣で。
「ロゥっ!」
 連なるのは少女の悲鳴と、三重の炸裂。巨漢が残る三本の腕で放った重火球の連撃だ。
 咄嗟に盾をかざさなければ、装甲の半分は持って行かれていただろう。半ば融解した盾を正面に構えたまま、バランスを取りきれなかった重装獣機は大地に倒れ込む。
 そこに、追撃が来た。
 巨漢は間合を取ったまま。射撃呪文ではなく、六連の斬撃が獣機を打ち砕こうと襲いかかる。
 衝撃波でも、剣が飛翔したのでもない。
 男の腕が、伸びたのだ。
「何者よ、こいつ!」
 一本は間に割り込んだイーファが受け止め、
「少しは様子を見てください。イーファじゃないんだから!」
 二本をメルディアの光矢が弾き返し、
「……まず相手を見極めたらどうだ? 未熟な獣機乗りよ」
 三本を受け止めたのは、先程まで怪人と相対していた仮面の男だった。正確には、男の大剣が一本を受け止めて、
「あらあら。無様ねぇ……」
 残る二本は、男の肩に載っている少女の張った結界に受け止められている。
「ナンバー63387ったら」
 その言葉に、立ち上がろうとした重装獣機はギシリと動きを止めた。
「ハイリガード?」
「その名前で、呼ばないで……」
 ねえさま。うめくように呟いた少女の言葉の先は、すぐ傍にいるロゥにも聞き取れぬ。
「貴様らは魔物でも狩っていろ。赤の後継者は、獣機ごときで相対出来る敵ではないぞ」
「なら、テメエには倒せるってのか!」
 少しは力もあるようだが、少女を肩に乗せたままの不安定な体勢で戦えるような相手なのか。
「……理解出来ぬようでは、話にも成らぬ」
 だが、ロゥの問い掛けに男はため息を吐くのみ。腕一本で両手持ちの大剣を構え、幼い少女を肩に乗せたまま、戦闘態勢を取る。
「……そいつの言う通りよ、ロゥ」
「どういう事だ? ハイリガード」
 何一つ理解せぬロゥに、ようやく立ち上がったハイリガードは静かに呟き……。
「こういうことだ」
 全てを示す為、男も強く叫んだ。
「『超獣甲』!」


 墜落の衝撃音が、大地を激しく振るわせた。
「ギリューか!?」
 老犬は剣戟の間合から飛び去り、続いて自らの言葉を即座に否定する。
 ココの最大兵力である獣機はティア・ハーツの形成する結界と干渉し、その機動力を著しく落としてしまう。だからこそ、ティア・ハーツを主力とするプリンセスガード達は、獣機隊から一番遠くに位置する右翼に組み込まれているのだ。
 もし乱戦で左翼の一団が右翼に紛れ込んだとしても、対獣機結界を感知すれば下がらざるを得ないはず。
「よそ見か。余裕よ!」
 一瞬逸れた思考の隙間。そこを貫く一撃が、言葉と共に襲い来た。
 そう。相手は魔物ではなく、人の言葉を持つ存在。黒い全身鎧をまとった謎の騎士だ。
「させませんっ!」
 その言葉と共に狂犬を襲うはずの斬撃を受け止めたのは、ガードの指揮を司る騎士の娘だった。
「狂犬殿。こ奴……」
 恐るべき膂力に押し切られそうになりながら、チハヤヤは構えた盾に全身の力と体重を押し付ける。金属鎧の重量がなければ、初撃の衝撃で吹き飛ばされていたに違いない。
「うむ。リヴェーダの報告にあった、黒鎧の騎士に相違ない」
 そう答えつつも、狂犬の注意の半分は砂煙のほうに向いている。砂煙の規模からすれば、落下した主は獣機で間違いないはずだが……。
「一つ言えば、我らの戦力ではないぞ」
 チハヤヤの全力を片手で押し込みながら、黒鎧の騎士……フォルミカは静かに呟いた。
 それを証拠に、煙の中に躍りかかろうとした魔物が、真っ二つに両断される。
 ゆらりと舞うのは、影。
 黒塗りの刃……否、翼である。
「ならば、放っておくのが良かろうて!」
 鋭い剣気にフォルミカは三歩後退。半瞬まで体のあった位置を、狂犬の刃が通り過ぎる。
「……左様。それで良い」
 言葉と共に、煙に迫った新たな魔物が一瞬で両断された。
 裂かれ、崩れる音に反応し、フォルミカは本能だけでさらなるバックステップを踏む。
「何!」
 知覚するよりさらに迅い攻撃。気付いた時には、狂犬に続く拳の一打が目前にある。
 拳だ。老犬は刀、騎士の少女は剣。拳を使う相手は相手の中には居ないはず。
 疑問を解決する間も与えられず、本能の後退でかわしたと同時。拳の主は深く深く身を沈め、既に次打の発動体勢に入っていた。
 既に回避は間に合わぬ。思考とは切り離された領域でフォルミカの躯が動き、強い踏み込みと斬撃をこちらから打ち返した。
 退けば負ける。ならば退かず、攻めればいい。
 悪くて相討ち、相手が引けば、間合を取り返せる。相打ったとしても拳打であれば、直撃を食らっても死にはすまい。
「ちと、機嫌が悪くてな。こちらから突かねば、襲いはせんよ」
 だが、相手は斬撃を避けなかった。
 渦巻く拳の一撃は迫り来る斬撃を螺旋にかわし、フォルミカの胸甲にねじ込むような拳を叩き込んだのだ。
 打点は腕を伸ばす位置。
 鈍い打音に刹那の静寂。
 舞い上がった墨色のマントが、一陣の塵風をはらみ、ふわりと揺れた。
 颯と吹く風と共に、黒い胸甲へ亀裂が走る。
「ぐっ!」
 次の刹那には青年の姿はもう無い。フォルミカよりも遙かに迅いステップを踏み、剣の間合の外にある。
「貴公……忍の者か」
 ようやく、狂犬の反応が追い付いた。
 フォルミカに痛撃を与えたのは、黒いマントを羽織った青年だった。陣笠と覆面で覆われた顔は、表情を全く伺わせない。
「只の助太刀だ。名乗るほどの者では無い」
「そうか。感謝する」
「き、狂犬殿!? それで良いのですか?」
 驚くほどあっさり引き下がった狂犬に、チハヤヤは思わず声を上げた。
「聞いても答えまいよ。そういうものだ」
「はあ……」
 気付けば、既に黒甲冑の姿は無い。加わった黒マントに不利を悟り、白い魔物の間に紛れ込んだのだろう。
「あ奴。引き際をわきまえているな」
 敵ながら、見事。
 クロウザもそう呟き、そのまま姿を消した。
 無論、巨大な砂煙が晴れた後には、獣機はおろかネズミ一匹残っていない。


