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1.偉大なる王の遺したもの

「それは……」
 少女はその話を聞くなり、形の良い眉をひそめた。
 珍しく朝食に同席しろと呼びつけられたかと思えば、切り出されたのは朝食にそぐわない物騒な話。これが気心の知れた家族の食卓でなければ、さっさと席を立っている所だ。
「姉様達は、明日の戴冠式で侵略戦争を始めるとスピーチするおつもり?」
「アリシア様」
「……分かっているわよ。言ってみただけ」
 青い服の青年にたしなめられ、アリスはそう言いながら広いダイニングテーブルに無造作な頬杖を突いた。あまりの不作法に侍従長が表情を変えるが、もちろん彼女本人は気にした様子もない。
「それより、別に私の事を様付けで呼ぶ必要はなくてよ? おにいさま」
「は、はぁ……」
 気にしている所を突かれた上に慣れぬ呼び方をされ、アルドもそれきり黙ってしまう。
 もともとアルドは西の大国エノクの第二王子で、立場的にはアリスと同格か上の位置にある。だが、少し前まで身分を隠し、第一王女シーラの部下としてココ王家に仕えていた。その時の癖がいまだに抜けず、ついシーラやアリスに敬語を使ってしまうのだ。
 無論、アリスにそう呼ばれる事には違和感が拭えない。
「とはいえ、父様の考えが分からないわね……」
 アルドが黙った所で話を戻すアリス。
「ええ」
 先代の国王である彼女達の父親は、娘達に何かを強いるという事がほとんど無かった。アリスの困った性癖をたしなめる事もなかったし、シーラが赤の脅威を相手に単身立ち回った時も何の手助けもしなかった。
 それどころか、最近は執務でさえシーラや役人達に任せっきりで、あちこちを出歩いている始末。
 そんな放任主義の父王がいきなり花押付きの密書を送りつけてきたのが、昨日の晩。
「『シーラが戴冠した暁には、早急にグルーヴェの混乱を収めるべし』……」
 アリスどころか幼い末姫のトーカとて、そんな目的で国が動けばどうなるかくらい想像が付く。いかなる理由があれ、大国ココがグルーヴェの平定に乗り出せば、国際社会に大きな波紋を投げかける事になるだろう。
「……無茶ね。父様はこの国に侵略者の名誉を与えたいのかしら」
 隣国のラシリーアを支配する奸雄など、何を言い出すか分からない。
「そりゃあ、好きにさせておけばいい……という物でもないけれど」
 難民問題、悪化する治安、便乗する革命派。グルーヴェの内乱でココ王国が間接的に被った被害がかなりの物になっているのは皆知っていた。それは分かるが、だからといって他国の内情に易々と軍を動かして良いというわけではない。
 だが、そんな王家の会談も、途中で打ち切られる事になる。


「イクス……じゃなかったアルド! 緊急の連絡です!」
 慌てた声と共に飛び込んできたのは、ローブをまとった金髪の青年だった。ただの優男のように見えるが、れっきとした次期王女の近衛兵である。
「サモナ。御前で無礼だぞ」
「何かしら? サモナ」
「スクメギのリヴェーダから魔術通信が入りました。内容は……」
 サモナと呼ばれた優男はポケットから羊皮紙を取り出すと、そこに書かれていた文章を早口に読み上げる。
「『スクメギ北方にて推定二万の魔物群出現。これより迎撃に向かう』……って!?」
 その報告に、誰もが息を飲んだ。
「……スクメギの戦力は?」
 かつて彼の地には獣機という究極の戦力があった。だが、その大半は数日前の戦いで失われ、生き残った僅かな獣機達も再建の目処は立っていない。
「地元の守備隊のみです」
「イルシャナは?」
 唯一の切り札は、スクメギの長であるイルシャナだが……。
「イルシャナ様は明日の戴冠式に出席するため、王都に移動中です。他に移動中なのは……」
 サモナが読み上げた名は、いずれもスクメギの戦いで功績ありと報告された者達だった。ねぎらいの言葉を与える為に王都に呼んだのが、完全に裏目に出ている。
「大戦の事後処理のため、リヴェーダ老とキッド・アクアほか数名が現地に入っていますが、流石に彼らだけでは」
 彼らはいずれも強力な魔法を使えるが、たった数名で二万の魔物を退けられるはずもない。よほど桁外れの力を持っていれば話は別だが……そんな事をするには少女ならもう十年は修練が必要だし、老爺なら三十年は遅すぎた。
「そう。あの三人がいるのね」
 だがその報告に、主であるシーラ姫はゆっくりと椅子に身を預け、食事を再開しはじめた。
「姫様?」
 見れば、傍らのアルドやアリス達も食事を再開しているではないか。
「スクメギの件に関しては彼らに任せましょう。イルシャナ達に伝える必要もないわ」



続劇
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