しりとり(じゃないけど)小説 #12 前編

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 いくら田舎の華が丘といえど、夜も明けぬ内から動き出すものなどたかが知れている。
 だからこそ、華が丘八幡宮に続く石畳、目にした少女が誰なのか……三人の少女たちからすれば、判別するのは極めて容易なことだった。
「考えることは同じ……か」
 ゆらりと揺れる長い髪を持つ娘は、三人の少女たちよりもいくらか年上。近くの高校の制服をまとい、少女たちの呟きに静かに頷いてみせる。
「あいつは?」
 だが、問うたのは娘ではない。
 彼女の足元に小さく座る、猫に似た四つ足の異形。
「……連れて来られるわけないでしょ」
 人の言葉を喋るそいつは、三人の先頭にいた少女の返答に頷きを一つ。
 後ろの二人もそれは納得しているのだろう。その言葉に不満そうな表情を浮かべる者は、誰一人としていなかった。
「結界は?」
 華が丘八幡宮の石畳は、生活道路も兼ねている。
 そんな場所で猫に似た生物が堂々と喋っていては、もし見つかったとき大騒ぎになるのは必定だったが……。
「もう展開してあるが、中枢の封印はもう限界だろう。時間がないぞ」
 猫もそれを気にすることなく、苦々しげに言葉を紡ぐだけ。
 結界獣の異能により、この八幡宮周辺は世界から切り取られた後。そしてこの世界にいるのは、少女たち四人だけだ。
 だからこそ、猫も周囲を気にすることなく言葉を放つことが出来ていた。
「なら、行くわよ」
 長い黒髪の娘の言葉と共に、四人の少女は右手をかざし。
 世界を揺らす鈴の音が、四つ同時に響き渡る。

 ゆっくりと朱に染まる東の空を眺めつつ。
「葵ちゃん……柚ちゃん……」
 大神家の縁側に腰掛けた少女は、親友の名をぽつりと呟いた。
「ローリちゃん……」
 少女が待つ屋敷から目的地までは、さほどの距離もない。三人のことだから、既に境内辺りまで辿り着いている頃だろう。
「……菫さん」
 そしてさらに紡ぐのは、屋敷にはいない……もう一人の戦友の名。
 彼女のことだから、おそらくは三人の少女と考えることは同じはず。お風呂以降どこかに行ってしまった小さな獣……彼女たちの戦いを支える、もう一人の仲間……も、今は彼女達と行動を共にしているはずだ。
「みんな………」
 待っているのは、彼女一人。
 戦う術を失った今、仮に戦場に赴いたとて、足手まといにしかならない事も理解はしているが……。

 コスモレムリアの至宝が一つ、世界に二つと無きソニアの力。それをまとう少女たちからすれば、八幡宮の階段をひと息に駆け上がることなど造作もないことだった。
「ちょっと、あれ……!」
 鳥居を抜ければ、社殿は目の前。封印の地をすぐそこにして、青い法衣の魔術師は思わず息を呑む。
「もう、封印が……」
 華が丘八幡宮の社殿を覆うのは、朝日を受けてなおその光を透けさせぬ、黒い霧。可視化できるほどの強い魔力が、社殿の内から溢れ出しているのだ。
「そんなの、見れば分かるわよ!」
 葵はこの戦いの事情について、ほとんど何も知らないと言っていい。だがそんな葵でも、目の前の黒い霧が元凶の一因だということは……見た瞬間に理解できた。
 ソニアの力に頼るまでもない。彼女の人としての本能が、そう告げてくれている。
「あれが……蚩尤の本体……」
 封印すべきは、この山自体だと聞いていた。
 だがその中枢、核と呼ぶに相応しい存在が、社殿の奥……黄金の光を放つ円盤という姿をもって、少女たちの感覚に伝わってくる。
「モータルは再封印の用意を。皆は周囲を警戒して」
「分かってる!」
 紫の戦衣の菫の言葉より早く、葵は巨大な魔術書を取り出し、スタンバイを終えていた。風もないのに無数のページが次々とめくられていき、やがて開いたページの表面を、無数の文様が駆け抜けて……。
 その姿が、吹き飛ばされた。
「…………え?」
 音もなく。
 攻撃の襲来を、感じ取ることすらもなく。
 ただ吹き飛ばされ、壁にしたたかに打ち付けられた葵の体だけが、何らかの攻撃があったことを示している。
「きゃああぁっ!」
 次に吹き飛んだのは、柚子の細身。
 下から上へとアッパー気味にかち上げられて、ゆっくりと放物線を描き……そのまま地面へ叩きつけられる。
 立っているのは、既に二人。
 柚子のフォローに動かなかったのは、その隙を突かれることを恐れたからだ。
 故に残る二人は互いの死角を補う位置に立ち、全方位から攻撃が来ても対応できるように陣を組む。
 次弾は来ない。
 しかし、相手の手が分からない以上、うかつに警戒を緩めることもまた出来ぬ。
「遅かったわねぇ……」
 だが、そんな膠着を良しとしなかったのか、不可視の三撃目よりも早く、女の声が響き渡った。
「…………カオス」
 苦々しげに呟くのは、ローリだ。
「もうすぐよ。あなた達も、分かるでしょう?」
 謳うように呟く黒いロングドレスの女は、まだ年若い少女のようにも見えるし、齢を重ねた老女のようにもまた見えた。
 世界崩壊の鍵を握る女。
 黒いロングドレスの女。
 シャドウソニア・カオス。
 四人のシャドウソニア最後の一人にして、導き手たる者。
 そして……ブルームソニアの名を持つ、ローリの母親でもあった。
「まだ……勝機はあるわ」
 目の前の相手は、世界を滅ぼす敵。
 そう心に刻み直し、ローリは自らの精霊武装を構え直す。
 カオスの腹臣たるキュウキが姿を見せていない事は気になるが、今この瞬間だけは、相手が一人であることを好機と信じるほかにない。
「………いいのね」
「ええ」
 背中を任せた戦友とのやり取りは一瞬だ。
 それが自らの母親を討つことになろうとも。
 掛け合いは、たったのひと言で済む。
「なら!」
 次の一声で二つの姿はその場を離れ。
 狙うは、相手の左右。