 一瞬の浮遊感の後に来る、直下の重力。ヒーロー稼業で鍛えた反射神経でバランスを取り、少女はたん、と大地に降り立った。
 暗転から戻った視界に辺りを見回し、
「こ……ここは何なのよっ!」
 とりあえず、そう叫んだ。
「と、言われてもね」
 傍らに立っているのは白いコートの長身の男と、メイド風の娘と、周囲をきょろきょろ見回している少女の三人。
 そのさらに周りでは、白い怪物と兵士達が戦っている。
「見ての通り、戦場だねぇ」
「戦場って!? さっきまでココだったじゃない。あたしだって、戴冠式を見に行こうと思っただけなのに……っとお」
 襲いかかってきた魔物に反応し、少女は避けるどころか正面からグーで殴りつけた。クマ族の怪力にモノを言わせた強引な一撃は、怒声の渦巻く戦場でも一際重厚な打音を響き渡らせる。
 衝撃で動作が鈍ったところで、ネコ族の少女の爪が魔物の体を縦横に切り裂いた。
「んー。二人は、この件は追加料金って事で、問題ないよね?」
「ルティカはおっけーだよ」
 軽く答えるネコ娘のルティカに対し、コートの青年からの返事がない。
「ソカロは?」
「ん……? あ、ああ。問題ない」
 再度の問いかけにも、どこか虚ろなまま。ココにいた時の面倒そうなだけではなく、他に何か気を取られている様子だ。
 死ななければいいけど、とぼんやり思いつつ、メイド服の少女は三人目の闖入者に向き直った。
「で、貴女、名前は?」
 ピンクのワンピースにロングブーツ、身に付けているアクセサリーは守りの呪符ではなく、露天売りの流行りの品だ。
 どう見ても、どこにでもいる街娘にしか見えない。身のこなしや反応から冒険者というわけでもなさそうだが、戦い方だけは冒険者のそれと大差ないようにも見える。
 正直、マチタタにはよく分からなかった。
「シューパーガールと呼んで貰える?」
 でもその一言で、四割ほど納得した。
「……ムディアの探してる子かぁ」
 同僚が追っていた事件の関係者だったはず。どんな事件かは聞き流したが、特徴的な通り名だけは覚えがあった。
「まあいいわ。貴女も戦えるようだから、戦っていって。ココの皆を守る戦いだから、国民なら少しくらい手伝ってもバチは当たらないよね?」
「そういう事なら、任せておいて!」
 自称シューパーガールはどん、と胸を叩き、元気良く即答した。
 もともとセイギの味方なのだ。みんなを護る為に魔物と戦えと頼まれれば、断る選択肢ははなから存在しない。
「でも、あなた……」
「マチタタでいいわ」
「マチタタは戦えるの?」
 シューパーガールも街娘だが、肝心のマチタタはメイドさんにしか見えないのだ。ルティカやソカロのように武器を持っている様子もないし、ネコ族の彼女にクマ族のような怪力があるとも思えない。
「気にしないで。少なくとも、このメンツじゃ一番強いと思うから」
 セイギの味方の問いにマチタタは無造作に答え、襟元から小さな宝石の付いたブローチを取り外した。
 深い黄色をたたえたそれは、大地の力を秘めたティア・ハートだ。
「爆ぜて形成せ……神斧・フランシスカ!」
 その瞬間、喚び声通りに大地が爆ぜた。
「じゃ、そーいうわけで、宜しく」
 自身よりも巨大な両手斧を軽く担ぎ、走り出す。シューパーガールは一振りごとに魔物を団体で消滅させていくメイドさんを見てどーみてもあれは反則だと思ったが、あきれ果てて口に出す事も出来なかった。


