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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
エピローグ 前略、道の上から



#1 さがしものはなんですか ―二ヶ月後―

『兄様、お元気でしょうか? 先日ようやくティウィンさんの実家に着きましたので、こ
うしてお手紙しています。皆さんとても良い方ばかりで、私もルゥちゃんも元気なのです
が……ナイラさんは時々元気がありません。私は心配なのですが、レイシュア様(ティウィ
ンさんのお母様です)は「心配しなくても大丈夫」と笑顔で……』

「何だ。また読み返しているのか?」
 掛けられた声に、マナトは手紙に落としていた瞳を上げた。
「別に構わないだろう、カイラ・ヴァルニ。今は休憩中だ」
「悪いとは言っていない。が、それにしても、お前がウェイターとはな……。話に聞けば、
図書館の手伝いもしているというではないか」
 そう。マナトがまとっているのは戦に向かう物々しい姿ではなく、氷の大地亭のウェイ
ターの制服だったのだ。
 シュナイトとティウィンの好意で、霧の大地に住んでいる者は彼等の実家であるソード
ブレーカー家に預けられる事となった。だが、そこに行く意志を示したのは、マナトとユ
ノス、そしてナイラの三名のみ。それ以外の住人……老人達は、おしなべて首を横に振っ
たのだ。
 理由は単純である。
 ソードブレーカーの領は、エスタンシアの辺境。
 要するに、遠かったのだ。
 霧の大地からユノス=クラウディアまでの帰路だけでも死ぬ思いだったのに、それ以上
遠い所なんか行けるか! と、老人達が駄々をこねたのである。
 そんな我が儘な爺様達にレリエルは怒り、ティウィンとザキエルは困り、シュナイトは
苦笑したが……行かないものを無理に行かせるわけにもいかない。マナトは悩んだ末にユ
ノスとナイラの二人を先にソードブレーカー領へと向かわせ、自らは老人達がユノス=ク
ラウディアに住めるようになるまでは残ることにしたのだ。
 暇な時にウェイターや図書館の手伝いをしているのは、協力者であるクローネや司書へ
のせめてもの感謝の印である。
「マナトさーん。休憩時間中の所悪いんですけど、ちょっとこれ手伝って貰えますかぁ?」
 カイラとそんな事を話していると、厨房の方からラミュエルの声が響いてくる。
 彼女が原因で起こった客の大量発生事件だったが、呪いが再び封印された今はその騒動
もすっかり落ち着いていた。最近の客足は、騒動前よりはちょっとだけ上のラインで安定
していたりする。
 火山活動が停止したおかげで、ユノス=クラウディアからは温泉が消えた。売り上げが
温泉ブームの時よりも低下するのが当たり前の今の世の中でその実績というのは、文句な
しに良い方だ。それもこれも、料理人の腕が昔より良くなったせいだろう。
「うむ。分かった」
 折り畳んだ手紙をポケットへ大事そうにしまい込み、マナトはそちらへと駆け出した。
いつの間に身に付けたのか、客席を避ける見事な体捌きはもはやウェイター以外の何者で
もない。
「総じて適応性が強いのか……霧の大地の連中は……」
 そういえば、彼の元部下であった覆面の女性も適応性が強かったな。そんな事を思い出
しながら、カイラはその様子を苦笑して見送っていた。


「この気持ち……いつまで経っても、慣れる気配はありませんね……」
 青年はそう言って自嘲気味の笑みを浮かべると、グラスに注がれたワインを一気に飲み
干した。とにかく酔うためだけに飲んでいるものだから、年代物なのかそうでないのか、
一向に分からない。
 今まで、そんな事など一度もなかったというのに。
「……早く……忘れてしまえ……浅ましいぞ、シーク……」
 酔い潰れ、そのまま眠ってしまおうと再びグラスをあおる。
 しかし……酔い潰れて見る夢は、いつも一人の女性の夢。
 強く一途な……そして、強さ故の脆さを併せ持った、黒い髪の女性の夢。
 そんな女性に抱く望みの浅ましさ故に、彼は彼女の前から姿を消したのだ。
 自らの想いを伝える事もなく。
「……くそっ」
 だが、忘れられない。
 彼女の今の居場所は知っていた。だから、彼も同じエスタンシア大陸にあるヴァストー
ク選王公領にいる。
 未練たらしく、彼女から遠くも近くもない場所で、こうして酔い潰れているのだ。
……とんとんっ
「放って置いてくれ……。金なら、ある……」
……とんとんっ
 再び叩かれる、肩。
「……何だ。マスター……」
 すっと酔い潰れる青年の前に差し出されたのは、一通の白い封筒。
 訝しげな表情を浮かべ、青年はその封筒を開く。
 その瞬間。
『この、大馬鹿者!』
 酔っぱらった青年を一気に覚醒させるほどの大声が、酒場に響き渡った!
「は、母上……?」
 声の主は、広げた手紙の上に立つ、美しい女性。人差し指ほどの女性が、物凄い形相で
青年の顔を睨み付けているではないか。
『我が偉大なる夜の一族のお前が、たかが人間の小娘ごときを恐いと申すか? はン! 
そんな腐った蝙蝠のような愚か者など、我が夜の一族に名を連ねる価値もないわ! 勘当
じゃ! どこへなりと、ふらふら飛んで行くが良い!』
 ふぅ、と一つ呆れたようなため息をつくと、女性は怒りの形相を解き、どこか悲しげな、
疲れたような表情で……
『もう二度と会うこともなかろうな。さらばじゃ』
 そのまま幻のように、ふいと消えてしまった。
「……そうか……」
 くい、と青年はグラスを仰いだ。
 味は……最悪。
「……私は、こんなワインを飲んでいたのですか?」
 手に取るように分かるワインの味に、青年は自嘲気味な苦笑を浮かべる。ただ、その笑
みは先程までの無気力な笑みとは違う。自らの誇りを穢してしまった事に対する、強い意
志を秘めた笑み。
「この、……夜の一族ともあろうこの私が」
 ばさりとマントを翻らせて立ち上がり、青年は張りのある声で店のマスターに声を掛け
た。
「マスター。勘定を頼みます。急ぎの用がある故、大急ぎで」