 少女が辿り着いたのは、八幡宮に通じる石畳の参道だった。
「ここに、みんなが………」
 正確に言えば、切り取られた世界の向こう側だ。
 結界獣によって作られた結界世界の内。この世界に重なるその場所で、親友達は世界を守る戦いを繰り広げている。
「…………」
 無言で見上げても、その戦いが見えることはない。
 結界獣の結界は、文字通り世界を切り取るのだ。その内側で起こった事が、こちら側の世界に影響を及ぼすことはない。
 逆に言えば、こちら側にいる少女が、結界の内側に影響を及ぼすことも……また、出来ぬ。
「みんな………」
 握られるのは、拳。
 頬を伝うのは、涙。
 親友達の思いは分かる。同じ事を、少女もしたことがあるからだ。
 そして、全ての力を失った少女を戦列から外すことは正しいのだと……少女自身もまた、理解していた。
「………行きたいの? 皆の所に」
 故に、掛けられた言葉に無言で頷き。
「…………誰?」
 疑問の言葉が紡がれたのは、その後からだった。

「そん…………な……………?」
 大地に打ち付けられたのは、時間すら操る紫の戦衣。
「馬鹿………な………っ!」
 そして同時に、近寄る全てを切り裂くはずの赤い戦衣も宙を舞う。
 カオスへの攻撃は左右から同時。それも、一秒を百秒分と化した中距離からの猛攻と、敵の周囲ごと切り裂く赤い旋風の二段構えだ。
 相手がいかなる攻撃を放とうとも、攻撃を逃れた片方が致命の一撃を与え。
 さらに相手がいかなる回避を企てようとも、範囲と面の二つの攻めが、相手を逃がすことはない。
 ……はずだった。
 だが。
 相手はその場を微動だにせず。
 懸念していた伏兵が現れることもなく。
 少女二人が攻撃を放つより迅く………カオスは敵を、二人同時に打ち倒した。
「あの攻撃……は………?」
 やはり、カオスは動かないまま。
 モータルソニアの魔法攻撃のような呪文詠唱もなく、ルナーソニアの時間圧縮のような加速攻撃でもない。
 百倍の超加速を得たルナーの目にさえ、指先一つ、唇一つ動かす様子の見えぬ攻撃。
 しかし、四人は確実に吹き飛ばされ、あるいは大地に叩きつけられたのだ。
「二人とも……大丈夫?」
「何とか…………」
 菫の声に、先に吹き飛ばされた二人もゆっくりと身を起こしてくる。理解不能な攻撃ではあるが、少なくともソニアの絶対防御まで無効化するわけではないらしい。
「菫さん。あの攻撃は……?」
 今までのカオスは、黒い雷光を武器にしていたはずだ。それだけでも十分な脅威だったのに、今度のそれは雷光のレベルをはるかに越えている。
「……分からないわ。これが、カオスの本気なんだろうけど……」
 ともかく、一カ所に集まっていては雷光なりの餌食になるだけだ。四人はその場を一斉に散じ。
 同時に、吹き飛ばされた。

後編へつづく!

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