 滅びの色の閃光が、世界を紅く染め上げている。
「な……」
 その光の中、少年は言葉を失っていた。
「そんな……」
 少女達も、何と言っていいか分からなかった。
「……」
 獣機達は、その光景を静かに見守っていた。
 仮面の男の肩に載っていた少女が、巨大な機動甲冑に姿を転じたのだ。
 それだけなら、驚く事でもない。
 問題はその先だ。
「獣機が……鎧に、だと」
 一度獣機となった姿がさらに形を変え、人がまとう鎧へと転じたのである。
 重装の腕はガントレットに。
 大地を砕く脚はレギンスに。
 そして意志を持つ頭部はヘルムへと。
 赤い鋼に覆われ、さらに巨大化した大剣を、男は悠然と肩へと担ぐ。
 無造作にそれを大きく振れば、
「な…………」
 斬撃の衝撃波だけで、並み居る魔物の群れの半数が塵へと化した。
「こ奴の相手は俺がする。貴様らは、周りの雑魚とでも遊んでいろ」


 ようやく減り始めた敵の数に、ベネはやれやれとため息を吐いた。
「そろそろ掃討戦かね。この流れなら」
 通信も入らないし、時折上がる信号弾の読み方も分からない。周囲に誰もいないため適当に戦っていたから、戦局が全く読めないのだ。
「ベネぇ! なんか通信入ってるよぉ」
「ん? 増援?」
 シーグルーネに回線を合わせるよう指示すれば、若い男の声が入ってくる。
「こちら、グルーヴェ王国獣機師団団長、フェーラジンカ・ディバイドブランチ大将。貴軍の支援に参上した。貴公はココ所属の獣機隊か?」
 ジンカの声から通信の方向を察知してそちらを確認。ズームを掛ければ、はるか地平線からこちらに向かってくる十機の銀光が見えた。
 ベネは分からなかったが、それは間違いなくグルーヴェ制式の一式ギリューである。
「違うよ。単に巻き込まれた被害者さね!」
「そうか。ならば、援護する!」
 話す間にギリューとの距離はズームが要らないまでに。
「ああ。宜しく頼むよ」
「ではこの辺りの敵を排除するぞ。総員、攻撃開始!」
 銀の騎体が一斉に降下を開始して。
 ベネ周辺の戦局は、僅か数分で一変した。


 天地を揺るがす轟音が、世界を振るわせた。
 飛び交うのは六連の剣林と六条の弾雨。黒いコートの怪人は、その悪夢の如き攻撃をたった一人で繰り出している。
 対するはそれを大剣一本で捌き散らす、深紅の鬼神。数騎がかりの獣機でようやく止められる剣林弾雨を、たった一人で受けきっている。
 切り返す斬撃の衝撃は余波だけで魔物の群れを蹴散らし、弾かれた灼熱の弾丸は大地の有り様を一瞬で変貌させる。
 やがて六連の斬撃は五連となり、鈍い断裂音と共に四連へと減じていく。
 どう、と大地に落ちる豪腕が、悪夢の終末を示し始めていた。
「これで、終わりだ!」
 既に周りは手を出せぬ。叩き付けられた大剣は守りに入った四本の剣を一撃に経ち斬り、
「そうはいかぬ!」
 五本目の剣によって止められた。
「退くぞ、ヴルガリウス」
 黒甲冑の騎士、フォルミカの剣である。男の剛斬にその長剣も折れ砕け、黒鎧の肩半ばまで食い込んでいたが、自身はそれに動じる様子もない。
「応」
 ぶわ、と舞い上がるのは黒い煙。煙幕だ。
「……逃がしたか」
 深紅の斬撃で払った闇の先には、既に赤の後継者達の姿は残っていない。
 赤い大剣を背中に収め、見回した所に上から声が来た。
「逃がしたか、じゃねえ! テメェ……何者だ!?」
 周囲の魔物を蹴散らしていた白い重装獣機。ロゥのハイリガードだ。
「奴らを狩る者、だ」
 答える男の言葉は短い。
 言いつつ深紅の鎧を解き放ち、鬼神をもとの獣機に戻す。男の定位置は、獣機の肩の上だ。
「グルーヴェに来い。そこに、あいつらは居る」
 懐から赤い仮面を取り出し、悠然と掛け直す男。
「…………お前!!」
 その仮面無き顔は……かつて死んだはずの、狼面の祖霊使いそのものだった。
「!!!」
 ロゥの叫び声は飛翔の爆音にかき消され、傍らのハイリガードにさえ届く事はない。



続劇
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