「あいつ……手紙受け取ったかな?」
 それは、シュナイトがユノス=クラウディアを発つ前日の事だった。彼がヴァストーク
へ向かうという話をどこからか聞きつけたローザに、二通の手紙を託されたのである。
『宿り木亭という酒場の主に、この便りを渡して貰えまいか? 後の一通は我が馬鹿息子
宛なれど、主に渡せばあ奴にも届くであろう故……』
 頼み事をする割にはやけに偉そうな態度だったが、シュナイトは快諾。偶然にも目的の
場所とは同じ街の中だった為、何の問題もなく宿り木亭の店主に手紙を渡す事が出来た。
「ま、あのオバちゃんが良いって言うんだから、いいんだろ。あの『腐った蝙蝠』っつー
言い回しもワケわかんねえし。俺らの目の前で伝言封じられてもなぁ……」
 ローザと酒場の主とシークがどういう繋がりかは知らないが、何か自分達の知らない繋
がりがあるのだろう。レリエルの言う通り考えても仕方のない事を考えるのはやめにして、
シュナイトは自らの行くべき場所へと歩き始めた。
「元気かな、アヤミの奴。いきなり行ったら、驚くかな……。ほら、行くぞ、レリエル」
 本人も気付かぬウチに、その歩調は心なしか早くなっている。何しろ、数年ぶりに合う
相手なのだ。懐かしさに自然と歩調も早くなるのだろう。
「……ったく。自分で気付かない辺りが、おめでたいっつーか鈍いっつーかなんつーか…
…」
 だが、懐かしさ以外にも、足取りの軽くなる原因はある。手紙一通書けば済む用件を、
わざわざ何日も掛けて歩いて口頭で伝える原因など。
「何してんだ、レリエル。置いてくぞ〜」
「へえへえ。行くよ。行きますよ」
 その辺に気付いているやらいないやら。全身から喜びのオーラを無意識に放っている自
らの主に苦笑を浮かべ、レリエルはその後を追うべくゆっくりと飛翔を開始した。


「嬉しいな。ようやく決着がつけられる……」
 巨大な大剣を構えて不敵に微笑むのは、ユウマ。彼の目の前では、ティウィンが天使の
名を冠された自らのサーベルを構えている。
「ええ。僕も、この決着は着けておかなければと思っていましたから」
 彼等二人の周りを取り巻くのは、ユノスやルゥだけではない。ティウィンの実家である
ソードブレーカー家に仕える者達もいる。
 ティウィンとユウマ、シュナイトの三人は、ユノス達三人がソードブレーカー領に辿り
着くまでの護衛をしていたのだ。シュナイトはヴァストークに行くために途中で別れたも
のの、二人はそのまま領まで旅をし、ユノス達が落ち着くまでは剣の修行をしながら留まっ
ていたのである。
「では……行くぞ! ティウィン!」
「ええ!」
 勝負は、一瞬。
 そして、一撃で決まる。
 漆黒の残像すら残してユウマが動き、迅雷の如き鋭さでティウィンが剣を繰り出す。
 一撃!
 だが。
 ユウマの何とも間の外れた斬撃は空を斬り、少年はそのままバランスを崩して大地へと
転がる。ティウィンも狙いの定まらない刺突で大地を貫き、こちらも転んでしまった。
 決着どころか、これでは素人以下の動きである。とてもディルハム達の猛攻をかいくぐ
り、互角以上の戦いをしてきた少年達とは思えない。
「フッ……。引き分け……だな」
 起きあがりながら、ユウマは苦笑を浮かべる。
「そうですね。今の僕たちの実力では……」
 こちらも、苦笑。
 実力が伯仲しているのは分かっていた。実際の戦闘経験ではユウマ、基本を生かした正
確な身のこなしではティウィンに僅かに分があったが、それ以外はほぼ互角。
 そんな相手に確実に勝利するためには、自らの持つ最大の奥義を放つしかない。しかし
……そうなれば、相手の命を確実に奪ってしまうだろう。
 それはお互いが最も望まない結果。自らの殉ずる美学にも、誓う信念にも反する最悪の
結果。
 だから、二人は目先の勝負よりも未来での決着を選んだ。
「……次は勝つ。もっと修行し、僕の『あの力』を完全に使いこなせた時こそ」
「負けませんよ。僕だって、もっと強く……みんなを守れるようになった時には」
 丁寧に刈り揃えられた芝生に寝転んだまま、二人の少年は笑い始めた。
 案外、その未来はすぐ先にあるのかもしれない。


