しりとり(じゃないけど)小説 #12 後編

 華が丘八幡宮に至る石畳の上。
 灯籠の陰に立つのは、黒いミニドレスの娘だった。

「シャドウソニア………」
 キュウキ。
 蚩尤の四人の下僕が一人。カオスの片腕たる、最狂の風使い。
 少女は構えを取るものの、戦力差は明らか……というのもおこがましいほど。絶対守護のソニアの結界服をまとってさえ勝てぬ相手に、身一つの少女で勝負になろうはずがない。
「リタリナって呼んでは……くれないわよね?」
 だが風使いの唇から漏れたのは、今までのような冷酷なそれではなく、穏やかな少女の言葉。
「…………え? まさか、元に……!」
 風使いの踏み出す一歩は、灯籠の陰から、朝日の中に踏み出す一歩。
 見れば、風を操る二つの翼は無惨に引き裂かれ、黒いミニドレスも半ばボロ切れと化している。
 そして何より、ドレスに収まっているはずのソニアの魂……人工精霊キュウキの宝珠が、失われていた。
「キュウキの力は、ママがほとんど持って行っちゃったわ。死ななかったのが、不思議なくらいね」
 シャドウソニアの人工精霊はソニアのそれと違い、装着者の体を呪縛し、支配する。その宝珠に眠る力を抜き取られ、人工精霊の力を失ったことで、彼女の体は呪縛から解き放たれたのだろう。
「良かった………お姉さんが無事なら、ローリちゃんもきっと喜ぶよ」
「そうだといいけど……」
 リタリナの笑顔は、弱々しさこそあれ、かつて少女が見た快活なそれと同じ質を持ったもの。
 戦場で見せた狂ったような嘲笑の面影など、もはやどこにも見られない。
「大丈夫だよ。ローリちゃん、そのためにずーっと頑張ってたんだもん」
 ここに銀髪の少女がいれば、笑顔も見せてくれただろうか。そんな事を思いながら、少女は親友の代わりに笑顔を見せる。
「……優しいのね」
「うん」
「違うわ、あなたの事よ」
「………?」
 言われた意味が分からなかったのだろう。首を傾げる少女に微笑んでおいて、リタリナは引き裂かれた服のまま、わずかに身を伸ばす。
「それより、この中に入りたいんでしょ?」
「入りたいけど……ニャウの結界の中だもん」
 そう。
 こうして二人が話している間にも、世界から切り取られた結界の中では激しい戦いが繰り広げれているはずだ。
 だがそこは、この石畳の先でありながら……限りなくこの世界から遠い場所にある。
「結界の中に入れれば……」
 たった一歩。
 その一歩さえ越えられれば、後は息が続く限り走るだけでいいはずなのに。
「入れるわよ」
 ぽつりと呟いたリタリナのひと言に、少女は思わず耳を疑った。
「忘れたの? 私の……キュウキの力」
 言葉と共にリタリナは拳を握る。
 手の内に渦巻くのは、大気。
 キュウキの操る、風の力。
「キュウキの…………まさか!」
 風の力は大気を揺らし、世界そのものに干渉する。
「華が丘は蚩尤の力に満ちているもの。この力で、あなた一人くらい、結界の中に届けてみせるわよ」
 そして少女は思い出した。
 大気を……世界を操るキュウキの力は、空間にすら及ぶことを。
 かつてモータルの張った蚩尤の封印を砕いたのも、キュウキの操る風の一撃だった事を。
「それに、ローリとママのためだもの! もう一撃くらい……力を使わせなさい! キュウキ!」
 意思ある言葉に方向無き力が応じ、願う向きに力の方向を収束させていく。
 そして……ボロボロの風使いが放つ一撃が、世界の狭間に凜と響き渡った。