「はぁ……。未来も何も、あったもんやないなぁ……」
 ぐてっと地面にへたばったままでため息をつき、黄色い珍獣……ポッケはそのままの姿
勢でさらに長い長いため息をついた。
 霧の大地から戻ってきたとき、何と温泉は止まっていたのだ。もともとは霧の大地の暴
走する火山活動のせいで沸いていた湯なのだから、霧の大地がなくなった今では止まって
当然である。
 とは言え、鬼ばかりいるらしい渡る世間はそれで納得するほど甘いものではない。
 露天風呂の工事費、その後の運営費、スタッフの手間賃、露天風呂の解体費、その他諸々
の雑費。兎角この世はお足がモノを言う世界なのだ。
 儲けた金から差し引いて……
 差し引き、丁度0。
 事業拡大をせずに氷の大地亭一件で営業していて被害額が少なかったのが、せめてもの
救いと言えるだろう。
「エエ夢見させてもらったって思えばええか……とほほ」
「まあ、いいじゃない。だからこうして旅が出来るんだしさ」
 事業関係の整理がようやく終わってへたばっているポッケをひょいと抱え、ラーミィは
にっこりと笑った。
「で、アズマくん。これからどこに行くの? またお兄さん探し?」
「ああ。兄貴も探すけど……デュシスに戻ろうと思うんだ」
 デュシス。エスタンシアにある、アズマやラーミィの故郷だ。時折手紙は出すものの、
旅に出てから一度も戻っていないから……もう何ヶ月も戻っていない事になる。
「へぇ……。懐かしいなぁ……」
「それに……」
 懐かしがるラーミィをよそに、アズマは遠くの時計塔へ視線を移した。そろそろ昼食の
支度に取りかかるべき時間。
「多分、兄貴もデュシスにいる。そんな気が、するんだ」


「そう……」
 少女は時計塔の屋根に腰を下ろし、小さなため息をつく。
 彼女が目を覚ました時、全ては終わった後だった。霧の大地からはいつの間にか脱出し
ており、目を覚ました時は既に霧の大地から帰還する行軍の中だったのだ。
「私が知っているあの戦いの話は、これくらいだ。半分は人の話だから、どこまで信用す
るかはお前次第だがな……」
 傍らにいる銀髪の美女はそこで言葉を置き、ゆっくりと翼を広げた。
「では、私は出る支度をせねばならん。縁があったら……また会おう」
 澄み切った青空に、真紅の翼が舞う。傷の癒えた彼女は、すぐに戦場へ戻ると言ってい
た。「自分は、戦う事でしか償えない」……とも。
「ディルド……」
 暖かい風の吹く時計塔の上で、小さくその名を呼んでみる。
 自らに全ての力を託し、生き残るための力を与えてくれた風の精霊。絶体絶命の危機に、
最後の最後まで力を貸してくれた、彼女の守護者。
「全く、どうして私の見てないところでそんなお節介ばっかり……」
「……悪かったな。お節介で」
「そうよ。まあ、お節介って言ってもそんなに悪い奴じゃなかったけどね」
「おいおい。随分な言い草だな」
「そうね。もういない人の事を悪く言うのも失礼ね……」
「こら」
 少女は、ようやく気付いた。
「人を、勝手に殺すんじゃない」
 いつものように苦笑を返す、風の精霊の存在に。
「ディル……ド?」
 吹いて当然、流れて当然の風。だから、いつものように返ってくる苦笑に、気が付かな
かったのだ。
「なんか、絶対消滅したと思ったんだがな。単に力の使い過ぎだったらしい」
 そこにいるのは、蒼い外套に細長い帽子を被った、いつもの彼。再び吹きはじめた暖か
い風が、青年のマントをゆらゆらと揺らす。
「けど、キミは精霊で、人じゃないわよね……」
「いきなりそれか……。お帰りとかないの?」
 時計塔の上から立ち上がり、少女……クリオネはつかつかと歩き始めた。
「ないわよ。別に」
 苦笑するディルドを完全に無視し、階下へ通じる梯子を降りはじめるクリオネ。本当に
いてもいなくても一緒らしい。表情自体もほとんど変わらないので、嬉しいのか不機嫌な
のかはたまた照れくさいのかすら、定かではなかった。
「……ディルド」
 と、屋根の上に浮かぶディルドを軽く上目遣いに見遣り、ぽつりと呟く。
「ん?」
「おかえり」
 それだけ言ってさっさと階下へ降りてしまった無表情なクリオネに、ディルドは嬉しそ
うな笑みを浮かべていた。
「ただいま」
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