 猫に似た小さな獣が呟くのは、人の言葉。
「みんな………」
 見上げるのは、石畳から続く石段の彼方。
 そこでは、四人の少女と残った蚩尤の下僕達によって、最後の決戦が繰り広げられているはずだった。
「俺にも、もっと力があれば………」
 だが結界獣たる己の仕事は、この結界を保つこと。しかも何が起こるか分からない戦場でではなく、このわずかでも安全な石段の麓で、それを行うことだ。
 結界獣の死は、結界の消滅を意味する。
 それは即ち、この華が丘の街に、階上で起こっている激戦をそのまま降臨させることを示していた。
 華が丘の街には、戦いに向かった少女たちが守りたいものがある。無論それは、結界獣の守りたいものでもあった。
「ニャウ!」
 故に、掛けられた声に、獣は耳を疑うしかない。
「お前………なんでここに!」
 しかも少女は一人ではなかった。彼女の後ろに付き従う、黒いミニドレスの少女は……。
「…………シャドウソニア……!」
 石段の頂に感じる気配は、五つ。味方が四人として、一人足りないことを気にしてはいたが……!
「もう元に戻ってるから、リタリナさんだよ! それより、みんなは!」
 リタリナからキュウキの表情が消えている事と、胸元の宝珠が無くなっていることをちらりと確かめ、獣はわずかに警戒を緩めてみせる。
 少なくとも、この大詰めで少女と獣を罠に掛ける意味はどこにもないのだ。キュウキの圧倒的な力があれば、こんな小細工をしなくとも、ほんの一撃で二人の命など奪うことが出来るのだから。
「上にいる。けど、この魔力の膨れあがり方は……いくらなんでも、早すぎる」
 階上から伝わるのは、五人の戦士の気配と、封印から解き放たれつつある蚩尤の力。この地に封じられた躯と、この地に戻った魂が引き合い、共鳴することで溢れ出す……強大な魔力の奔流だ。
「ママ……カオスは私の力も吸い取ってるから。そのせいだと思う」
「シャドウソニアの力で復活のダメ押しってワケか……勝てる勝負にそこまで容赦ナシか………って、おい!」
 結界獣が引き留めたのは、階段に向けて駆け出す少女の姿を目にしたからだ。
 彼女を守るための戦いに彼女が飛び込んでは……この戦いの意味が無くなってしまう。
「だって、じっとしてなんかいられないよ!」
「そりゃ分かるが………」
 階上に行きたいのは獣も同じ。行って何が出来るわけではないが、せめて戦いを見守り、支援の言葉の一つも掛けてやれれば……その気持ちは、少女と全く変わりない。
「お行きなさい」
 そんな少女の行動を肯定したのは、リタリナの背後から響く女の声。
「誰……?」
 少女にも、リタリナにも見覚えのない女性だった。
 菫たちより長い髪を揺らし、何より目立つのは……首から繋がって生えているように見える、足元までのワンピース。
「ブロッサム……!」
 結界獣の言葉に、その女性がブロッサムという名なのだとは理解するが、無論、それ以上のことは分からない。
 もちろん、誰も入れないはずの結界の内にいることさえ、分からないままだ。
 ただ一つ分かるのは……。
「それより、説明は後よ。早く行ってあげて」
 ブロッサムは、少女の行動を肯定したという一つだけ。
「いいの?」
「危険だけど……それでもいいのなら」
 女性の言葉に、少女は頷きを一つ。
 命懸け……いや、行けば死ぬだろう事は承知の上だ。
 それを理解してなお、少女はその戦場へ至ることを望んだのだから。
「けど、あなたは……?」
「私のことは、後でゆっくり話してあげる。まずはみんなの所に! もう時間がないわ!」
「うん!」
 ブロッサムの言葉に背を押され、少女は再び長い長い階段へと歩を踏み出すのだった。

 もう何度、宙を舞っただろうか。
「この世界、そのもの……」
 ようやく漏らしたローリの呟きに、葵は耳を疑った。
「空気じゃなくて、この霧みたいなのが……全部、カオスの攻撃ってこと?」
 周囲に漂う大気は解放されつつある蚩尤の力を受け、妖気や魔力、あるいは障気とでも呼ぶべきものへと変質を始めている。
 それは自身の感覚で捉えたものだが、その力そのものを使って、カオスは攻撃を行っているというのか。
「マナ、と呼んで欲しいわねぇ……。世界だってまるごと作れる、神にも等しい力なのに」
 呪文ではない。
 だが紡がれた言葉、願われた意思に世界は自在に変容し、マナと呼ばれた障気は不可視の鉄槌となって、少女たちへと容赦なく牙を剥く。
 発動は一瞬、間合は零距離。雷より迅く、風よりも近い場所から放たれる一撃は、避けることも、防ぐことも叶わないまま。少女たちの肢体は、他愛もなく吹き飛ばされるだけでしかない。
「もうおしまい? 残念ね……」
 近しい場所に落ちてきた愛娘の肢体をごろりと蹴り転がし、黒いロングドレスの美女は気怠げなため息を一つ。
「ちょうど、封印も解き放たれたわ」
 恍惚とした表情でドレスの胸元をはだければ、そこには黄金のディスクと対になる、もう一枚の円盤が浮かんでいた。
「さあ、あなた……」
 社殿の奥。無限の障気を解き放つ黄金の円盤に、黒いドレスの女に重なる円盤がゆっくりと近付いていく。
 時折女の姿がぶれ、代わりに黒いコートを着た男の姿が浮かび上がり。
「ママ…………パパ………!」
 その姿を瞳に写すローリの唇が、ぎり、と悔しげに噛み合わされる。
「さあ」
 呟くのは、黒いコートの男の声。
「これが我らの……」
 その呼びかけに呼応するように、黒いドレスの女が言葉を紡ぎ。
「悲願………」
 重なるのは、男の声と女の声。
 そして、躯と魂に分かたれていた、二枚の黄金の円盤だ。
「悲願………!」
 超常の力に容赦なく曝され、激しい戦いにも何とか原形を留めていた社殿が、力の余波に砕け散り。
「これが………」
 その破壊の中。
 ゆっくりと立ち上がるのは、黒いコートの男と……それに重なり合うように浮かぶ、黒いロングドレスの女の幻影。
「こいつが………」
 伸ばした右手の先には、吹き飛んだ社殿の中、たった一つだけ原形を留めていた物体。
 四メートルほどの大太刀が、無造作に握られている。
 『それ』が悠然と空を見上げれば、彼の放つ魔力に天の気が応じ、無数の魔龍が姿を見せた。
 『それ』が静かに森を見遣れば、三対の頭を持つ闇色の狼が、土の中から無数に飛び出してくる。
 『それ』が軽く大太刀を揺らせば、そこから生まれた衝撃が、一直線に華が丘の山を断ち切った。衝撃ははるか彼方、結界の端にまで及び、切り取られた世界そのものを震撼させる。
「蚩尤……」
 その数秒で、その場にいた四人全てが理解した。
 この相手には、勝てないと。
 そいつの挙動は、攻撃ですらないのだ。ウォーミングアップですらなく、あくびに等しい無意味な行動さえ……絶対殲滅の威力を誇る。
 まさに、神の所行。
 地上に降りた神に、抗う術などありはしない。
 地上の技術を一足飛びに跳び越える、超絶科学の結晶をまとってなお……この相手に勝つ術を見いだすことは、不可能の三文字に等しいと。
 本能で。
 魂で、理解する。
 もう少し蚩尤の力が弱ければ、発狂していただろう。
 けれど、圧倒的すぎる存在を前にしては、発狂することすらも許されはしない。
 絶体絶命という言葉すら生温い。
 ただあるのは、絶対の死。
 半瞬先か、三秒先か。
 ただそれだけの違いでしかない。

 だが。

 だが。

 だが!

「みんな!」
 その場に響き渡るのは、声。
 絶望と狂気を吹き飛ばす、少女の声。
 そのひと声に、魂を抜かれ、動けずにいた四人の少女は慌てて背後を振り返る。
「はいり!」
 そこに、いた。
「はいりちゃん!」
 見知った少女が。
「何やってるのよ、はいり!」
 守るべきと誓った少女が。
「はいり……!」
 入れるはずのない戦場に、息を切らせて立っている!
「戦えないって分かってるけど……でも、みんなを応援したかったから……!」
 荒い息を吐く少女に、四人は慌てて駆け寄って。
「バカ……っ!」
 まずは罵声。
 けれど葵の瞳に浮かぶのは、涙。
「菫さん! ローリちゃん!」
 次に紡がれたのは、友を呼ぶ声。
 柚子の瞳に浮かぶのは絶望ではなく、守護の意思。
「分かってるわよ」
 その後に来たのは、承諾の呟き。
 ローリは長杖を提げる手に力を込め、発狂することさえ許さずにいた滅びの神を静かに見据えてみせる。
「……この子だけは、やらせない!」
 最後に現れたのは、決意。
 菫の言葉に、ソニアの鈴を持つ四人の少女は強くしっかりと頷いて……。

 その瞬間。

 切り取られた世界に、ひとつの光が生まれた。

<つづく!>

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 別にしりとり振られてないんですが、気分転換に書いてみたり。
 文章書きの気分転換に文章書きとかぶっちゃけどうなんだと思うんですが、まあこんなもんかしら。

 あとなんか華が丘的に気になる用語とかポコポコ出てますが、仕様です。

 次回でマイソニアも決着。早い内に形にしたいですが、どうなるか……。

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